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カテゴリー:映画


2012年2月 2日

127時間

 「127時間」を観た。

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 福島第一原発事故によって放射能をまき散らされた後、映画を観る気にはなれなくなっていた。去年の3月12日以降、睡眠時間を削ってまで、どれだけネットで長時間の動画やネット中継を見たかわからないけど、そのほとんどが放射能に関する事だ。早く言えば生きていくための勉強だ。この1年間でスクリーンで見た映画も昨年11/6に観た「ミツバチの羽音と地球の回転」。ただ1本。これもまた原発に関しての映画。(ものすごくいい映画だよ)

 突然、気になっていた映画を観ることにした。これが大震災後、原発事故後、初めて見たいわゆる「映画」だ。
 主人公のアーロン・ラルストンは金曜の仕事を終えると峡谷へと車を走らせ、翌朝、マウンテンバイクを駆って大きな岩山へ向かい、ひとりでトレッキングをしていた時に、風化でもろくなっていた岩もろとも大きな岩の割れ目から滑落してしまう。途中でかろうじて引っかかるが右腕を岩と岩壁の間に挟まれてしまった。そして何をどうしても挟まった岩はビクともしない。携帯電話もスイス製のVICTORINOXのナイフも家に置いてきてしまった。この週末のトレッキングの事は誰にも話をしていない。絶望的な状況だ。どうする? ここからの過酷な127時間の物語。
 見よう、と思ったのは「過酷な状況からの生還」というテーマが今の状況に重なったからだ。一向に下がらない放射線量、一向に具体的な対策を始めない県、一向に脱原発に向かわない国、お前ら放射能って放射能ってうるせーんだよ。。。過酷だ。

 映画の後半は痛くて見ていられないシーンもあった(試写会では失神者も出たと)が、それを乗り越えて迎えたラストに勇気をもらった。自分にはこれだけの事が出来るかは怪しいけれど。これだけ生に執着できるかわからないけれど。

 そしてこれが実話である、ということに更に勇気をもらった90分だった。

= = = = = = = = = = =


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 今回、初めてappleのiTunes Storeで映画をレンタルしてみた。僕が見たい映画は仙台まで行っても、上映期間や上映時間が早朝だけとか最終回だけとか限られていることが多い。それでもかかるならまだいい。そんな田舎暮らしにはありがたいサービスだ。ましてこんな雪の日に外へ出なくてもいいし返却にいかなくてもいい。

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 iTunesでの映画レンタルの詳細ページから。

引用「レンタル」をクリックするとすぐに映画のダウンロードを開始します。
ダウンロード完了後から30日間がレンタル期間です。期間中、お好きな時に映画を視聴できますが、一度再生を開始した時点から48時間以内に視聴を完了する必要があります。

 ということで、48時間を過ぎると見られなくなります。もちろんMacだけでなくWindowsな方でもiTunesをインストールすれば見られますよ。

「127時間」
※公式サイトはこちら(音が出るので注意)
※レンタルはこちら

 『127時間』を体験して、命の強さと美しさを感じて欲しい。
もっともっと、生きることを貧浴に楽しむために---。
(公式サイトから)

2011年11月 6日

ミツバチの羽音と地球の回転

 隣町に「ミツバチの羽音と地球の回転」を観に行った。とてもいい映画でこれを書いている今も体に温かな気持ちが流れている。
 原発後、放射能を心配する仲間のみんながそうだったように、僕も睡眠時間を削って本を読みサイトを巡り動画を見まくって勉強した。動画を見るのは時間がかかるのであっという間に深夜から明け方になって昼仕事する時はいつも眠かった。そんな中、鎌仲ひとみ監督の動画にもいくつか出会い、その度に共感し勇気づけられていた。


