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2011年8月 1日

GMlog

 待ったよ2ヶ月。とうとうGMlogが届いた。
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 アルファ線、ベータ線、ガンマ線を測定できる国産のガイガーカウンター。ガイガーミュラー菅を紙で覆えばアルファ線が(紙で止まるから)除外でき、アルミの板で覆えばアルファ線とガンマ線を除外したガンマ線測定器として使える。そしてSOEKS-01Mも持っているのにどうしても欲しかったのはWindowsPCとUSBで繋いでログが取れること。屋外で仕事をすることも多いからそんな時は携行して測りっぱなしにして後でログを取ればグラフ化することができる。放射能と共に生きていかなくてはいけないのだから奴(放射能)の動向は見ておくよ。それに万が一、将来健康被害が出たときに被曝との因果関係の資料として東電に提出する。

 それにしても。みんなが欲しがっているこの機に乗じて"inspector"なんて倍以上の20万円でぼったくり販売されてるけど、これはこんな事が起きたからこそとの「値下げ」です。量産体制に入れば値が下がるのは当然と。その真摯な姿勢に頭が下がります。感謝。ということで元々¥30,000の良心的値段がさらに5000円値引きされて販売されています。(ACアダプター・ミニUSB代や送料別)もちろん安いから性能に目をつぶらなくてはいけないのなら購入しない。今も10分間の測定結果の平均値を淡々と表示してくれてます。

 僕は被曝地であることとこんなふうに使いたいとメールしたらキャンセル待ちにしていただいて2ヶ月でしたが、普通に申し込んだら何ヶ月かかるかはわからないし先方に迷惑がかかるといけないので、あえて購入先はリンクはしないでおきます。(欲しい方はごめんなさい)

2011年8月 3日

草刈とお土産

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 朝めし前から家の周囲を草刈り。今年は畑で何も作物を作っていないので土中の肥料が効いているのか子供の背丈くらいの雑草が伸び放題になっていた。マスクをしてガンガン草刈。今度の日曜日はまた部落での草刈もある。

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 ほったらかしにしていたフェンネルが今年は人の背を超えるほど大きく育った。去年と同じようにアゲハの幼虫が何匹も。フェンネルも料理には使えない。せっかくだからこれだけは切り倒さずアゲハの幼虫のごちそうに全部とっておいてあげよう。

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 草刈をしていたら近くの女の子が北海道のお土産を持ってきてくれた。原発事故で被曝し、今も放射線値の高いところで暮らさざるを得ない子供たちを、日本全国や海外からせめて夏休みの少しの間だけでもと放射線の無いところに避難する援助をいろんな団体や個人がしてくれている。この子も近所のお母さんが自分のこどもと一緒に連れていってくれて北海道に滞在していたのだ。各地でのそんな活動をされている方に感謝します。

 昨日YouTubeで見た映像は、福島の家族の小さな子供との何気ない誕生パーティーの様子だった。ただテーブルの上にのった僕と同じガイガーカウンターSOEKS-01Mはずっと黄色の(注意!)表示だった。泣けてきた。

ビール・ビール・ビール

 午後から仙台へ。いつもは車。滅多に乗らない電車では駅に到着してもボタンを押さないと開かないドアのことをまた忘れて乗り遅れそうになり仙台のバスは路線図を見ても何が何やらさっぱりわからずやっとの思いで宮城県美術館の近くのバス停に到着。なんでSuicaが使えないのか。

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 美術館に着いたのが5時2分。掲示板の展示時間を見ると5時まで。「げっ」苦労してたどり着いたのにと県民ギャラリーに行ってみる。まだドアに施錠されてなかったので目当ての作品だけなんとか見ることができた。5人の彫刻展で一緒になった高橋健太郎さんの作品。木を使った大きな作品でした。「センダイモリオカアート」は7日までだそうです。

 「5人の彫刻展」の時に高橋健太郎さんが出品していた小品をとても気に入った。作家の許可を得たので写真を掲載させてもらいます。
「浮遊する場所2」
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 目に金属とコンクリートで構成された作品が写っているのに頭の中には同じものが温かな風景のように見えている。釘で表現された植物の芽が一生懸命に空に伸びようとしているように見える。

 その後、大好きなカフェへ。臨時休業だった。これで2回連続の不運。ママとおしゃべりしようと思ってたのに次の予定まで1時間もある。壱弐参(いろは)横丁まで歩いて生ビール飲む。

 夕方、顔を見るだけで幸せな気持ちになる仲間とキリンビアフェスタで飲む。僕を仙台の作家に引きあわせてくれた造園家の方や書家、画家らと。楽しくて楽しくて仕方がない。いい年した親父が楽しいしか言葉を見つけられないなんて馬鹿みたいだけど、本当に馬鹿みたいに楽しい。で、ひたすらビールを飲み続けて帰りの電車では呂律が回らなくなっていた。同じペースでビールを飲んだ女性は涼しい顔で爽やかに喋ってました。参りました・笑

