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カテゴリー:大震災と原発


2012年5月24日

ガレキの事

 火曜日に、多くの人の反対の声を無視して北九州にまで宮城県のガレキが運ばれ宮城県のガレキが遠く九州の人まで傷つけた。九州まで持っていく、シンプルに考えてその事だけでも僕にはさっぱり意味がわからない。
(4月1日に"応援になっていない"で書いたことと考えは変わっていない。下は昨晩のツイート)


 仕事前に下の動画を見たらやめられなくなってしまった。1時間だけどまとまっていて濃い内容です。僕がガレキに対して思っていたことの多くをデータと共に示してくれている。

 いかんいかん、仕事にしなきゃ。土曜日から仙台でグループ展もやります。是非。

2012年5月20日

「生活の中の放射能」講演会

 仙台へ。内部被ばく研究の専門家、矢ケ崎克馬・琉球大名誉教授とブログ「明日に向けて」で発信中のジャーナリスト守田敏也さんの講演会。

 守田さんの話は原発事故から2ヶ月後の2011/5/16に、矢ヶ崎先生の話はその2日後に2011/5/18に聞いている。どちらもごくごく少数の会だったけれど、その時期に被災地に入って講演会をやっている時点で本気の人とわかる。おふたりともていねいにお話をされていたことを思い出す。
 守田さんにとっても5/16の勉強会は強く印象に残っているという話もあった。

 東北大学の「萩ホール」での演奏会に行っていたカミさんを迎えに終了間際に一足早く会場を後にする。

2012年5月10日

原子力発電と平和 −キリスト者の視点から

 先日「憲法九条を守る会」という会から、原発事故以来、放射能の問題に取り組んで来たことを聞かせて欲しいとのお誘いを受けた。僕も若くはないけど、市内の僕らより年配の方々で同じような危機感を持つ方と出会えなかったのでそれが出来れば、との思いだけで参加し、実際に出会うことができた。少し気持ちを共有できたように感じた。帰り際、初めてお会いした方に「最近送られてきたんですが、この本を読んでみてください」と一冊の本を手渡された。

原子力発電と平和 −キリスト者の視点から
吉村 孝雄著
徳島聖書キリスト集会代表
いのちの水社
 出会うことが出来て良い本だった。僕は特に信じている政治団体や宗教はない。今回のように貸していただいて、今度会ってお返しする時までに読んでいないと失礼だ、というような状況でなければ読まなかったかもしれない。正直に言えば副題に「キリスト者の視点から」という文言があっただけで。
 誤解しないで欲しいのだけど、宗教の存在を否定している訳ではないし、宗教を信じている人のことを否定しているわけでもない。自分一人で生きるのは難しい。何かにすがったり依存したって不思議じゃない。僕だって煙草の依存からは抜けだしたけど週に4日は酒を飲む。ただ自分ではない「誰か」の言う事、言った事を100%信じて生きるのは恐いだけだ。
 だけど、人間の力を超えた大きな力、人間では対処できない大きな力の中で生きている、生かされている、と言う感覚は宗教者とも共有しているのではないかと勝手に思っている。人の力なんて自然の力に比べたら微々たるもの。だけど自然と向き合ってやれることだけは淡々と精一杯やって、あとはお天道さまにお祈りするだけというお百姓さんたちにも深く共感する。屋外で石を彫っている時に手を止めて太陽に顔を向けて「太陽の神様、ありがとうございます」と声に出して、感謝することは、都会を離れ自然の中で暮らすようになってから僕が普通にやっていること。いつでもお祈りできるように、自分のために「太陽の神殿」という作品も作った。(この作品は先日、ある方に買っていただいたので近く"tamaki's work"に書くつもりです。)いや、雨の日は雨の神様に感謝しているのだけどね・笑

 人間の可能性は無限大。だけど自然の前では謙虚であるべきだ。まして今ある原発を廃炉にするために今から100,000年後まで、どんな天変地異があろうと人間はコントロールできる、と言うのが悪質な新興宗教の説法にしか聞こえない。この新興宗教を推し進めている人のほとんどは経済界と経済評論家だけどね。多くの新興宗教と同じく考えているのは金もうけと自分たちだけの幸せ。プルトニウム飲んでも安全なんて大学教授の言うことじゃない。狂った教祖の話だ。普通の生活を返してから言ってくれ

 話が横道にそれた。「原子力発電と平和」を書かれた吉村孝雄さんは今回の東電の原発事故の前からその危険性を知らせるため、誠実な文章を積み重ねていた。読ませていただいた本にも10年以上前に書かれた原発の危険性についての文章が掲載されていたけど、今回の事故後に読んでもその説得力は変らない。きちんと時代を見据えていている。その警鐘にきちんと耳を貸さなかった自分が残念。
 警鐘を鳴らしてくれた先人は清志郎も含めてたくさん、いたのに今回の原発事故が起こってしまった。その真っ只中で、あちこちで「今やらなければいけない事」を自分で考え、自分で行動し、自分で実現していった人を何人も見た。昔から知っている人だけど今回の事故がなければ知ることが無かっただろう面を見ることができた。尊敬できる人が身近なところに実はたくさんいた。

 望まないのに被曝させられた。それでも国や宮城県やマスメディアや東北の大学は安全と言い続けた。その事に違和感を感じ、大本営発表しか放送しないテレビは見限り、ネットや本で情報を必死に求めてきた人たちには、この本で紹介される記事は一度ならず接したことがある情報かもしれない。だけど大事な情報や出来事をていねいに拾ってまとめ、関連した聖書からの話を紹介し、書き手の考えと併せて紹介して指針を示してくれている。聖書からの引用が(宗教に縁のない僕にも)違和感が無いのは立っている場所と危機感が近いからだろうと思う。筆者は遠く徳島で書いているのに、だ。

 僕は東電の原発事故直後、放射能を無いことにして普通に制作を続けようとした。その事に強く反応したのはカミさんだった。その後、子どもの未来を放射能被害から守ろうとお母さんがたが個々に奮闘している姿を見ることになった。孤立し、国やテレビや宮城県や東北大の先生たちは問題無いと言ってるのに何を騒いでいるのとバッシングされても、泣きながら子どものために動いている姿に教えられた。女性の「命」に対する本能の感覚に触れたことが僕の考え方を大きく変えた。本からの引用。