 僕が勇気づけられた鎌仲ひとみ監督の動画のひとつ。

 この人の作った映画なら是非観ようと出かけた。今日、観た映画が震災・原発後初めて見た映画だ。1日に2時間も取られてしまう映画を観る余裕は今は無い。映画を観るなんて気分にもなれなかった。
 鎌仲監督の作品だったし見まくった動画の中で出会った「祝島」の事は深く胸に刻まれていたしこれからのエネルギーをどうするか?というテーマは今まさに直接、僕らにつきつけられている事。でもこれは原発の映画ではなかった。「命」をどうするのか?という普遍的なテーマの映画だった。
 町山智浩氏が”観る前と観た後でその人の中に、何か変化が起こっているのがいい映画”というような事を良く言うけれど、小さな化学反応が心の中で温かく燃えている
 上関原発に反対し続けてきた祝島の人たちの笑い顔の素晴らしいこと。多くを求めている訳ではない。自分たちが暮らす場所を大切に思い、それを力づくで破壊しようという人たちに対してやめてくれ、と言っているだけだ。子ども達に豊かな命を育んでいる海を死の海にして渡すのではなく美しいまま渡したい、それが願いの全てだ。みな心から笑い、多くを求めず、淡々と暮らしている。だけど自分が許せないと思うことに対しては強い気持ちを持って「嫌だ」と言う。言い続ける。絶対に引かない。それを30年近くも続けている。それを自分の運命と受け入れ、当たり前のように生きている何人もの島民の姿を見た。その人達の笑うのを見た。話すのを聞いていた。真っ当に人が生きていくという事はこんなにも素敵な事だったんだ。
 映画を見終わった今、現実の世界に戻った今原子力発電所が爆発した今の状況で「真っ当に」生きるというのはどういう事かを考えていた。誰かの健康を代償にする(もしかしたら誰かの命を削るかもしれない)電気エネルギーを使って楽しく生きることが真っ当な生き方だとは思えない。というかそんな可能性のある電力を使うのは嫌だ。
11110606.jpg とにかく今の電力が一企業に独占されている状況だけはやめてもらいたい。地域の小さな水力発電だっていい。送電線を開放して供給する方も参入しやすくし、買う側も原発による電力を買わず再生可能なエネルギーで発電している企業からの電気を買えるようにして欲しい、そうしたら少しくらい高くてもそっちを買う。どんな方法で作られている電力かを知って選択できるのは今や先進国では当たり前の事のようだ。映画に出てきたスウェーデンの人は日本の電力が一社独占でお客に選択の余地が無いことをにわかには信じられずにいた。それほど日本は遅れているのだ。発想と手技で戦後の復興を成し遂げた日本ならやれたはずなのに。やれるのに。
 カダフィや金正日の事は笑ってられない。電力エネルギー的には僕らは独裁国家に生きている。独裁国家の指導者が何をしたかは歴史をみれば明らかで、それはいつも同じような状況を呈する。利益を自分に集中し利益の還元はしない。国民が貧しくても自分たちだけは金にまみれた贅沢な暮らし。自分の立場を危うくする勢力は金で抑えこむ。それが無理なら力で抑えこむ。本当の事は言わない。プロパガンダだけは(ハリボテの高層ビルの書割を作ってでも)する。書いていて嫌になるくらい、今の日本の電力会社のやっている事だ。ここに「命」の問題は無い。あるのは「金」の問題だけど。モンゴルに核のゴミを持っていけば全てOKというようなエコノミストを含めて「金」の話しかしない連中ばかりを見せられていたから、「命」のことを問題にするのが当たり前で、そこに一切の疑問を感じていない真摯な祝島の人たちの姿をスクリーンの上で何人も見ているうちに、淡々と仕事をするだけの、何もドラマが起きているわけでもないシーンで僕は涙をこらえるのが大変だった。真っ当に生きている人の生き様に触れるのは泣きたくなるくらい幸せな事だ。

 今の日本の状況はあまりにも「命」をなめている。

 復興は大事だ。だけどやり方も大事。健康を損なうような方法でやることは許されない。まして放射腺の感受性が大人よりはるかに高い子ども達に、なんの罪もないのに大人の僕らの過ちのツケを回し、その事を見て見ぬふりをすることは許されない。

 また、この映画を観た人に知ってもらいたい事があります。ブイの設置強行を阻止するために海上いた島民2人、カヤック隊の2人は中電の起こした4800万円損害賠償の訴訟で理不尽に訴えられています。中電は最終的には協定違反を犯し夜明け前にブイを設置したにも関わらず、です。 祝島漁師の橋本さんからの意見陳述書を是非、読んでください。

 映画の最初と後半で明らかに顔がたくましく強く変化した孝くんが「お金を稼ぐことと生活をすることと原発に対(して反対)することを平行してやっていかなくてはいけない。」と言っていた。抗議のための旅費も自腹。それは大変な事だろう。
 振り返って、僕らも生活と仕事と原発の事をやらざるを得ない状況が続いている。村井宮城県知事のように放射能は無い、ということにしてしまえば話は簡単で、今までと同じように暮らせばいいだけだ。(2,3時間の会議でしかも非公開にして宮城県民に健康調査は不必要と決定する。実に簡単だ)だけど放射能と共に生きていかざるをえない僕らは、ガイガーカウンターを買う。原発の事や他のことに時間とエネルギーをとられ稼げるお金は減っているのに水を買い続け、遠くの野菜を買い、そのために時間を失う。でもそんな事でめげてる場合じゃ無い。祝島の人たちはそんな平行していろんな事をやる人生を30年近くも続けてきたのだ。30年やっても「金」に生きる奴らに「命」で生きる人々が傷めつけられている現実は、これからの事を思って暗澹たる気持ちにもなったけど祝島の人たちのように笑える人生を生きたい。

 自主上映を実施してくれた方々は津波被害のひどかった山元町の方々という事だった。近くでこんなに素晴らしい映画を見る機会を作っていただいてありがとうございます。感謝しています。最近の映画館て、昔みたいに笑ったり泣いたりすることは少ないけど、今日、視聴覚ホールに集った皆で、何度も声を出して笑いながら観ることが出来た。一緒に笑うって幸せな事だ。


「ミツバチの羽音はどんなに小さくても、地球の回転にすら影響を与えているかもしれない」

そう、小さな命のざわめき、命のエネルギーにこそ希望の種はまかれている。

希望に至る道:鎌仲ひとみ

 全く本題と関係ないのだけれど、鎌仲ひとみ監督の声が僕は大好きだ。この映画のナレーションは監督自身のものだけど、これだけのナレーションが出来る人はプロの俳優、声優でもそうはいないだろう。声、話し方、息使い、素敵だ。