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 ちなみにビールには放射線防護効果があるそうです。飲んでない人に比べ最大で34%も。
今日はずいぶん防護したぜ。

2011年8月 4日

野呂美加さんの講演会

 7月31日に宮城県丸森町で「NPO法人チェルノブイリへのかけはし」代表、野呂美加さんの講演会がありました。友人のお百姓さんが主催し、僕は公式撮影と動画配信の担当でした。夏休みということもあって、放射能汚染の無い地域で子供たちを短期間無償で受け入れ保養をさせてあげるというありがたい活動(多謝!)に、この地域からも子供の夏休みを利用して多くの方が参加している。放射線値の低い実家に里帰りしたり。そんなお母さんがたから当日行けないけど「見たい」という要望をたくさんもらっていました。全編を見られるようになったのでどうぞ御覧ください。(全部で2時間42分49秒/18の動画


(上の画面右下のYouTubeをクリックすると18巻の一覧が表示されるので途中から見るのに便利です。一覧はこちら

 寒かったけど目から汗がどんどん出てきてしまい、タオルで拭きながら撮っていました。またスタッフやお客さんの中に最近よく会う人達がたくさんいた。昔から知っていたけど最近までほとんど会っていなかった人、放射能に関する講演会や勉強会や集まりで何度も会ううちに知り合った人たち。みんな放射能の問題に同じような危機感を持っている人たち。

放射能を当たり前に怖がるのは自分の命が大切だからで、自分の命すら大切にしない人が他人の命を大切に思うわけがない。放射能の問題で動いて出会った人たちと、手を強く握り合うような気持ちになるのはきっとそのせい。

 1月に今年の目標を「会」として書き初めした時に、こんなに沢山の人達と会うことになるとは夢にも思っていなかったけど。

出会ったきっかけは最低だけど、たくさんの幸せな出会いには感謝してる。


 講演会でも流されていた衆議院厚生労働委員会の「放射線の健康への影響」についての東京大学教授・東京大学アイソトープ総合センター長の児玉龍彦氏の冒頭意見陳述も貼っておきます。僕はもう10回以上見てます。

2011年8月 5日

GMlogのグラフ

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(※クリックで拡大)
 PCにUSBで接続したGMlogからデータを取り込んで、GMlogに付属したソフト「GMlogモニター」がリアルタイムに放射線値測定結果のグラフを作成中。

青森の野菜

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 青森の人が野菜を沢山買ってきてくれた・多謝!ダッチオーブンにニンニクと玉ねぎを蒸らし炒めしている間に、買ってきていただいた野菜を切っては入れ切っては入れ。ブラジル産の鶏肉とイタリア直輸入のトマト缶を2缶加えて煮込む。安心安全美味しい夏野菜のトマト煮の出来上がり。

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 最初はいつも塩味を控えめにする。今日はその分塩を強めに茹でた小さなO型のパスタにバターを落としていただく。ごちそうさまでした。

2011年8月 6日

美術教室の作品

 今日は地元の子達との美術教室。ヤなことも忘れるくらい楽しい。
 Mikiちゃんの一般多色木版画の自画像を赤い紙で刷ったバージョンもすごくいい感じなのでちょっと紹介。
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 男子と作っていたコリントゲームも今日、完成。釘のパターンをいろいろ研究したけど多くても少なくても面白くない。奥が深くて難しい。得点は実際に何回もやって玉の落ちる確率の少ないエリアの得点を高く、高いところを低く配置しているので実際にゲームするとメチャクチャ白熱して楽しい。本気でやって負けた。

茄子を焼く

 京都の茄子をいただいたので昼のそうめんの付け合せに焼く。茄子を美味しく焼くのはちょっと自信がある。
 カミさんもそうなのだけどみんな普通に焼く。他の野菜と同じように。それじゃあダメ。茄子は油との相互作用で美味しくなる。畑の茄子をいかにおいしく食べるかの実践から得たことなので間違ってるかもしれないけど、すごく美味しくなるから興味のある人は是非、やってみて。

 鉄のフライパン(テフロン不可)を煙が出るまで熱する。茄子を4つに縦割り。サラダ油をたっぷり入れる。4つ割にした茄子の高さの1/3は最低必要。そこに茄子を重ならないように入れる。茄子が油を吸う。吸ったらひっくり返して反対側にも油を吸わせる。丁寧に反転を繰り返す。たっぷりあった油を茄子が全部吸ってしまう。ずっと強火。このあたりで煙がもうもうと立つ。でも茄子がきちんと油を吸っていると焦げない。この後、茄子が油を吐き出し始める。さらに丁寧に反転する。このあたりからこ焦げの危険と強火を維持する戦い。ダメでしょというくらい煙もたつが熱いのを我慢して菜箸で反転を繰り返しこれ以上やったら焦げるでしょ、までいったものからフライパンの壁で油を切りながら皿に盛る。胡麻を指でひねってつぶしながらかける。あわ漬けをかける。いただく。どうです、茄子がとろとろに溶けそうで甘くない?