原発のような、幼な子や新たな生命を体内にやどす女性たちにとくに危険なものは、子供や女性たちのほうが、本能的に正しい感覚と判断を持つのではないかと思わせる一例である。
今回の原発事故後に「母親」の方たちに出会った感覚からも同感。ちなみにこの文章の前に紹介されているのは、藤波心という中学生アイドルの事。僕も原発事故後読んだエントリーが紹介されている。
藤波心オフィシャルブログ『ここっぴーの★へそっぴー』
以下が本でも紹介されている事故直後のエントリー。

「批難覚悟で・・・・」

エントリーにリンクをかけておいたのでまだ一度も読んだことがない方は是非、一度。ただしコメント欄は読まない方がいいです。お金をもらって原発に反対する人のサイトやブログにネガティブなことを書くことでお金をもらういわゆる工作員の仕業か、馬鹿な大人が中学生に「売名行為」と罵ったり上から目線で教育しようとしてる。原発事故直後に読んだ時はこれほどではなかったのにひどいありさまだ。だからコメント欄は無視して読むことをオススメ。もしくはいかに馬鹿な大人がいるか、最低な現実を見たいなら止めないけど。(逆に言えばこの中学生の発言が的を射ていて、しかもツイッターなどで多くの共感と影響を与えているからこそ、これだけ必死に攻撃しているともとれる。いい大人が)

 そんな女性の本能的な感知能力の文脈で紹介されると以下のような文章も腑に落ちる。

 そのような重要な「キリストの復活」という出来事が、男の使徒でなく、女性でしかも七つの悪霊に苦しめられていたという女性マグダラのマリアに最初に告げられたということも、信仰世界における女性の重要性を暗示していると思われるが、こうした直感的にとらえられる感性をもつ女性が原発への反対を強く受け止めることがいっそう期待される。

 チェルノブイリの原発事故でも最初に声を上げたのは女性たちだった。

 第五福竜丸の被曝をきっかけに日本から世界に広がった反核運動。それも母親たちの行動からだった。

 だけど男も原発に依存しない世界のためにがんばらないといけないのはもちろんだ。(これらの文章は本の中では「女性や子どもの感性と原発」と章立てされています)

 読み終わって、借りた本を返してこの本が手元に残らないのはさみしいと思った。この本は買って手元に置いておこうと思い直接「徳島聖書キリスト集会」サイトで注文した。
 実は、もう基本的に講演会や勉強会に行ったり放射能や原発関連の本を買うのはきりがないからやめようと決めていたんだけど。一年間、自分なりに勉強し睡眠時間を削って毎晩ネットで動画も見た。
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今の問題は半減期まで数十年かかる状況で、お前はこれからどうやって生きていくのだ、という事に変わってきているのだ。(と思いながら本を買い、今月もきっと2回は講演会に行くことになるだろう。)

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 この本の著者である吉村孝雄さんに出会ったことが力になり、CDを出されて話題の北田康広さんのCDや会誌、その他たくさん同封して送られてきた。本を注文しただけなのに、恐縮。(ありがとうございます)

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 読みたい人に貸せるように2冊買いました。いつでも貸し出しますから連絡ください。読んでみてください。

 僕は小学校5年の時に親の仕事の都合で世田谷から徳島に転校した。自分が住んだことがある場所が個人的に他の地域より思い入れが強くなるのは仕方ないだろう。(小学校の頃、二本松にも1ヶ月暮らしたことがある。東京に帰るたびに高速道路の車中なのに高い放射線量で悲しくなる)
 直ちに健康に被害はないと言って僕らを被曝させ続けた今の政権は、その後、根拠のない安全をいろんな所で押し付けたけど、徳島県の震災瓦礫の問題に対しての公式ホームページの解答は昔、暮らしたことがあるというだけの僕だけどなんか誇らしかった。えらいなぁ。(万が一、変な圧力でページが消されるかもしれないのでまるごと全部転載しておきます)


■ご意見
登録・更新日:2012-03-15
60歳 男性
タイトル:放射線が怖い? いいえ本当に怖いのは無知から来る恐怖
 東北がんばれ!!それってただ言葉だけだったのか?東北の瓦礫は今だ5%しか処理されていない。東京、山形県を除く日本全国の道府県そして市民が瓦礫搬入を拒んで
いるからだ。ただ放射能が怖いと言う無知から来る身勝手な言い分で、マスコミの垂れ流した風評を真に受けて、自分から勉強もせず大きな声で醜い感情を露わにして反対している人々よ、恥を知れ!!
 徳島県の市民は、自分だけ良ければいいって言う人間ばっかりなのか。声を大にして正義を叫ぶ人間はいないのか? 情け無い君たち東京を見習え。



■回答
 【環境整備課からの回答】

 貴重なご意見ありがとうございます。せっかくの機会でございますので、徳島県としての見解を述べさせていただきます。

 
 このたびの東日本大震災では,想定をはるかに超える大津波により膨大な量の災害廃棄物が発生しており,被災自治体だけでは処理しきれない量と考えられます。


 こうしたことから,徳島県や県内のいくつかの市町村は,協力できる部分は協力したいという思いで,国に対し協力する姿勢を表明しておりました。


 しかしながら,現行の法体制で想定していなかった放射能を帯びた震災がれきも発生していることから,その処理について,国においては1kgあたり8000ベクレルまでは全国において埋立処分できるといたしました。
(なお,徳島県においては,放射能を帯びた震災がれきは,国の責任で,国において処理すべきであると政策提言しております。)


 放射性物質については、封じ込め、拡散させないことが原則であり、その観点から、東日本大震災前は、IAEAの国際的な基準に基づき、放射性セシウム濃度が1kgあたり100ベクレルを超える場合は、特別な管理下に置かれ、低レベル放射性廃棄物処分場に封じ込めてきました。(クリアランス制度)


 ところが、国においては、東日本大震災後、当初、福島県内限定の基準として出された8,000ベクレル(従来の基準の80倍)を、その十分な説明も根拠の明示もないまま、広域処理の基準にも転用いたしました。
(したがって、現在、原子力発電所の事業所内から出た廃棄物は、100ベクレルを超えれば、低レベル放射性廃棄物処分場で厳格に管理されているのに、事業所の外では、8000ベクレルまで、東京都をはじめとする東日本では埋立処分されております。)