 たまたま昨日、ミツバチの写真を撮っていたので感謝の気持ちを込めて貼っておきます。
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 全編のシナリオ付きパンフレットと缶バッジを買ってきた。"flickr"とGONちゃんの作った"にじのたねプロジェクト"と”NO NUKES NECO project”のバッジが付いているデイバッグに追加した。パンフレットは映画の会話やナレーションが全て書き起こされている。何度も噛み締め直したいセリフがたくさんある映画だったからこれは嬉しい。映画のパンフにシナリオが全て掲載されているなんて初めてだけどとてもいい企画。

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 映画の会場のすぐ先が仲良くしていただいていたレストランのあった海辺。

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 レストランのあった場所に行ってみた。広い海岸線は津波の瓦礫の山だった。その圧倒的な量に打ちのめされる。

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 ここには復興へのかすかな光さえまださしていない。

「ミツバチの羽音と地球の回転」公式サイトはこちら

 海外向けに監督が紹介されている動画もどうぞ。

2011年1月12日

ハーブ&ドロシー

 アートの森の小さな巨人「ハーブ&ドロシー」を観た。
※公式サイトに行けばほとんど載っていることばかりだけど一部ネタバレになる要素があるかもしれません。見ようと思って検索してこのページにたどり着いた人は以下は見ない方がいいかも。別にたいしたことは書いてませんが

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 ニューヨークで暮らしている公務員の夫婦のドキュメンタリー。絵を描いていたふたりはいつしか現代美術の作品を買うようになる。壁に掛けた自分たちの作品がそれらに取って代わり、いつしか全てが若い作家の作品で埋め尽くされることになる。ただしただの金持ちが金にものを言わせて買い集めた訳ではなく、妻の給料でアパートに猫と質素に暮らし夫の給料で作品を買っていく。ルールはシンプル。(お金のためではなく)自分たちの好きな作品を買う。1DKのアパートに収まるサイズのもので自分たちに買えるもの。
 ふたりには作家の全ての作品を見たがり考えを知りたがり一緒に作品を作る気持ちになるくらいの過剰さがあった。そしていつしかそれらのコレクションはアメリカの現代美術の歴史を網羅するほどのものとなるが、アパートに足の踏み場もないほどに収蔵され積み上げられ作品がいつ火事で全焼しないか亀や金魚の水槽が倒れて水浸しになって台無しにならないか心配した学芸員の提案に乗りついには国立美術館に作品を寄贈することになる。。。

 編集の手際がいいので話がテンポ良くポンポン進んで気持ちがいいし買われる側の作家の話が面白い。特にクリストとジャンヌ=クロード。最初クリスト名義で作品を発表していたけど後に全てふたりの名義に変えたふたりの関係がふたり一緒のインタビューから少しうかがえた。仲良さそう。それに作家はみんないい顔して笑うなあ。そして、ニューヨークで17週のロングランヒットになったこの作品の監督は日本の女性、佐々木芽生。ハーブとドロシーのアパートでの日常にも密着して撮影しているけれどカメラがあることを感じさせないリラックスしたふたりの振る舞いから監督と彼らの関係もまた垣間見える。作家とそれを支える人とお金、の関係を元気になる形で見せてくれた。
 この話には後日談があって作品の数が膨大すぎて国立美術館だけではひきとりきれずアメリカ50州の美術館にも50点ずつ(2500点の!)作品が寄贈されたのだという。そしてそのドキュメンタリーも別の監督によって制作中。(佐々木芽生は製作)

 無償で作品を寄贈された美術館側は誠意としてふたりの老後や健康に何かあった時のためにいくらかのお金を渡したのだそうだ。だけどそのお金はゆったりとしたソファを買うこともなく結局全て!現代美術を買うことに使われたそうだ。まさにコレクター。
 もちろんこれは宝くじを買ったら数億円が当たった、という話ではありません。もともと審美眼を持っていたことに加えて、働き始めた後でも大学で美術を習い絵を描き仕事以外の時間の殆どをギャラリー回りや作家と話すことに費やす中でひとつひとつ選んで買っていったものが、今となっては莫大な価値を持つものになった、という話。

 ドロシーは映画の最後の方で言う。「楽しかったわ。楽しくなくなったらやめるわ」。。。楽しくなくなりそうな気配はもちろんない。
 最後にノートPCを買いに行くドロシーがエンドロールと共に流れる。一緒に行ったハーブはすぐに退屈してベンチに座っている。ドロシーが必要な機能をリストアップしてきたといって読みあげるその内容がかわいい。ワープロは必要、インターネットは有線じゃなくて無線がいい etc 。。。。。大丈夫。MacBookAirには全ての条件がもうそれこそ充分にそろってますよ・笑