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 僕は茄子が最後、油を吐き出すので、よくその油でピーマンを炒めます。

 麺つゆには大根おろしを少し入れる。旨みと甘みをUP。

2011年8月 7日

カミさんの客人

 音楽を一緒に学んだカミさんの友達が遊びに来た。埼玉からと秋田から。埼玉からの方は被災地の本当の姿を知るために東北を訪れた。カミさんが原発事故の放射能汚染に精神的に参っているときに支えになってくれたという。秋田からの方は僕らが震災後陸の孤島になって音信不通の状態が1週間続いたとき、手を尽くして安否を確認し無事を知った後は情報を拡散してくれた方。
 ふたりともカミさんにとって震災の恩人でもあります。どうもありがとう。

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 昼食は秋田から買ってきてくれたたくさんの野菜も使いながら玄米ごはん、茄子の焼いたの、きゅうりの胡麻和えなど僕らにとっては定番。びっくりしただろうな、質素で。

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 女衆は午後もずっと話をしていたようだ。夕食。秋田の枝豆。今シーズン初。嬉しい。パスタに野菜のトマトソース。きゅうりの胡麻和え、など。

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 震災直後に僕らが停電の中で食事していた様子も電池のランタンで再現したりして。

 カミさんの友達なのに僕も混じって話ししながら、ちょっと飲み過ぎました。楽しかったので。

2011年8月10日

月山あさひサンチュアパーク キャンプ 1日目

 原発事故から5ヶ月、忙しい毎日だった。お盆休みを利用してキャンプでゆっくりする事に。気持ちだけではなく放射線値の低いところで過ごすと体が回復すると先日の野呂さんの公演でも話されていた。僕には自覚症状は無いけど女性は放射線の感受性が男の5倍だという。カミさんにゆっくりしてもらおう。
 温泉に入り放題のお気に入りの「とことん山キャンプ場」はいくら調べても放射線値がわからない。放射線値の低いところへ行くのは今回、一番の絶対条件なのでこれでは行けない。(誰か測った人がいたら教えてください)ということでガイガーカウンターを持ってまだキャンプをしたことがない山形県へ向かう。
 ガイドブックで仮予約していた大山自然公園に到着。空間線量0.15μSv/hで自宅より低かったし林間のサイトで涼しそうだったんだけど、木蔭を抜けてくる太陽光があんまりなくて湿気とハエがすごい。車の乗り入れはできないけどサイトに荷物は運べるとの事だったけど、とても車では近づけない。急な斜面を何度も往復しなくては荷物を運べないようだった。ごめんなさいとキャンセルしてガイドブックを繰りながら別のキャンプ場へ。

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 月山あさひサンチュアパークに到着。ロケーションもいいし2泊即決。犬もOKのフリーサイト1日2000円。
【放射線値:地表1m 0.098μSv/h、地表0.142μSv/h(SOEKS-01M)】

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 居間と寝室のあるツールームテントを設営。二人と一匹には最適なテントなんだけど今は製造されていない。大事に使っている。

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 早速、ビールなんである。山の上のせいかラジオやツイッターで猛暑、暑いという感じはない。暑いけど風が通ると爽やか。

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 西日が射してきたのでタープを張る。テントのひさしで何とかなってしまうので最近はあまり使わないけど夏のキャンプには日陰づくりに必須アイテム。

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 管理棟に風呂があって午後5〜10時300円の協力金で入れるというので5時に行ってみる。

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 清潔なお風呂だった。シャンプーやボディシャンプーも備え付け。

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 手作りの石のオブジェがなかなかカワユかったりして。

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 とお風呂を出てみると夕立。しかも土砂降り。僕のタープは4本ポールを立てていたので風呂桶のように水をためて大変な事になっていたのをキャンプ場の若いお兄さんが駆けつけてびしょ濡れになりながら対処してくれていたらしい。

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 愛犬小春のことがあるので交代でカミさんが風呂に行っている間にタープの下で雨を避けながら夕食の炭熾し。夏のタープは夕立避けとしても必須アイテム。

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 野菜や肉を炭火で焼いて夕食。山の上のせいか一雨きたせいか炭火の近くなのに少し寒い。


大きな地図で見る

2011年8月11日

月山あさひサンチュアパーク キャンプ 2日目

 夜中に強風が吹き続ける。心配になってタープを見に行くとペグが1本風に抜かれていた。ヘッドランプをつけて真夜中に撤収し車に片付ける。テントが飛ばされないように夜中に何度か起きてペグやロープの確認をする。