 ひとつ、お考えいただきたいのは、この8000ベクレルという水準は国際的には低レベル放射性廃棄物として、厳格に管理されているということです。


 例えばフランスやドイツでは、低レベル放射性廃棄物処分場は、国内に1カ所だけであり、しかも鉱山の跡地など、放射性セシウム等が水に溶出して外部にでないように、地下水と接触しないように、注意深く保管されています。


 また、群馬県伊勢崎市の処分場では1キロ当たり1800ベクレルという国の基準より、大幅に低い焼却灰を埋め立てていたにもかかわらず、大雨により放射性セシウムが水に溶け出し、排水基準を超えたという報道がございました。


 徳島県としては、県民の安心・安全を何より重視しなければならないことから、一度、生活環境上に流出すれば、大きな影響のある放射性物質を含むがれきについて、十分な検討もなく受け入れることは難しいと考えております。


 もちろん、放射能に汚染されていない廃棄物など、安全性が確認された廃棄物まで受け入れないということではありません。安全な瓦礫については協力したいという思いはございます。


 ただ、瓦礫を処理する施設を県は保有していないため、受け入れについては、施設を有する各市町村及び県民の理解と同意が不可欠です。


 われわれとしては国に対し、上記のような事柄に対する丁寧で明確な説明を求めているところであり、県民の理解が進めば、協力できる部分は協力していきたいと考えております。



 (※3/13に公表しておりました回答文に、配慮に欠ける表現がありましたので、一部訂正して掲載いたします。)

 ガレキの問題だけではなくて金のためにねじ曲げられた話が多すぎる。

 福島原発から遠く離れた徳島県に比べて今僕が暮らしている宮城県の知事は原発事故後から放射能被害は無いと言うばかりで逆に放射能で汚染されたものを全国に広めてしまった。放射能から一時的にも離れて保養を望んだ母子が「宮城県は放射能汚染が無いんでしょ」と全国の無償の支援プログラムを当初、受けられなかった例が少なくなかったことも明記しておきます。


 本の作者や徳島聖書キリスト集会のことはこちらのサイトで。徳島聖書キリスト集会。直接、本も買えます。

 これから暑い夏がやってきます。拡散希望のリンクを貼っておきます。あいつら、また偽装停電やって人殺すよ。原発がないとこうなるよと、嘘をつくよ。
<緊急拡散希望!>田中優より「偽装停電の夏」をくいとめよう

 あと、昨日ツイッターで話題になっていたレゲエも貼っておきます。

 これが被災地を馬鹿にしている曲だ、と受け取った人もいるのだそうだ。どうしてそうなるのだろう。「最近、バカが多くて疲れません?」ってCMがお蔵入りにされたことを思い出した。クレームが殺到したのだそうだ。どう考えても苦情の電話をした人たちは、この文脈で言えば「バカ」側の人になっちゃうけどいいの?

 馬鹿が多くて、疲れるよね・笑

 「原子力発電と平和」という本に出会えた喜びを紹介するだけのつもりだったのに、ずいぶんダラダラと長く書いてしまった。この本のおかげで色々な思いがまた頭をグルグル回ったからだろう。ここまでお読みいただいた方にはどうもありがとう。(本の作者の)吉村さんにも感謝します。

2012年5月 6日

飯舘村

 思うところあって朝一番で飯舘村に行ってきた。

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 春は新緑、夏の木陰でのハンモック秋の紅葉。飯舘村は僕とカミさんと愛犬小春のベースキャンプ地だった。素朴で美しい自然豊かな村
 先日のゴールデンウィークも何事も無ければ飯舘村に行っていたかもしれない。山越えの裏道で家から1時間と少し。
 飯舘村で出会ったある方に以前、「春の山が一年で一番きれいだ。山へ行ってみろ」と言われた場所に来た。散り始めたこの桜の花を見たのは何人いるのだろう。

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 放射線対策をしてきた。午後からは大雨の天気予報。昼間での数時間。ただ来る事がこんなに困難な場所にされた。

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 見渡す限りたんぽぽの黄色い色で覆われた土地。ここは田んぼ。なんて悲しい風景。
 何世代にも渡って人々が耕してきた土地だ。
 東京電力はこの土地を元に戻せ。経済界の顔色ばかりうかがって今すぐにでも原発を稼働しようとしている政府や官僚の人たちは、この土地とそこで黙々と働いていた人たちをこそ見るべきだ。その存在を無いものにするな。

2012年5月 3日

脱原発テント

 美術展のはしごはふたつしかできなかった。もう少し行くつもりだったのだけど。帰る前にもう一箇所行っておきたいところがあった。経済産業省前テントひろば。脱原発テント。

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 直接、応援と感謝の気持を伝えに来た。原発事故直後、勉強会などで時々お会いしていた方がテントに詰めているのだけど、今日は来ていないとのことで会えなかった。

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 地下鉄の出口にも私服らしい男性が3人、階段を見下ろしていたし交差点にはバリケード。小さなテントで年配の方が心に燃やした炎は見せずに静かに座っているだけなのに、一種異常な光景だ。姪っ子とのデートの最後に訪れる場所には不似合いな雰囲気が作られていた。

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 僕等を、東北の人間を被曝させた原子力発電所。コントロールすることが人の手に余る危険な力で電気を作る必要は無い。意味が無い。事故が収束していないのに動かそうとするところには人間性のかけらもない。東北の人たちをナメている。馬鹿にしきっている。

 電気が足りないことと、原子力発電所を再稼働することとは全く別の話。(しかも電気が足りないという話には多くの嘘が含まれている)

2012年4月 1日

応援になっていない

 「食べて応援」しない奴は人間じゃない、とか「ガレキを受け入れ」ないのは東北の復興を考えていない奴とか、話のすり替えがすごすぎ。歴史的に見ても一気に感情的になる可能性がある国民に「〜をしないのは人間じゃない」という「嘘」をばらまいて感情に訴えている。感情論にすり替えないで欲しい。
 国が除染をすることに決定したレベルの放射能で汚染された土地で暮らしているのに、1年以上たっても未だ子供たちの通う学校が除染すらされていないのに、その国の首相は消費税を上げたくて必死だ。問題はそこにあるのか?メルトダウンしていたのに「収束宣言」しただけで原発事故を無かったことにしたい野田首相に放射能問題で聞いてみたいことが満載。きっと初歩的な事すら知らないだろう。考えているのは「命」より「金」のことだろうから。野党の時にはあれだけ批判していても与党になれば消費税を上げる事にするというのは官僚の言う通りにします、と言ってるようにしか聞こえない。せめてスローガンの頭に「放射能に汚染されていない」という言葉を付け加えるなら、ずいぶん違うのだけど。

「放射能に汚染されていない」
東北の農産物は食べて応援しよう!