2011年1月 8日

ノルウェイの森

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 映画「ノルウェイの森」を見た

 トラン・アン・ユン監督の映画は「青いパパイヤの香り」しか見たことが無いけど、階段を昇っていくワタナベをぐるぐる回りながら追うカメラがそのまま森の上をぐるぐる回りつづける目眩がするようなシーンや、画面一杯に広い広い草原が広がり遠くにワタナベと直子がいるのがかすかに見て取れるシーンでは手前の草にはピントがあって美しくざわめいているシーンが印象に残った。このシーンに限らず、強い風や強い雨のシーンが何度も登場して心の風景を強調しているようで美しかった。
 若い人には面白くない、というか意味がわからないかもと思った。返事の来ない手紙を待ち続ける時間。その間に相手のことを考える時間。やっと届いた手紙にはもう少し待って、と書かれている。雪が降る頃に会いに来て、と書いてある。親とか家族とかに取り次いでもらってやっとの思いで繋がる電話。10円玉がコトリコトリと落ちていきどんどん少なくなっていく公衆電話の有限の時間。。。携帯やネットで瞬時に繋がることが人間関係を作ることと直結している世代にこの孤独な「時間」の感覚を共有することはできるのだろうか。無駄に思えるその「時間」の中に大切なものの萌芽が詰まっていたのかもしれないし「時間」の中でその萌芽は何かに形を変えていったように思える。少なくとも僕らの世代にとって「孤独」というのは生きていく上での大切な要素のひとつだった。ヨーロッパをひとりで旅した時に感じた圧倒的な「孤独」は今でも僕の中の大切な感覚だ。その時、僕も旅先でいろんな人に手紙や絵ハガキを書いていた。
 部屋の境にガラスのイミテーションのプラスチックのビーズのようなのれんが掛かっていたり、ベルボトムのジーンズのベルトが太かったり、緑がかけているサングラスが異常に大きかったり。部屋の照明の傘が無駄に大きかったり、どうでもいいところで僕と同じくらいの年代の人はものすごく物語に入っていけると思いますよ(笑)。あ、このださいのれんどの家にもあった、あったって。それにしてもヴェトナム生まれフランス育ちの監督にこれらのセッティングは無理だ。優秀な日本のスタッフも幾重にも監督を支えていたであろう事を想像できる。もちろん監督の実力がその輪を増やし人柄がその輪を強くしているのだろうけど。だって自分の知らない国で、知らない俳優を使って、知らない言葉を使って映画を作るなんて、それだけですごい事だ。
 途中、笑いそうになる場面が何度かあったのだけどなんか深刻な感じに空気に包まれた映画館の中では一度も笑えなかった。
 エンドロールの最中に僕らを含めた20人くらいの客の誰も立たなかった。普通、エンドロールが始まるのが映画の終わりとしている人達が次々に帰るものだけど。バックで流れるアコースティックな音色が映画を振り返って余韻を浸るのにとてもあっていたからだろうか。少なくとも僕はそうだった。きしむような音を聞きながら余韻に浸っていた。緑役の水原希子、良かったなぁ。霧島れいかも初音映莉子もたぶん初めて知った。でもこの映画に出てきた全ての女優は皆、美しかった。

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 ベストセラーの単行本を読まないへそ曲がりの僕の本棚にも原作になった村上春樹の「ノルウェイの森」の上下巻がある。久しぶりに引っ張り出してきて奥付を見ると
1987年9月10日 第1刷発行
1988年7月28日 第17刷発行
とあるから初版から1年後に読んだようだ。ベストセラーを殆ど読まない僕がこの本を買って読んだのはたぶんカミさんと付き合いだしたからだ。読んですぐ貸した記憶がある。二人にとって最初に共有した読書体験だったかも。とはいえ内容は驚くほどきれいさっぱり記憶から無くなっていて、映画は初めての物語として見られたのが嬉しいのか悲しいのか良くわからない。ただ、本を読んでから20年近くたった後、映画化されたものを今はカミさんとなったその時の彼女と一緒に見られたのはとても良かった。

2010年7月14日

アウトレイジ


10071401_outrage.jpg 北野武監督最新作「アウトレイジ」を観た。
 息を吐く余裕もないような濃密な時間で積み上げられた物語。過剰に演出しない淡々とした鈴木慶一の音楽も映像に合っていた。それにしても無駄なカットが無いな。
 世の中は「理不尽」だらけだ。だけど理不尽な振る舞いをする他人のせいで自分の希望や主張が通らないなんて言うようなナイーブな人間でもないし自分の「気持ち」が「理不尽」な振る舞いに負けているなんて言い訳できるような年でもない。理不尽は世の中にあふれている。だけど本人にその自覚があって理不尽な振る舞いをしている事は意外と少ないのかもしれない。そんなつもりはなくても、力がなかったり、焦っていたり、自分の事を一番に考えて行動したことが他人にとって「理不尽」な事になっているだけなのかもしれない。自分だってきっと他人から見たら理不尽な事いっぱいやってるはずだ。まあ最近、ホントに理不尽な事が多いんだよ。

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2009年10月28日

THIS IS IT

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 マイケル・ジャクソン "THIS IS IT" を観た。
 今日が全世界同時公開初日のためかレイトショーの開始が21:15からと遅かった。だけど始まってしまえばムーンウォークに度肝を抜かれ一時期そのダンスと音楽に浸りきった僕にはあっという間の2時間弱だった。20数年前に聞いて聴いて最後はテープがすり切れるまで聴きすぎてしまい、もう飽きて聴く気がしなくなっていたアルバム「スリラー」からのナンバーは体の中にいまでも残っていて気が付くとリズムに合わせて首を振り足をならしていた。
 想いを形にしていくその課程を見るのは本当に面白い。マイケルはどんどんステージの演出アイデアを出していくしまわりもそれを形にしようと懸命。ましてや「仕事」というより自分が音楽やダンスをやるきっかけになったアーティストと一緒にステージを創る「夢」を手に入れた彼らは緊張と喜びと幸福にあふれている。マイケルの個人的な記録のために撮ったというこのムービーから伺えるリハーサルの完成度。50歳のマイケルに何が出来るとも言われたらしいけど若いダンサーと共に踊り歌う。リハでこれなんだから実際にコンサートが実現したら歴史的なものになっていただろうにそれが叶わなかった悔しさは想像を絶するものだっただろう。マイケルも一緒にステージを創っていた人たちも。
 地球環境に対するメッセージはとってつけたようで申し訳ないが全然心には響いてこなかったけど、その手の動き、歌声、ステップが物語る力の雄弁さ。ゴシップに僕も眉をひそめる部分もあったのだけど、マイケルの音楽とダンスは亡くなってしまうまで圧倒的な強さで生きていたのだ。惜しい。