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 大雨の音で目が覚める。このテントで何度か大雨を経験しているので心配はしないことにして寝袋にくるまって雨音を聞いていた。濡れた草の上もお構いなしの愛犬小春。

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 朝食の準備中テントの中で待つ。

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 アスパラを炒めて目玉焼きとクリームチーズ、トマトと即席スープとバゲット、メロンパンの朝食。茹でないで炒めたアスパラガスはどうしてこんなにうまいのか。

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 テーブルの上が散らからないように携帯やラジオ、貴重品をまとめる木の箱。まさかガイガーカウンターを入れる日が来るとは夢にも思っていなかった。

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 紅茶、コーヒーや砂糖、ミルクを入れた午後のお茶パックと塩、コショウ、醤油などの調味料パック。

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 小雨が続いているので車で山形を少し散策してみる事にする。キャンプ場の管理棟でもらえる周辺マップがとても良くできていて見やすく使いやすい。カーナビを外してポイントを入れていく。

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 鶴岡市内。車を停めて少し歩いてみる。雨は止んで暑い日差しがさしている。鶴岡公園のこの写真中央砂利の上で放射線値を計測してみる。
【放射線値:地表1m 0.23μSv/h、地表0.17μSv/h(SOEKS-01M)】
なぜか地表の方が低い。

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 空間を広く使っていろんな施設がある。白御影石も贅沢にいろんな場面で使われている。どれもバブリーな感じがしない。バブルの頃濡れ手に粟の金で作ったというより時間をかけて丁寧に作られた感じがする。

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 木造の高架ひとつとってもセンスがいい。山形の文化レベルの高さを感じる。

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 白御影石のモニュメント。富樫 実氏の「空にかける階段 '04-XLV」気に入ってしまった。

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 鶴岡アートフォーラムの駐輪場を示すサイン。粋である。

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 入り口のベンチにも子供の遊具にもなりそうな作品。小春も記念に鼻を押し付けている。

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 駐車場の身障者エリアのサイン。

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 更に足を伸ばして日本海へ。日本海を見たのは久しぶりだ。キャンプ場から1時間なのでキャンプ場に泊まって海で泳ぐ家族もたくさんいるそうだ。まさに海も山も、だ。海水浴なんてもう何10年していないか。透き通るような海で泳ぎたい。(その前に腹を何とかしなくてはいけない)
加茂ビーチ前で測定。
【放射線値:地表1m 0.13μSv/h、地表0.11μSv/h(SOEKS-01M)】

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 キャンプ場に戻る道の途中でちらと見えた五重塔が気になり引き返す。龍澤山善寳寺。小春がいるのでどこも観光はできない。5分だけとクーラーをかけた車にカミさんと犬を残しコンデジを持って走って見て回る。良い風情の立派な塔だ。ゆっくり見たいけど仕方がない。

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 気温ががんがん上がる。空には美しい雲。

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 キャンプ場近くまで戻ってきた。ダム湖のあさひ月山湖

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 国道112号線に面した、ダム湖を一望できる広場にある「月の女神」像(鶴岡市出身の彫刻家・加藤豊氏の作という)。こんなロケーションに自作の彫刻を置けるのは幸せなことだろう。

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 3時前にキャンプ場に戻ってきた。昼過ぎてしまいおにぎりを食べながら走ったので昼食は作らずまったり。


 のんびりする。

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 夕方、また大雨なんである。

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 このキャンプ、ずいぶん雨にふられる。振り返ると虹。まだ雨は降っているけど太陽も出ているので。

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 風呂から出て夕食用に火を起こしながらついでに枝豆を茹でるためのお湯を沸かす。枝豆は先日カミさんの友達が秋田から買ってきてくれたもの。

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 飯盒でご飯も炊く。手前の石は蓋を押さえて圧力を高めるのに使った石。手頃でちょうどいい形と大きさで持って帰りたくなった。

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 今日も炭火で色々焼いて。タレ付きの焼き鳥を焼いてご飯に載せた焼き鳥丼が美味かった。

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 野菜をトマト缶で煮込んだトマトスープも細く切って入れたソーセージが効いてておいしい。

2011年8月12日

月山あさひサンチュアパーク キャンプ 3日目

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 またしても朝、テントに叩きつける雨の音で目が覚める。雨音が小さくなったところでテントの外に出てみたらタープがこんな事に。全く学習しない俺。だけど今朝も雨にふられるとは思わなかった。これから寝るときにはタープのポールは必ず2本にします。