「放射能に汚染されていない」
東北のガレキは受けいれよう!

 日本では感情に訴えてるので「食べて応援」も額面通りに受け止められているかもしれないけど海外からはかなり批判があるようだ。農水省の事業だけど宣伝や専用サイトも全て「電通」のもの。まさか震災だからと言って「電通」が無報酬でやっているということは無いだろう。被災者を救うための数多くのサイトがボランティアで運営されている中、一体いくらもらってるんだか。
 現状は放射能の数値に関しては良くわからない。だけど汚染されていないと言って全国に流通させ人々の胃に落ちた後、放射能に汚染されていましたという例が事実としてどれだけたくさんあったのかは御存知の通り。「放射能に汚染されていない」はいつでも「放射能に汚染されてた」に変わる可能性がある。
要するに今の日本の体制では真実は わ か ら な い の だ 。

12040101.jpg何でも食べる。どんなガレキでも受け入れる。と言えば、一見被災地を助ける気持ちの表れに聞こえるのが罪だ。そうやって被災地に落ちるはずの金を横取りできるだろうけど被災地の本当の復興にならないだけでなく、これだけ多くの人の人生と命を奪っても誰一人捕まらず、それどころか"日本の"警察が税金で警護してくれる豪邸に住んで電気料金の値上げを当然と言う放射能をまき散らした電力会社のやった事を認め応援する事に繋がる行為だ。(画像クリックで"がれき受け入れが東北復興の為になるって思っていませんか?"という漫画のpdfが表示されます。是非一度ご覧ください・http://deigoinsatu.toypark.in/gareki/gareki.html
 モノを動かせばお金がかかる。動かさないで「現地」で何とかすればお金は「現地」に落ちる。放射能もみんなで分かち合おうなんて「絆」は最低だ。低くなってしまった海岸線が延々続いているのにどうして埋め立てにガレキを使わないのかわからない。それほどまでして、どうして放射能汚染が「無い」ところにまでわざわざ持っていきたいのか。

 スイッチを止めたら止まるもので電気を作ろうよ。止めても10万年以上も管理しないといけない装置は人が管理できる装置の域を超えてる。

※関連した記事を追記しています

続きを読む "応援になっていない" »

2012年3月31日

再生リスト:原発

 YouTubeの再生リストを一覧で見たら「原発」関係の動画をまとめたリストから削除された動画が際立って多い。(サムネイルが灰色になっているもの)
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 最近、見た動画を貼っておく。また、削除されるかな。


Children of the Tsunami(BBC)  shiroさんのコメントがなければ15分くらいの抜粋だけで本編を見ないところでした。紹介ありがとうございます。
小出裕章:4号機燃料プールが崩壊すれば日本は"おしまい"
東京電力は隠蔽の長い歴史がある

2012年3月27日

狂ってる


ドイツZDF フクシマのうそ 投稿者 sievert311

狂っているのは俺なのか。 

それでも原発は必要だという声が大きい。学生の頃、日本人を揶揄して「エコノミック・アニマル」と言われて頭に来ていた。だけど今、この国の現状はその比喩が正しかったと認めざるをえない。経済=金のためなら放射能問題でさえ美辞麗句に変える経済的動物。
今、世界のすべての原発を止めたとしても放射能の影響を無くすまで10万年も管理下に置かなければいけない。それは管理できないという事だ。今日の東北の地震も大きかった。人類が滅亡するとしたら直接的ではないにしても放射能が決定的な致命傷になるのだろう。栄華を極めた恐竜も今は無い。
 今日、夕食を共にした友達が、当たり前のように今のこの状況を「狂ってる」と単刀直入に言って少しびっくりしたけど共感した。共感した後は、びっくりしたことを忘れて自分の気持ちになっていた。本当だ。今の状況は狂ってるよ。

2012年3月13日

サヨナラはしない

 タニシさんのところで聞いたら大好きな清志郎の声が耳についてはなれない。貼っておく。それにしてもなんていい声なんだ。

2012年3月12日

大震災から1年

 昨日までテレビは津波の映像を流し続けていた。そして頑張れと。国は消費税を上げようと頑張っている。東京電力は電気代を上げようと頑張っている。
 ひと区切りつけたので、次は1年後となりませんように。僕はなんか「記念日」にしたくなくて「日常」で過ごした。だからと言って各地の脱原発のイベントや1年間みんなよく頑張ったね等のイベントを否定しているわけではありませんよ。 僕は阪神淡路大震災が起きた時、チャリティー作品展に出品したりしたけど地震の事を次第に忘れていった。その事を自戒しなくては。だから今回の事は1年前の今日、爆発して放射能のあるそれまでとは違う世界に生きざるを得なくなった事も含めて「忘れない」という事を大事にしていかなければ、と思っている。

 昨日のツイッターを抜粋しておく。

あの日から1年目の朝を前橋で迎えた。これから熊谷に彫刻を持って行く。この1年間の事を振り返ると怒りで血が沸騰しそうになるので無心に祈って過ごそう。「その時」は高速で福島県辺りを走っているだろう。合掌。
きっかけは最低だったけど新たに出会えた皆さん、再び出会えた皆さんに感謝しています。どうもありがとう。
一般道を走行中だったのでコンビニに止めて黙祷した。これから東北を目指す。
ただいま。遅レスごめんなさい、ありがとう。変らない現実に怒りも感じるけれど淡々とした日々が「ある」喜びを噛み締めました。
1年前のこの時、車で4時間かけてやっと仙台の先生のお宅でレッスンを受けて被災したカミさんに再会できた時間だ。その時、地震の後降りだした雪がやんで見上げた空には今にも降ってくるくらいに星が輝いていた。帰路、街灯は消え信号も消えていたけど大きな交差点も皆が譲りあって整然としていた。
電気が無く、水も無く、情報も無く、大きな余震が続く不安な夜でしたね。それから1週間、ジーンズに上着の普段着で寝ていました。

2012年2月11日

原発のない日本をめざします

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今朝の毎日新聞の全面広告。(意見広告を出す市民の会 )