2009年9月 2日

Man on Wire

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 映画「マン・オン・ワイヤー」を観た。町山さんのPodCastを聞いてどうしても観たかった映画。
 「なぜ?」と聞かれても答えられない、それをやったからどうなるという事を本人も説明も出来ないのに時にそれでも行動してしまう人間の不思議。この国では「なぜ?」という問にきちんと答えられないと時にすぐに社会からバッシングを受けるけどね。
 この映画はノンフィクション。ニューヨークに(9.11で倒れた今は無き)ツインタワーが建設されることを知った主人公"フィリップ"が高層のビルの間にワイヤーを渡して綱渡りをする!という思いにとりつかれ実際にそれを成し遂げるまでのドキュメンタリー。言ってしまえばただそれだけ。
 「なぜ?」「それをやって何の得があるの?」それだけが気になる人にはこの映画はおすすめ出来ません。「なぜ?」という問いに対する具体的な答えは提示されません。でも、僕と同じように人って説明できない激情に突き動かされて動いてしまうことがあるよなぁと感じている方には、6年に渡る困難を乗り越え厳重な警備の隙を突いてツインタワーにワイヤーをかけることに成功し、とうとう綱渡りの一歩を踏み出した瞬間に共感と幸福を感じること必至です。ただ、そこに至るまでの過程は何年にもわたって詳細にフィルムに収められているにもかかわらず、遂に踏み出したツインタワーの綱渡りの部分だけは数枚の写真で示されるだけ。フィリップが不法侵入と社会びんらん罪で犯罪者となったため世紀の挑戦をおさめたフィルムは全て警察に没収されたからなのか?でも監督の再現ドラマ、実際の16mmフィルム、インタビュー、写真による構成と編集が見事なため、ワイヤーの上にポツンと立っているフィリップの写真を見るだけで僕は静かな感動に包まれていた。実際にはワイヤーを張るまでにクタクタになって綱渡りをするだけの体力はもう残っていないのではと仲間が思ったにもかかわらず実際には45分間も高さ411mの60mのワイヤーの上にいて8回も往復しワイヤーの上で寝て、ひざまづいたりもしたのだ。そして、この行為はこんな風に呼ばれている「史上、最も美しい犯罪」

犯罪ってなんだろうね。

2009年8月29日

女の子ものがたり

 「女の子ものがたり」を観る。仙台のレイトでカミさんと。映画館は昔全館大手電気屋だったビルの2階。変な感じ。静かなシーンになると上の階のカラオケ屋から大音量が漏れてくる。田舎は辛いよ。
 映画は3人の女の子の物語。深津絵里の演技は僕にはちょっと過剰で苦手なんだけど(ごめんなさい)子供時代、高校生時代を演じるそれぞれ3人=6人のキャスティングがハマっている。笑ったり泣いたり将来に思いを馳せてちょっと不安な顔になったり。キラキラ輝いている。女の子じゃないけど映画の舞台になっている四国で過ごした自分の子供時代を少し思い出した。。そういえば土管のある原っぱとかまだ普通にあったなぁ。ちなみに映画を見る前、讃岐うどんのお店で四国時代によく食べたうどんを食べてなんだか四国づいた夜だった。
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女の子ものがたり/原作者インタビュー

2009年8月14日

「サマーウォーズ」

 映画「サマーウォーズ」を観た。始まってすぐ仮想世界OZの描写にまず圧倒される。ネットと現実が交差する世界で起こる一夏の物語、というくらいの情報しか無くて観ていた。絵の気持ちよさに浸っていたら涙腺を刺激される物語が次々と積み重ねられほとんど泣きっぱなしで見ていた。監督は「時をかける少女」で一躍名を上げたという細田守監督。2003年、ルイ・ヴィトンのイメージ映像『SUPERFLAT MONOGRAM』を監督した縁かOZの世界には現代美術家の、村上隆の世界が反映されているように感じた。

 見ようかどうしようか迷っている人に個人的には見ることを強くお勧め。DVDで見ようと思っている人にも映画館で見ることをお勧め。とにかく(OZの世界の)「絵」の密度が高いので大画面で見た方が楽しめます。いやぁ面白かった。