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 朝食を作ってバゲットを焼いて食べる。

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 静かで綺麗でとても良いキャンプ場。何より馬鹿騒ぎする馬鹿がいなくて最高。家族が多い。管理棟にもう一泊延泊の手続きに行く。施設がとても綺麗に管理されていますねと言うと「美しく維持するにはエネルギーが必要です」との事。押し付けがましくないけどこちらの要望をできるだけ叶えようという姿勢が感じられるキャンプ場だ。きゅうりの漬物いただいた。

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 午前中、車で20分のかたくり温泉「ぼんぼ」に行ってみる。入浴料400円。肌がすべすべになるお湯で気持ちよかった。サウナもあったけど犬を交代で見るので我慢してカラスの行水でカミさんとバトンタッチ。

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 1BOX車の窓を全開にして後ろの席に座り左右のドアを全開にしたらさわやかな風が温泉で温まった肌を冷やしていく。冷たいコーラを飲みながら車に置きっぱなしになっていた山田詠美の「ぼくは勉強ができない」を再読していた。風が気持ちよく足元には愛犬小春。素敵な小説を読みなおして、なんか現実離れしたものすごい幸福感に包まれていた。

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 キャンプ場に戻ってレトルトのカレーで昼食。

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 気持良すぎて愛犬小春は野生のかけらもない。

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 腹ごなしに見えているスキー場の上まで小春と登ってみる。カミさんが写真を撮ってくれたけど望遠レンズにしておかなかったから僕と小春がどこにいるかは全く不明。黄色の◯の辺りにいるんだけど。


 その時僕と小春はこんな景色を見ていた。あ、雑草が人の背くらいあるので小春は雑草しか見ていないか。

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 サニタリー棟で洗濯。洗剤付き。シャワー室も充実。カンパで借りられる蓄冷剤を借りてクーラーボックスを冷やす。持参した蓄冷剤は無料で冷凍庫に入れて凍らせることができるので入れてきた。

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 サニタリー棟のあるオートキャンプサイトのエリア。高機能。僕らは住宅地みたいでちょっと苦手なんだけどこれだけ施設が整っていたら快適にキャンプできるだろう。オートキャンプサイトは4000円。繁忙期5200円。ペットは不可。

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 オートキャンプサイトとフリーサイトとの間に管理棟がある。

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 キャンプ場でも茄子を焼く

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 それにしても寒い。ニュースでは猛暑の話題ばかりなのに。万が一に備えてトレーナーを入れてこようか一瞬考えたけど真夏にそれはないなと止めたのが恨めしいほど。短パンをジーンズに履き替え、アロハの下にTシャツを着ても寒いのでもう寝室に入ろうかと話して、管理棟に薪があったような気がして行ってみる。

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 細めの木の束と焚付にいい細い枝の束をとっておいくらですか?と聞くと「無料です」と。びっくり。「余ったら返してくださいね」と優しく笑う。完全にこのキャンプ場のファンになりました。びわ酒をシェラカップで温めるカミさん。

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 いただいた薪。

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 真夏に暖をとるために焚き火するとは思わなかったけど焚き火台持ってきて良かった。

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 締めにカップラーメンまで食べてしまい体が温まったところで就寝。

2011年8月13日

月山あさひサンチュアパーク キャンプ 4日目

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 キャンプ4日目の朝、最初に見た景色。

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 愛犬小春は毛の生え変わり時。履いても履いてもテント内は大変な毛だ。

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 愛するツールトランギアでソーセージとスイートコーンを炒める。キャンプの終わりにトランギアを片付ける時、あまりに無駄のないその形が隙間なく収まっていくのを見るたびに天才デザイナーの仕事だなぁと感動する。見た目だけじゃなくストームクッカーという名の通り嵐のような風でも静かにアルコールの火を灯し続ける。素晴らしい。

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 朝食の時に日差しが暑かったのは今日が初めて。連日雨だったから。

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 いつの間にか僕とカミさんのキャンプのシメはいつもエスプレッソ。

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 名残り惜しいけど撤収。

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 帰りに「山形の肉そば屋」による。一寸亭の直営店だという。

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 固い鶏肉がなぜかまた食べたくなる。冷たくて少し甘口のそば。ごちそうさまでした。

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 帰りのインターチェンジは民主党政権が意味もよくわからず、思いつきでやった被災届けを出せば高速無料、で料金所での書類確認が大変なことになりいつも本線まで渋滞の列が伸びている。この列の最後に並んでいる時がいつも嫌な気持ち。追突されないか心配で。

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 絶対、追突事故が実際に起きているはず。被災者の高速道路無料化という思いつきで危険を生んでいるくらいだから思いつきで放射能に汚染された国を立て直すことは無理。っていうか国会を見ていると政争ばかりで東北のことはなめている。
 結局、列の最後に並んでから25分で料金所を通過。(ちなみにこれはまだ良いほうだそうです。利用者の多いインターチェンジは悲惨らしい)