 僕もめざします。

福島第一原子力発電所の電気を使っていた都の知事は、昨日の会見で

こんなのは吉本隆明の人までがね、
とにかくね、「原発に反対するのはサルと同じだ」と。

人間の進歩っていうのはね、
この近代精神っていうのは、とにかく、人間はね、技術を開発することで進歩してきたと。

それを容認するのがね、歴史の原理だという事を言っててね、
その原発をとにかく反対って言う人は、代案も出さずに言っているからセンチメントで言ってるから、
これは結局人間の進歩というのを認めない
ま、人間がサルに戻る事です。

と述べたけれど、自分の生きてきた土地と暮らしと伝統と友だちと仕事と人生を奪われた人がこんなにたくさんいること。何年も続く放射能の影響の中で生活をせざるを得ない人がこんなにたくさんいること。この教訓に学ぶことができないとしたらそれこそ
人間がサルに戻る事

というかサルに失礼だよ。サルが放射能を撒き散らすか。

2012年1月21日

FRYING DUTCHMAN - humanERROR

 去年の夏以降 MySpace で時々聴いていた FRYING DUTCHMAN の ♪humanERROR 。音源だけでなく心に迫る動画版が数日前にアップされたので紹介します。一度も聴いたことがない人はせめて一度。


電気がなくても生きていけるけど
自然がなかったら生きてけないだろ

取り返しのつかないことが
もうすでに起こってるんだぜ

人間のエゴに巻き込まれた動物や植物たちにも
迷惑どころの話じゃねーし

何が一番可哀想かって?

子どもが一番可哀想だろ!

俺たちの未来なんだぞ
守ってやれなくてどうすんだよ!

 このストレートで真っ当なメッセージを受け取った方は次の動画は見ないほうがいいです。

 見ない方が良いって言ったのに。
 最悪の気持ちになってしまった人は是非、次の言葉を。音に乗せた本当の言葉を。

 HIBIKILLAの♪最悪の事態

続きを読む "FRYING DUTCHMAN - humanERROR" »

2012年1月14日

何が最悪の事態?それは何も変らない事

 参加している反原発系のメーリングリストで素晴らしい動画を紹介されたので転載します。

二ユーヨークから、日本全国へのがれき拡散反対の運動を繰り広げているともいさんという方が、インディアンポイントの原発の停止に関する公聴会の状況を、日本語字幕入りで送ってくれたものだそうです。

ニューヨーク市で、インディアンポイント原発を停止する可能性について話し合う公聴会が開かれました。

オキュパイウォールストリートで使われてから有名になった"マイクチェック"です。
公園を占拠してた時はマイクを使ってはいけなかったために出来上がったスピーチシステムです。
マイクチェック!とだれかが叫ぶとみんなで後に続きます、それで遠くの人までメッセージが聞こえるということです。
それが最近ではこういう場所で会議などを一時止めてしまい、こちらのメッセージを伝える方法として全米で使われ出しています。
これを見ていて大阪府のがれきの検討会議でこれしたかったなああと思ってました。。。
カメラが一斉に彼女を撮影してるのを見て、感動してカメラを持つ手が震えました。


「日本にもたらされた惨状を見たのです。だから原発にNoと言います。」
僕には当たり前に思えるこのシンプルなメッセージが惨状の現場、日本では大きな声にはなっていません。

動画の中で彼女はこうも言っていました。
「We are 99 %!!」
ウォール・ストリートのデモで皆が口にしていた言葉ですね。一部の人間の利権のために多くの人間が困難な状況に追い込まれているのは全く同じ。
原発いらない!と思っている人が99%いるとは、この国では残念ながら今はまだ言えないけど。

♪ ♪ ♪

 昨晩、聴いていた曲も貼っておきます。

    何が最悪の事態?それは何も変らない事

 自分の周りの人に原発がいらない、そう思う人をみんなで一人づつ増やしていこう。

 お前には何ができる

【2012/01/18:追記】
-何が最悪の事態?それは何も変らない事-
 毎日、聴き続けている。
歌詞も噛み締めながら。HIBIKILLAのブログから転載。

(chorus)
何が最悪の事態 それは何も変わらないこと
わからないじゃ済まされない
最悪の事態 は今まさに進行中
お前には何ができる

(v1)
きっと一生忘れられない  忘れたいけれど忘れちゃいけない
天災は天災これは人災  メルトダウンするどす黒いインサイド
報道の自由なんてないから  本当の情報なんてなくて
ただちに影響はありません  が十年後の安全は未確定
ほう・れん・そうが足りてねーだろ  枝野も食えよカキナ、コウナゴ
西日本のものならどうなのって  海外から見れば同じこと
もうあの故里に戻れない  から復興や復旧じゃもの足りない
自分たちの未来  作れなきゃ意味ない

(v2)
エコやロハスとはいっちゃいない  ただ翻訳できない「もったいない」
電気がないから元気がない  とか空気で自粛や延期はない
不謹慎より盛り上げるシーン  募金よりまわす売上金
火力地熱も回すタービン  空の清志郎も漕いでる車輪
削除されてくプロテストソング  防止すべき再アップより再発
今日も圧力が深刻な隣国と容器も気にして陽気にデモる
新しい法が必要  誰が本物の議員に実業家
真実は不都合か 新時代をつくろうか


iTunesで買いました

 なんて素晴らしい歌詞だ。

2012年1月 7日

宮城県という悲劇。宮城県という不幸。

福島県の子供の甲状腺検査-36万人を生涯にわたって検査
宮城県の子供の甲状腺検査-83人を1回だけ検査

宮城県民の健康調査は不必要

(放射能汚染の)詳細な数値を出したところで消費者の皆さんは理解ができない
(記者会見にて:村井宮城県知事)

不安だけで皆さんの健康調査をするのかというと、やはりそれは税金を使ってはできない
(記者会見にて:村井宮城県知事)

福島県の住民には賠償金を払う。放射能被害はないと言い続けた宮城県は対象外。

文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(会長=能見善久・学習院大教授)は6日、東京電力福島第1原発事故後に政府が避難指示を出した区域以外の福島県内の被災者に対し、対象地域23市町村から避難した人(自主避難者)と自宅にとどまった人(滞在者)に一律8万円の賠償を認めるとする指針をまとめた。放射線の影響が大きいとされる子供(18歳以下)と妊婦は、年末までの精神的苦痛を考慮し、賠償額を40万円とした。来年1月以降の賠償は必要に応じてさらに検討する。
(毎日jp)