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2009年7月30日

セントアンナの奇跡

 午後、仙台のイタリアンレストランに約2ヶ月間、展示していただいていた石の彫刻作品を搬出に出かける。パリンカ様、画家のウエノイチロー様、お世話になりました。ありがとうございました。
 今日の午後はふたりで休日にしようと愛犬小春をカミさんの両親に預かってもらいカミさんとふたりで出かけてきた。搬出の後、仙台をふたりでぶらぶら歩く。
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 なんだかずいぶん久しぶりの仙台散策。
09072902.jpg 小雨が降っていてどんよりする中、本屋を巡りamazonでは出来ない立ち読みを美術書と写真集中心に堪能。青葉亭でステーキ定食の夕食。僕にとって仙台は車で来る町なのでビールが飲めないのが辛いところ。
 レイトでスパイク・リー監督の新作「セントアンナの奇跡」を見る。アメリカのために志願して軍隊に入った黒人兵士たちがアメリカの白人の市民に黒人という理由だけで差別されていた。イタリアの戦場で彼はふと気が付く。「俺はここで「俺」として生きている、ニガー(黒人)としてではなく。イタリア人たちは黒人差別と言うことを知らない。」それはきっと体にまとわりついた殻が破れていくような開放的な心の瞬間だっただろう。結婚をすることにした人たちというのもきっと結婚相手といる「俺」が「俺」でいられるような「私」が「私」でいられるような感情を覚えたのではないだろうか。それが一瞬のものだったか今でも毎日続いている感情かどうかは知らないが・笑
 11時過ぎに終了。あくびをこらえて家路につく。
(ちなみにこの映画は「痛い」映画です。そーゆーのが苦手な方は注意してください。カミさんは痛い映画が嫌いで、また一緒に見る映画の選択に失敗してしまった。いつもこうだ・苦笑)

2009年4月26日

フリーダム・ライターズ

09042601.jpg 昨晩カミさんとDVDで「フリーダム・ライターズ」を観た。これが実話だと言うことに驚かされる。しかも記憶に新しいロス暴動の頃の話。でも、もう少し感動的な映画に出来たのではないかと思った。ベストセラーになったという「フリーダム・ライターズ」を元にしたため多くのエピソードを2時間にまとめるため削らざるを得なかったところが多かったせいだろうか。若者の変化こそがこの映画のキモなのだから、そこをもう少し重点的に描いたら印象が変わったのではないだろうか。出来上がった組織を守ることに価値を置く人間と新しいことをしようとする人間との価値観のぶつかりはいつの時代にもあるのだから新任教師の新しい仕事を押さえつけようとする教科主任や校長とのエピソードにかける時間をもう少し削ってでも例えばエヴァのエピソードを掘り下げても良かったのかも。それにしても灰谷健次郎の小説でもそうだけど生徒を変えるほどのエネルギーを得るには自分の家庭と両立するのが難しいのだろうか。この実在の先生も生徒の人生を変えることは出来たけど自分は離婚。自分がこの先生の夫だったらどうするのだろうと思ってもう1回最初から見直して寝るのが3時過ぎになってしまった。
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 で、今朝は愛犬小春と共に大寝坊

2009年4月11日

タイマグラばあちゃん

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 1ヶ月前に隣町の友達夫婦と鍋パーティーをやった時にもらったドキュメンタリー映画の上映会のチラシがどうも気になり夕方「タイマグラばあちゃん」の上映会に齋理屋敷まで出かける。
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 ビデオをプロジェクターで小さなスクリーンに映す上映会だったけど行って良かった。とても良い時間を過ごさせてもらった。それほど大きくない町で朝昼晩の3回の上映会だったのにどの会も盛況だったようだ。映画館ではなくて江戸時代から昭和にかけての豪商の屋敷に人が集まり畳でみんなで見る、というのもこの映画には合っているように思えた。チラシをくれたかたくり農園のおくさんもいて毎年恒例になっている4人と2匹のお花見の今年の日程を相談したりしているうちに上映が始まる。
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 上映後、監督の澄川嘉彦さんと、タイマグラばあちゃんの隣に越してきた出演者の奥畑充幸さんの話も聞くことが出来た。

 映画は早池峰山の麓、タイマグラという開拓地で生きてきた夫婦の日々を淡々と追ったもの。ここに住むのは隣人が越してくるまでずっとこの夫婦だけで電気が通ったのも昭和が終わる時だったという。日々、畑に出て冬にはジャガイモを干して乾かし豆腐を作り、大量の味噌を作る。何のために生きるか?なんて問うている前に仕事が待っている日々。自分探しなんてしている余裕はここにはないけれどとても充実しているように見える。実際、このおばあは働きずめなのに「好きな時に食って好きな時に寝て好きな時に飲んで、、、極楽だぁ」とつぶやく。

 僕は田舎暮らしをしたくて田舎暮らしをしているわけではないので、都会も田舎もどっちも好き。だから同じような生き方は出来ないけどこのおばあちゃんの生き方にもらえるものは少なくなかった。まずは辛い仕事のさなかでも笑顔で生きていけるようになりたい。

 椎名さんを始め上映世話人会の方、ご苦労様でした。

2008年10月 4日

おくりびと

 「おくりびと」を観た。レイトショーで僕ら以外に10人もいたのは記憶に無い。ただ僕の横の兄ちゃんは右手にだけ白い手袋をして何かを持って映画の間中振り続けていて不気味。(なんかのゲームか?)前の年配のカップルはおやじがおばちゃんにいちいち次がどうなるか少しずつ先走って自慢げに予想をし続けるという非常に厳しい環境だった。(ネタばれになるといけないから詳しく書けないけどラストで死者の手からこぼれ落ちるモノを「○○!」って叫んでたけどみんなわかってますから・苦笑)
 映画はよかった。伊丹十三の「お葬式」が思い出された。山崎努だし。生と死。性、食べる。死を描くことは生を描くことになるのだな。幸か不幸か死の現場にまだきちんと立ち会ったことが無いけれど、それを経験した方が良く生きることに繋がるのかもしれない。少なくとも(映画のように)家で死ねるような世の中が良い。自分もパイプに繋がれてコンクリートの建物の中ではなくて家で死ねるといいなぁ。