◆月山あさひサンチュアパークでテントを撤収しているときにキャンプ場の若いお兄さんが走ってきて「これ、こちらのワンちゃんのものではないですか?」と手にした小さな布製の(ちょっと汚れた)骨の形をした(犬のおもちゃ?の様な)ものを見せた。見覚えがなかったので「11歳のダックスフンドと一緒のご夫婦のものかも」というとそっちに走って行った。そのご夫婦は「あ、ウチのです、ウチのです。どこにありました?」と喜んでいた。そんな小さな汚れたものに持ち主がいると思って必死に探すかなぁ。普通捨てるでしょ。この若いお兄さんの行動にこのキャンプ場の姿勢が現れている。
 僕が風呂に入っている間に土砂降りになりタープが大変なことになった時に濡れながら対処してくれてたり。冷蔵庫無料というので冷蔵庫の場所を聞きに行った時もオートキャンプのエリアのサニタリー2階だけどフリーサイトから遠いから、ここで冷たいものを売ってる冷蔵庫に名前を書いて入れておきますよ、とか。
 高速を使うと自宅から2時間ちょっとだしきっとまた行く。

2011年8月17日

お盆の帰省 2011

 8/14〜17、東京の実家に帰省。
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 東北自動車道は例によってSOEKS01Mはずっと黄色表示。ただし前回より全体的に少し数値が下がっていた。アスファルト上のセシウムが雨で流れたのだろうか。ただし広範囲に拡散していることは変わらない。

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 途中、カミさんの弟のお店によって久しぶりの再会。夜、ご馳走すると誘ってくれるんだけどこーゆー時、犬連れは辛い。後ろ髪をひかれつつ実家へ。

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 両親、妹、姪っ子たちとの再会。会った途端、無精髭と中途半端に伸びた髪を皆に集中砲火され駅前の床屋で刈り上げる。
 中学生の姪っ子は区で選ばれてオーストラリアにホームステイしてきたお土産話とコアラの鍋つかみのお土産。歯が描いてあって怖い。

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 夕食時に親父作のごぼうのスープ。完全なオリジナルだというがこれがおいしい。ビシソワーズな感じ。ごぼうの香りが良い。今でも料理をする父親というのが目の前で見ても実感わかないんだけど。

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 例によってビール飲みまくり話しまくり笑いまくりの夜、母親が大事に育てている月下美人がいくつも咲いた。

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 翌8/15の朝食。美味しいパンにサラダと八丁味噌の赤だしの味噌汁が実家の定番。変でもそうなんだから仕方ない。ただし放射性物質に対抗するのに味噌はすごく良いらしい。期せずして両親は実践してた訳だ。(その為の習慣ではないにしても)実はカミさんと僕は最近、毎朝味噌汁を飲んでいる。以前より味噌が美味しく感じるのは体が欲しているのか思いこみか。

 先日、宮城まで訪ねてきてくれた友人と会う。その後、僕は東京に来た時の楽しみ。ラーメンを食べに行く。次いつ食べられるかわからないと思って2軒はしごした。みんなが驚く小食なのにラーメンならば食べれてしまった。もちろん美味しいラーメンだったから。だけどいくら東京といえど外食で内部被曝したな。

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 持参したダッチオーブンでラグーを作る。刺激臭がなくなるまでゆっくりと玉ねぎとニンニクの蒸らし炒めをする以外に特別な事はせず冷蔵庫にある材料を切って入れていくだけ。(玉ねぎの蒸らし炒めの凄さはこの本で勉強した)経験から野菜を入れる順番と野菜ごとに切る大きさは変えるけれど。後はダッチオーブンが野菜の水気を逃さずに煮てくれて勝手に美味しくしてくれる。トマト缶をたっぷり入れたかったが、なかったのでトマトやミニトマトを切って投入。

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 夕食。昨晩咲いた月下美人の酢の物。母作。まさかと思ったが体にいいらしい。いやいや食べたらまさかのおいしさ。月下美人の花がなんとも言えない歯ざわり。

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 午後煮た後ゆっくり冷えて味がのったラグーを温め直しパルメザンチーズをかける。

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 ポテトサラダは妹作。妹はポテトを結構しっかり潰す。これは僕も好み。僕と妹以外はあまり潰さないほうが好きのようだ。そして僕が作るときにはかなりたくさん入れるお酢も入っていないがこれはこれで有りだ。

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 大根おろしに徳島のすだちの皮をすって牛肉に添えたものがメイン。2日目の晩もビール飲みまくり。

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 愛犬小春は付き合いきれんと我が家のように完全にリラックスしてふて寝。

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 3日目。8/16。姪っ子たちが昼に帰る前にラグーに市販のトマトソースを混ぜてパスタに。