宮城県という悲劇。宮城県という不幸。

 後年、宮城県は立派だったと言われるような取り組みを。今からでも。

2011年12月16日

冷温停止と冷温停止状態


(クリックで拡大します)

 先日、文科省の原子力損害賠償紛争審査会は図の赤線から下の地域の人たちには賠償金を支払うとする指針をまとめた。赤線から下の地域で暮らしていた人には原発事故による精神的苦痛があった事を認めたのだ。そして赤線から上の人については全く言及が無かった。原発の影響も精神的苦痛も無かったとでも言うように。これは国によるブラック・ジョークとしか思えない。全然笑えない。

 宮城県知事は発災当初から一貫して宮城県に放射能被害は無いという立場だった。(そのせいで汚染された稲わらの問題も起こった)その事も露骨に出ている。放射性物質が入り組んだ県境を認識して宮城県には入らないようにしたとでもいうのか。

 こうなることを心配して僕らがずっと合い言葉にしてきたのは

宮城県南部は福島県北部と接しています。
放射能汚染に県境はありません。

という言葉だった。そしてこの現実。虚しい。赤線の下か上かそれだけでこんなに違うのだ。

 子どもたちの健康調査も図の赤線の上か下かで絶望的なくらいに違う。
赤線から下(福島県)では18歳以下の子どもたち36万人全員の甲状腺検査を生涯にわたって行う。
赤線から上(宮城県)は丸森町の2地区の小学生以下83人の甲状腺検査を一回だけ行うのみ。
12/13の記者会見でも
何となく不安だからということだけを理由に税金を使って健康調査はできないです。
と明言した。

 この国の政治家や宮城県知事は放射能が県境で止まると思っているらしい。
(この図は僕の住んでいる角田市とキャンプの拠点だった愛しい飯舘村の色を少し変えて作成しました)

 そして今日、野田首相は事故を起こした福島第1原発の原子炉が安定した「冷温停止状態」が実現し、事故収束に向けた工程表「ステップ2」が完了したと記者会見した。原子力発電に「冷温停止」という言葉はあるけれど「冷温停止状態」という言葉は無かった。「冷温停止」した「状態」では無いけれど年内に「ステップ2」の完了を目指す、と言った手前、安定した状態になったということにしたいからか「冷温停止状態」なんて新しい言葉まで作った。僕には捏造としか思えない。炉心融解してる時点で「冷温停止」はありえない。せめて今日の発表が「冷温停止状態」ではなくて「冷温停止」だったらどれだけましだったか。
 それでもまたこの新しい言葉を多くの人は受け入れるのだろうか・悲
 だけど海外では「言葉通り」には受け入れていない。当たり前だ。例えば"The New York Times" は大いに疑問というヘッドラインを掲げていた。

Japan May Declare Control of Reactors, Over Serious Doubts

【2011/12/19:追記】
 NHKを始めとする大手テレビ・新聞は原発事故発足以来ずっと国と共に安全デマを流し続けている。この野田首相の記者会見もごまかしと欺瞞だらけの会見だったがメディアもそのごまかしに相変わらず加担している。NHKがスタジオに切り替えた後の会見を貼っておく。

2011年12月 9日

てとてと

 放射能と共に生きていかなくてはいけなくなった、これからの時代。生きていくには効果が期待できるエリアの除染(子供が長い時間を過ごす場所は効果が薄くてもやるべきだと思うけど。何度でも)と食品の測定をしながら生きていくしかない。
 ベラルーシでは各地域の小学校に国の支給した食品の測定器があり、国で研修を受けた理科の先生が測定をするという。地域の人はそこに食料を持って行って何でも測ってもらえる。
 その最低限の事をこの国はなかなかやろうとしない。だから各地で民間の測定室が作られた。ありがたい事に車ですぐの隣町にも。それが、
   「みんなの放射腺測定室 てとてと

 原発事故後、手をとりあって放射能の問題を考え行動してきた仲間の方々が立ち上げた。その中に昔からの友だちもいたので、測定の見学を兼ねて夕方、カミさんと初「てとてと」(それにしてもいい名前だ)

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 AT1320A ガンマアクティビティーモニターズ(ベラルーシATOMTEX社製)
ヨウ素、セシウム134,137、カリウム40を分けて検出。検出限界値はおおむね10Bq/kg

111209
 測定を待つ、農産物がたくさん。

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 測定スタート。

111209
 測定の結果が出るまでには時間がかかるのであちこち見学。
 女神とあがめる椎名林檎さんのサインのある「竹法螺」も。林檎さんのサイン初めて見た・幸

111209
 結果、出ました。測定誤差を含め限りなく「0」に近い値でした。何を測ってもらったかは約束なので内緒。

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 測定の間、持参した夕食を食べながらおしゃべり。原発の後、突っ走ってきたので放射能関係の勉強会や講演会で顔を合わせて立ち話をする事はあったけど、ゆっくり4人で話しするのは震災後のマスク着用、ベンチにも座れなかった異常なお花見以来だ。信頼できる人とのお喋りは楽しい。これは言わないほうがいいだろう、とかこれは言ったら駄目だってことばかりの日々だからなおさら。
 大震災と原発から今日まであっという間だったね。だけど大地震の事を思うとずっと昔の事のように感じられると皆が言う。カミさんが「原発事故の後、時代が変わってしまったからね」とポツリ。確かに。原発前の事は一時代前の世界だ。今年の事だけど。

 食後、ミネラルウォーターで入れたコーヒーと、この前神戸に行った時に買ってきて冷凍しておいたチーズケーキのデザート。神戸で買ってきたからベクレて無いと思われます・笑

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 GONちゃんデザインのマークのはんこ。

 これだけのものを大震災と放射能の混乱の中、短期間に立ち上げた運営委員の方々の努力に頭が下がります。ありがとうございます。

 測った結果をどう判断するかは個人の考えがあっていい。だけど測らないことには何も判断できないし、現状がどうなっているかを知ることができない。みなさんも測って健康を守ることに役立ててください。
 「みんなの放射腺測定室 てとてと