2008年9月27日

バベットの晩餐会

08092701.gif 久しぶりに「バベットの晩餐会」を観た。20年近く前の映画なのだけど今でも時々見直す映画のひとつ。先週お気に入りのレストランで食後にオーナーシェフ夫妻と話していてお互い映画が好きなのがわかったので「バベットの晩餐会」の話をした。見たことがないというので「料理人が主人公で最高の映画ですよ、是非!」と勧めたせいで自分が久しぶりに見たくなってしまった。寒く貧しい村の物語なので暗い色調だけどその映像も絵画のように美しい。中盤でふっと笑わされ終盤に泣かされ見終わった後に考えさせる余韻を残す。
 DVDは生産完了で気軽に見られないのが残念。(僕のはNHKBSをビデオに録画したもの)安く複刻してくれないかな。

2008年8月20日

ダークナイト

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 ダークナイトを観た。(The Dark Knight
 息もつかせず物語が終わったとき、肩にというか心に力が入っていたのに気付きエンドロールをぼーっと眺めながらゆっくり力を抜いてから映画館を出た濃密な152分だった。物語が良くできているのはもちろん実写もスタントもCGも特殊効果も全てがうまく溶け合って目に映る映像の快感。そしてこの映画の「過剰な」物語になんの違和感もなく引き込んでくれたのはヒース・レジャーの圧倒的な演技。演技というより存在。映画の中でジョーカーという殺人や破壊自体を楽しむ狂気を演じた彼は撮影が終わった後も精神の均衡を取り戻せず映画の完成を待たず睡眠薬の多量摂取により亡くなったという。演じるということはここまですごいことなのかと思わされる。ハリウッド映画というだけで観る気を無くす僕のような人にも一見をオススメしたくなる映画でした。
(僕がポッドキャスティングの更新を楽しみにしている町山智浩さんがTBSコラムの花道でダークナイトについて語っているのはこちら)(Wikipedia

2008年8月 3日

ぐるりのこと

 カミさんと「ぐるりのこと」を見に行く。面白かった。
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 リリー・フランキーの自然なたたずまいがすごい。物語にはいることができた。絵がうまくて文章もかけて、しかもこんな演技されたら、役者に嫉妬されるよ。きっと。
 夫婦っていう、時に面倒くさい時に大変な事を永くやってなきゃわからないエピソード(や仕草)が満載で、それも面白かった。まぁふたりで見れて、ふたりで「良い映画だったね」と言えたことが一番良かったのかも。

2007年5月20日

パッチギ!LOVE & PEACE

 井筒和幸監督の「パッチギ」が滅茶苦茶面白かったので「パッチギ!LOVE & PEACE」を初日に見に行く。個人的には1作目の方が引き込まれたけど2時間を超える映画もあっという間。面白い。脳天気な台詞に重い事実が重なっていく後半にむけての加速感が心地良い。
 話が横道にそれるけど、今日見に行ったのは車で40分くらいのところに出来た大規模商業施設の中にある映画館。事前にWebで座席も指定してカードで購入。映画館のチケット売り場の混雑をよそに発券機にクレジットカードを通して颯爽とチケットを手にする自分をイメージしていたのだけどレイトの開始が9:15のせいか閑散としていて事前に買うこともなかった。それどころかカミさんと僕以外のお客さんは1人だった。サービスの劇的な向上と田舎の現実にはちょっとギャップがあるかも。
 それはともかく楽しめますよ。

2007年4月30日

神童

 映画「神童」を観てきた。成海璃子、松山ケンイチというふたりの若い俳優がとても魅力的。物語の後半でクラシックをかじったことがあるひとは「それはありえないよ」と思ってしまうところが出てきてしまうのだけど、まあそれはそれ。僕は充分楽しんだ。ワオの部屋のふたりやうたが池の水をすくうシーンが特に良い。
 それにしても萩生田宏治監督がとうとうこれだけメジャーで映画を撮ったことが単純に嬉しい。クレジットロールの最後に名前が映し出されたとき(当たり前なんだけど)じーんときた。面白かったですよ!
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2007年4月27日

かもめ食堂

 石屋さんと4年ぶりのボーリング。117、138の悲しいスコア。
 家に帰ってDVDで「かもめ食堂」を観る。たんたんとした日常も素晴らしい、と思えるこんな映画が大好き。後半はずっと涙ぐみながら観ていた。この素晴らしい感じは「バベットの晩餐会」にも通じる。バベットの晩餐会は時々思い出してビデオテープをひっぱりだして観るのだけどこの機会にDVDを買ってしまおうと思ったがどこも品切れで手に入らないようだ。残念。