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 玄関や庭は花だらけ。母親が一人で世話をしている。

 夕方 SWEETS STORY へ。途中隣駅の溝の口へ。僕とカミさんはこの地から宮城で暮らすためにレンタルトラックに荷物を積んで出発したのだ。19年振りに駅前に立つ。いろんな思い出や考えが頭をよぎる。引越しして宮城で暮らすことにしなければ被曝することはなかったかもしれない。それでも、やっぱり宮城での日々がかけがえの無いものであったことを改めて噛み締めた。

 翌日。8/17。骨折して入院しギプスが外れたばかりの友人を見舞って帰る。反対車線(上り)の渋滞は宮城につくまでほぼ全線に渡っていた。下りはいつもより車の数は多いものの流れていた。インターを降りて我が家が近づくにつれガイガーカウンターの数値が少しずつ上がるのが切なかった。

 今回の東京行きで何人かの信頼する人たちからアドバイス、提案、激励の言葉をたくさんいただいた。いろいろ考えながらこれからの日々を過ごしていかなくては。

2011年8月19日

SWEETS STORY のお店に

 僕とカミさんが愛したお店は大震災の津波で流されてしまった。おいしいパスタとピッツァとスイーツを食べるのと同じくらい楽しみにしていたのがオーナーシェフ夫妻との会話。いつも元気をもらっていた。津波から文字通り「命」だけ持って逃げることが出来たおふたりは、もう関東に引っ越してお店をオープンした。なんというエネルギー。

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 先日、東京に帰省した折に出来たてのお店を訪ねた。素敵なお店だ。定休日だったけど中に迎え入れてくれて約5ヶ月ぶりの再会を喜ぶ。
 スイーツだけのお店にしたのだそうだ。

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 奇跡的に津波の泥の中から見つけられたの石の花器を見せてもらう。

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 お店近くの中華料理屋で生ビールで乾杯。お店は汚いのに(失礼)すごくおいしい!中華料理をご馳走してもらいながら話す、話す。お二人の溢れんばかりのエネルギーに接しているうちに宮城のお店で話しているような気がして少し切なくなる。そして未来の話をいっぱいした。

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 帰りにお土産にケーキも持たせてもらう。

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 いただいたSWEETS STORYのケーキ。モンブラン、チョコレートケーキ、ベイクドチーズケーキ。お二人のつくるチョコレートケーキは僕が生涯で食べたものの中で一番美味しい。
 いつかまた、関東でもクリームチーズパスタを出すお店を作って欲しい。きっとすごい話題になる。隣の店舗が開いているから僕がクリームチーズパスタを出すお店を開くといい。全部教えるから、って、そ、それは無理です。

 買ってくれるお客さんが真っ当に評価してくれるのが嬉しいと話されていた。宮城では真っ当に評価されたことは殆どなかった。こっちでは買ってくれたお客さんがみんな、たまきさんのように反応してくれるんだよ。それが嬉しいしやりがいがある、と。午前中に買いに来たお客さんが午後、また来てこれから友達に会うから美味しいケーキをホールでもう一つちょうだいとリピーターになってくれたり。駅の周りだけでも何軒もケーキ屋さんはある。同じお客さんがわざわざ来てくれているだけでわかる。

お近くの方は是非。ただし増量剤を使ってでも安くて大きくないとヤダな方はコンビニに行ったほうがいいかもしれませんが・笑

S W E E T S   S T O R Y
東急田園都市線 高津駅東口
(線路沿いを渋谷方面へ徒歩1分)

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2011年8月20日

仕事場の放射線測定

 仕事の合間に仕事場の放射線量をていねいに測っておいた。半年後、1年後同じ場所で計測して数値がどのように変わるか調べるために場所を特定できる写真と共に記録しておく。野呂美加さんの講演でも話されていたけどチェルノブイリと日本とでは自然の豊かさは全然違うのだそうだ。微生物や菌を始めとする豊かな日本の自然の力によって1年後の放射線量が下がる奇跡がありますように。日本の技術力で世界で初めての除染技術が開発される奇跡なんてのも素晴らしい。1年後、やっぱり数値が変わらなかったらもう何年たとうが大きな変化は望めないってことだ。放射性物質の半減期の前に僕の寿命も来るだろうし・笑

SOEKS-01M で測定。測定値は6回計測して最高値と最低値を除いた4回の数値の平均値。

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 テント下。杉の一枚板の作業机の上。

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 テント下。椅子の上。

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 テント下。椅子の足元。

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 テント下中央。

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 テント下。石の板の上。

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 テント脇ドラム缶の上。テントの雨水がかかる場所。

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 コンプレッサー前。屋根から雨が落ちる。

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仕事場入り口。石の門の中央。

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 仕事場中央。雑草の上。地表。
 ちなみに同地点、地表1m空間線量は0.485μSv/h。

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 石のテーブルの上。

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 プレハブ小屋裏。屋根からの雨水が落ちる場所。

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 大きな玉石の上。

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 ケヤキの丸太の上。

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 仕事場入り口国道脇。アスファルトの上。

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 プレハブ小屋内。

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 仕事用車、後部座席。

 いくつかの写真に写っている黄色と黒のストライプは仕事場入り口付近に工事中の携帯電話基地局のアンテナ。放射線と電磁波のダブル攻撃。出ていけっていう示唆か?