2011年11月27日

ホットスポット

 習い事でやって来る子ども達の通り道を中心に庭の落ち葉を片付ける。ただ落ち葉の線量は特に高くはなかった。

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 何の気なしに原発事故で放射性物質が降った後、手付かずで一切何もしていない庭の一画にガイガーカウンターを置いてみた。

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 2μSv/h以上の値を示し続けた。8ヶ月経とうがこれが現実。
 現在、我が家は家の中で大体、0.2〜0.3μSv/h。庭の皆が車を停めたり歩いて通ったりするエリアの地表1mの空間線量は0.3〜0.4くらい。地表で0.4〜0.5くらい。だけど、まだまだ2μSv/hを超えるホットスポットが我が家の庭にも普通に、そして無数にある。改めて、降ったんだなぁと実感。

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 作業の後、愛犬小春と散歩。良く晴れた良い日だった。濃い影が道に落ちていた。

2011年11月15日

あんぽ柿

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 今年は柿が豊作だ。馬鹿らしくて笑いたくなるけど、放射性セシウムの栄養らしい。本当かどうかは定かではないが例年より、枝がしなるほど大きく充実した柿の実が成っているのは事実。そこらじゅうで大きな実をつけてしなった枝の柿の木を見ることができる。採る人は少ないけど。
 原発の爆発で放射性物質がばらまかれた地域の果樹はその影響が大きい。山の恵みは東北で生きる僕らの生きる歓びに直結している。なのに、それがほとんどやられた。きのこ類の測定値の高いこと、高いこと。山菜や柑橘類を始め栗、柿は測定値が高い。
 友だちにとびっきり甘くてトロリとして添加物もゼロのあんぽ柿という高級な干し柿を作っている農家がいる。発祥の地の五十沢という地区に住んでいる。本来なら1個が数百円するほどのブランドだ。それが今年は生産を止められ豊作の柿を目の前にただ佇むばかりの毎日。

コツコツと何世代にも渡って積み重ねてきてやっと形になったものを作ることすらできない。生きていく金を稼ぐことや労働の喜びこそ生きる歓びに直結している。
 それを奪う原発はどうしても許せない。それを許す奴らはもちろん許せない。見て見ぬふりして結果それを許す勢力に加担している奴はもっと許せない。心配しているお前ら馬鹿じゃね?という奴は◯◯。(自主規制)

2011年11月13日

さよなら原発1000万人アクションinみやぎ

 仙台の勾当台公園に行く。さよなら原発1000万人アクションinみやぎ

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 放射能から命を守る宮城県南部の会の「ガイガーカウンター・ レンタル・プロジェクト」にはいろんなガイガーカウンター。我が家のSOEKS-01Mも参戦。ビンテージのプリピャチも。

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 友だちが煙草の値上がりがすごいのでお金を節約するために、これを吸っているととりだしたのは。。。
 大学3年の時、ヨーロッパの彫刻をひとりで2ヶ月見て回った時にお金を節約するために吸っていた"DRUM"だった。(そもそも吸わなきゃいいのだけど)ZIGZAGという巻紙まで一緒!思わず禁煙して10年くらいになるけどもらって少し吸った。甘い味と香りは変わらない。懐かしい味だった。(頭ぐらぐらになったけど)昔取った杵柄、当たり前の様に巻けたのもなんか嬉しかった。こうやるんだよと教えてくれたのはスイス人のおじさんだった。



 トイレットペーパーから切符、お菓子の包み紙まで何でも貼り付けてボールペンでスケッチしたり使った金額をメモしたり日記を書いたりした旅のノートにもDRUMの絵を描いてた。(クリックで拡大)



 西ドイツの煙草の高さに泣いたりしている。
(クリックで拡大)

 おいしいパンを買う。材料には2010年度のものを使用しているそうだ。
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 さよなら原発 市民ウォーク 6月11日から3ヶ月。今回も清志郎と一緒に仙台の街を歩いて帰る。

2011年10月22日

ラディカルカフェへどうぞ

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 カミさんが塩麹とりんごの酵素を作ってる。以前、手作り石鹸や自然酵母のパンを作ったりしていて酵母や酵素はよく作っていた。冷蔵庫にブクブクした酵母とか並んでた。酵素には雑草を混ぜたりして「研究」していたのだそう。カミさんは毎年、味噌も作っているけど塩麹は初めて。(参考資料

 今、仙南(宮城県南部)地域で「ラディカフェ」が流行ってます。放射能と共に生きていかざるを得ない時代に、美味しく食べて免疫力を高め内部被曝に対抗しよう、放射能のことだって気軽に楽しく語らおうという集いです。計画されるとこちらで告知されます。みなさんもどうぞ。

2011年10月 1日

放射能測定器

 「堀場製作所 PA-1000 radi」を友達の活動「ガイガーカウンター・ レンタル・プロジェクト」から借りてきて我が家の SOEKS-01M、GMlogと比べてみる。校正とまではいかないけど傾向を掴むために。計測をメモしておく。

11100103.jpg
 玄関フローリング上

RadiSOEKS01MGMlog
0.1040.180.27
0.1110.090.27
0.1110.110.17

11100104.jpg
 雨水の落ちる砂利の上

RadiSOEKS01MGMlog
1.121.221.07
1.1121.321.75
1.1031.301.75
1.1281.591.65

2011年9月28日

梅干しの種

110928
 窓際の梅干しの種。放射性物質への対応力や排出力に味噌や梅干しが効果的と言われている。基本、日本の昔の食事こそが日本人の体に合った正しい姿だった訳だ。我が家の朝食はパンなので原発事故以降は毎朝、バゲットやクロワッサンと共に味噌汁を飲んでいますが、なにか・笑?ただ個人的には違和感がない。というのも父親がもう何十年もパン、サラダ、味噌汁の朝食なのだ。味噌汁はもちろん岡崎の八丁味噌で。酸っぱいものが苦手なので梅干しは嫌いなのだけど、原発事故以来1日1個は食べるように努力している。だんだん美味しく感じられるようになったのは体が欲していることもあるだろうけど部落の名人がつけた梅干しというのも大きい。だけどたくさん譲っていただいた梅干しが終わったらどうしたらいのだろう。地元の梅からは放射性物質が検出されている。
 先日、子どもを連れて関西へ避難している方が一時宮城県に帰ってきた時にメッチャかわいい娘さんと我が家に遊びに来てくれて一緒にお昼ごはんを食べた。マクロビオティックに詳しいのでいろいろ教えてもらっている時に、梅干しが体にいいのはもちろんだけど一番大事なのは種の中だよ。と教えてもらった。それ以来、捨てない。窓際で洗って干された梅干しの種は時々、木槌で割って中身をいただいている。