2007年1月20日

それでもボクはやってない

 レイトで周防正行監督の「それでもボクはやってない」を観た。見終わって胃が痛い。裁判に関することを見たり読んだり体験したりして「真実と判決が結びつくわけではない」という事をよく知っていたつもりなんだけど、それでも「真実」と「判決」というのは近いところにあるという幻想を捨て切ることはなかなか難しい。まして「真実」を知っている当事者にとってはそのことをふまえつつ裁判をする、ということがいかに辛いことか。
 議員に限らず、税金で働く人たちの視界に税金を払う大衆が入っていない、という昨今の事実から裁判に関わる人も例外では無い、ということなのかもしれない。

 刑事事件で起訴された場合、有罪率は99.9%という世の中で生きていくために必要なのは自分を信じてくれる友人とプレゼンテーションの力なのかもしれない。

2006年11月25日

フラガール

 レイトでフラガールを観てきた。面白かった。笑った、そしてずいぶん泣いた。蒼井優いいなぁ。豊川悦司はいつも過剰な感じがしていたのだけど自然で良かった。それにしてもフラのバックで流れる音楽の打楽器はずるい。ただでさえ盛り上がる感情を増幅させた。
 監督・脚本が李相日(り・さんいる)という人で調べてみたら村上龍の最高小説「69」を撮った監督だった。そりゃ面白いや。

 今や常磐ハワイアンセンターってこんなになってんだ。

2006年8月15日

トランスアメリカ

 東京に帰る妹家族のノアに同乗させてもらう。お盆の帰省ラッシュのピークが心配で早朝4時に出発したのだが渋滞は無く順調に行きすぎて4時間後には石神井の妹の家に着いてしまった。
 午後、シネスイッチ銀座で「トランスアメリカ」を観る。(公式サイトはこちら)性同一性障害で女性になるためにホルモン剤を飲みあとは最後の手術を目前にした「男」がかつて「女」の恋人との間にできた息子を養父のところへ送り届けるために父であることは隠したままアメリカを横断することになったふたりの物語だ。素晴らしい。今年度マイベスト1になった。
 多くの人が絶賛しているから僕が改めて書くことは無いのだけどどうしても書いておきたいのは物語の素晴らしさはもちろん主人公ブリーを演じたフェリシティ・ハフマンの演技。薬や手術によって限りなく女に近づきつつある「男」を演じる難しさは想像を絶するのだけれどそこに全く違和感を感じさせないことで物語に入っていくことが出来た。(男性と信じて疑わなかった人も多かったらしい)
 「ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記」のエントリーで普段の彼女の写真も見ることが出来ますが別人です。

2006年6月 7日

花よりもなほ

 是枝 裕和監督花よりもなほ」を観た。素敵。あの、「誰も知らない」の後、時代劇?と思ったけどテーマは一貫としていた。声高に叫ばないだけにじわじわと効いてくる。
 静かな映画だった。衣擦れの音が気持ちよく聞こえてくるほど。そして出てくる子供たちの魅力的なこと。監督がキャスティングしたのだろうか。作品で輝く人間を見付けてくる天才だからなぁ。お笑いの人もたくさん出ているのだけどそのはまりようといったらない。楽しかった。

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2004年9月25日

井筒和幸

 映画監督の井筒和幸はえらそーなこと言ってばかりで。てコメントをあちこちのblogなんかで良く見ますが。
 でも、ただ言いっぱなしの評論家と違って自分でものを作ってる人間は、

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2004年9月12日

スゥイングガールズ

スゥイングガールズを見た。
高校生が試練を乗り越えて最後には拍手喝采を浴びるってまるで「ウォーターボーイズ」そのままじゃん、とか言わないように。
男子高校生の「ウォーターボーイズ」の女子高校生版じゃん、パクリじゃん。って自分の作品だからパクってもいいのです。
どちらも監督・脚本は、矢口史靖なのです。
というか物語も突っ込みどころ満載なのです。

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2004年8月15日

誰も知らない

「誰も知らない」是枝裕和監督を観た。
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2004年8月 1日

69 sixty nine

69 -sixty nine-最高。
オープニングの(CG)アニメのレトロでポップでサイケな感じもいいし、音楽の選曲もタイミングも最高。こんな風に最初の10分でワクワクして「当たり!」と思ったのは「ブリジットジョーンズの日記」以来。
原作も大好きだったけど映画も楽しんだ。これがけっこう難しかったりする。
最初に原作を読んでると思い入れがあるから。その点、脚本の宮藤藤官九郎はうまい。
でも、ひとつだけ言わせてもらえば。。。

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2004年5月27日

ビッグ・フィッシュ

ビッグ・フィッシュを観た。
レイトの1000円で観てなかったら金返せと怒るところだ。
電車男の方がはるかにリアルでドラマティックだ・笑

2004年5月14日

LAST SAMURAI

040514.jpgKILL BILL がいつもいつもいつもレンタル中でフラストレーションがたまっていたのか、セブンイレブンでラストサムライDVDを衝動買い。
いつのまにか安くなったなぁの¥2,500(セブンイレブン特別価格)
おまけの箸はいらないけれど・笑

2004年4月27日

ワンダフルライフ

ワンダフルライフ(是枝裕和)1998年 をビデオで観た。
タイトルとは裏腹に死人ばかり出てくる。
会話や動きがリアルでドキュメンタリーを観ているようだった。
「他人の幸せに参加する喜び」という台詞が印象的。

2003年11月29日

ポワゾン

夕方時間が出来たので、HDにとってあったDVD「ポワゾン」を観た。

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