※参考
上記動画はチェルノブイリ原発から180km離れた村。子供たち全員が病気になり全ての村民が移住させられた、その村のチェルノブイリ原発から7年後の放射線量「0.412」僕の住んでいる市では普通に出る数値。僕の仕事場も。

2011年8月21日

タイシルク

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 カミさんが友だちにもらったタイシルクを見せてもらった。言葉では知っていたけど本物を見たのは初めて。なんとも言えない光沢。まばゆい。すごいな。

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 象のキーホルダーもかわいい。

2011年8月24日

イトトンボ

 愛犬小春との昼の散歩の時に、久しぶりに一眼レフを首に下げてみた。(以前はカメラ無しの小春との散歩なんて考えられなかった)

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 さぁ、いくぞ、小春。

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 この数年、夏に写真を撮るのを楽しみにしていた糸トンボを撮ってみた。毎年、我が家の裏山に十数頭いる。
 閉じて〜♪

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 開いて〜♪

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 小さな体とはいえ重力に逆らって羽で体を浮かせるのは大変な事のようだ。羽根の付け根の頑丈な事。

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 今日のモデルになってくれた糸トンボ君は藪の中に座りっぱなしの僕にだんだん近づいてきてくれて最後は手が届くところまで向こうから近づいてくれた。

 ファインダー越しにみる糸トンボは僕に「頑張れよ」と笑っていた。ありがと。

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 このブログにお越しの皆様、残暑お見舞い申し上げます。

2011年8月27日

夏の終わり

 経済評論家とか経済アナリストとか経済産業省とか大企業の社長とか経団連とか。およそ経済なんとかと名のつくところで人生を送っている人の多くはこれだけ多くの人が当たり前の人生を奪われ未だに収束の目処すらみえない事故を目の前にしても、人も大事だけど経済を回して行かないと。という立場だ。人がいなくなったら経済どころではないはずなのに「人」の中に自分や自分の愛する人、家族、友だちがとりあえず入っていない間は悪いけど東北の人達に我慢してもらって今までと同じように原発で湯水のように使える電気をじゃんじゃん作ってもらわないと世界に負ける、と言っている。
 核廃棄物はモンゴルに持っていけば全部OKとか、原発事故の後、鼻息荒く普段から自然放射線を浴びていることも知らないくせにとか、経済ナントカ評論家の言うことがすごすぎるんだけど、多くの人からの支持は変わらないようで(怒っているのは僕だけなのか)ついていけない。(例外として経済評論家の内橋克人さんの言説だけは本当に共感してます)

 社長さん、あなたの愛する人が被曝してもそうしますか?
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 これも自然。
 結局、その時に強いものが勝つのが自然の摂理。人間も自然の摂理から逃れることはできない。善悪とかじゃなくて僕らはこうやって今、力を持っているものに取り込まれていくのか。

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 イナゴ。今年も地元のおばあさんたちは捕るのを楽しみにしてる、きっと・悲

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 田んぼの稲に張られた蜘蛛の糸。

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 露草。

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 名前、何だっけ。石鹸になるというのでやってみようと思ったけど、今となってはもう出来ない。

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 ファインダーの中で打ち上げ花火の様。

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 仕事場の石のテーブルの上のカマキリ。

 暑さ真っ只中でもかっぱを着て帽子にマスクな夏だった。暑ければ水を浴び汗まみれのTシャツを絞るような、いつもの夏のように解放的に仕事が出来なかったから暑かったけど、なんか夏を過ごしたという実感がない。放射能と共に過ごした初めての夏もそろそろ終わりだ。

2011年8月28日

小さなアブ

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 小さな小さなアブが盛んに花の蜜を吸っていた。

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2011年8月31日

沖縄からの荷物

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 カミさんの沖縄の友だちから野菜が送られてきた。お約束のゴーヤはもとよりマンゴーが入っているのが南国らしさ倍増。ありがとう!以前、寒い寒い冬に飛行機で遊びに来てくれて仙台空港が吹雪で喜んでいたことを懐かしく思い出す。「吹雪だ、吹雪だ・嬉」
 今の家に引っ越す前の家の中で風が吹く寒い部屋で掘りごたつにあたりながら鍋を囲んで「これが冬ってやつね・嬉」
 東北の冬を楽しんで堪能していた。そういえば僕も昔はそうだったんだ。思い出した。

 帰りに僕の石の花器を買ってくれた。石の花器を最初に買ってくれた人。忘れない。

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