2011年9月26日

川島隆太教授と矢ヶ崎克馬教授

 川島隆太教授が子供の健康を心配する母親を攻撃していて見ていられない。被曝させられ、ただでさえ負担の多い生活を強いられているのに氏の言葉で傷つけられているお母さんたちが僕の周りにもたくさんいる。氏は事あるごとに放射能による健康被害よりタバコの方が危険と言っている。

現在のレベルの放射能を1カ月間浴び続けるよりも、たばこを 一箱吸う方が皆さんの寿命を縮めます。
僕らは望まないのに暴力的に無理矢理被曝させられた。その事と自分の意志で吸うタバコの害を同じ土俵で論じている時点で最低。まして子供がタバコを吸うか。それにタバコに害があるからやめると言えば健康被害は止められる。それなら放射線物質があるのが嫌だと言ったら無くなるまで除染してくれるのか。放射性物質はそこにあり続ける。セシウムは30年たっても半分にしかならない。
そんなに心配なら被曝する可能性のある飛行機に乗るなとも氏は言うがここでも数時間で降りる飛行機と汚染された地で放射腺を浴び続けさせられる現実を比べる。悪意があるとしか思えない。
 最近は宮城県各地で講演会を行い、子どもの未来を真剣に心配する親に向かってこんな言葉を投げつけている。
子どもを被曝から守ろうとする親の過剰な行動(マスクの常時着用、外での運動をさせない、給食を食べさせない)は子どもの認知発達に確実に悪影響を与える。
 つまり、今まで通りにしないと子どもに悪影響があると学者という立場で「脅し」をかけている。「異常」な状況で今まで通り「普通」の生活をしろと。意見が違ってもいい。それは当たり前のこと。だけど意見の違う人に脅しをかける事は無い。
 各地の給食から基準を超える放射線量が測定されているのは報道されているところ。(しかもその基準たるや世界の基準から比べたら何でもOKという異常なレベル)それでも給食を食べさせないと認知発達に悪影響があると。放射線で健康を害しようとも健やかな認知発達のために汚染されている可能性があっても食べろと。それはそうだろう、氏は地元の新聞で原発事故後こう語っている。
個人的な話をすると、茨城や福島でホウレンソウ、牛乳から放射能が検出されたと報道 されています。ここ仙台では生鮮食品がとても入手しにくく、捨てるのであればぜひわけ ていただきたいです。私は50歳をすぎましたが、これらのホウレンソウをばくばく食べ 、牛乳をごくごく飲んでも、私の寿命に影響がないことを知っていますので。
 50歳を過ぎた氏が放射性物質で汚染されたものでも、ばくばく食べて、ごくごく飲もうと何も文句は無い。好きにしてくださいと言うだけだ。だけど被曝地の親に向かってあなた方も食べなさい、子どもにも食べさせなさい(さもないと認知発達に悪影響がある)とまで言うなら話は別だ。チェルノブイリ事故の後(屈強な大人も含めて)多くの子供たちが健康を損ない、死に至り、健康被害を抱えて生まれてきた事を伝える動画、記事、資料はインターネト上に膨大に存在するが、その全てを無いことにするのだろうか。無視することができるのだろうか。自分と違う考えの情報は必要ないから見ないというのが学者という立場なのか。

 川島隆太氏は脳トレで全国的に有名だけど、母親を攻撃しているのを見ると脳トレだけやって心をおざなりにしたのではと疑いたくなる。しかも専門は放射能では無く脳科学だ。放射線防護の知識に関しては専門家と自称しているが。そしてこれからも宮城県での講演会の予定が目白押しだ。人類史上誰も経験したことがない事態が進行している中で「安全」と「気を付けたほうが良い」という両方の意見を広めずに一方的な考えで講演会を開いていくところに宮城県の姿勢も透けて見える。

 最後に琉球大学名誉教授の矢ヶ崎克馬教授の話を掲載しておきます。矢ヶ崎氏は原爆症認定集団訴訟で内部被曝について証言を行った。自称ではなくて長年、内部被曝を研究して来られた専門家。科学を攻撃の道具にする人もいれば人間のために使う人もいる。

「汚染されたホウレンソウを一年分食べても平気です。」
等という蛮勇は、無知であり人間を大切にする思想に欠けたものです。
正しい知識を持ち、勇気を持って、賢く人間愛に基づく判断を致しましょう。
ガンマ線発射の放射性放射体が測定されたら、
その背後にはたくさんのアルファ線放射体やベータ線放射体が一緒にいます。
政府発表は「X線検診の被曝量と比較して・・」と言いますが、
医療では被曝させるけれども被曝する危険以上の医療的メリットがあるという目的を持った被曝です。
それだけに被曝限度も大きく設定されているものです。
このようなメリットを伴う被曝と迷惑千万な受動被曝を比較すること自体が、
まさに不遜な行為ではありませんか?
飛行機に乗った時の被曝といえば宇宙線による被曝です。
日常受ける被曝には様々な原因がありますが宇宙線がかなり寄与しています。
宇宙から飛んでくる放射線は透過力が高いものです。
透過力が高いということは物質(身体)との相互作用が少ないということです。
放射線が身体を突き抜けるということは、突き抜けた放射線は相互作用しなかったということです。
内部被曝する場合は相互作用の非常に強い放射線(アルファ線、ベータ線)にも
被曝することになります。比較する土台に共通性のない比較です。
以前のブログに全文掲載しています

2011年9月18日

汚染されないぜ

110918

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2011年9月 6日

にじのたねプロジェクト

 友だちが「にじのたねプロジェクト」という素敵なプロジェクトを立ち上げました。プロジェクトの趣旨は是非、サイトで優しい文章を読んでいただきたいのですが、こんなバッジを作っています。
11090601.jpg
 素敵な絵もこの方が描いたもの。優しい気持ちになる。バッジを作ったというツイートを読んで欲しくなって、すぐに手に入れたんだけど外出する時のデイバッグやカバン全部に着けたいからもっと欲しい!と話をしていたら先日、用事のついでに作品展の会場までわざわざ持ってきてくれました・多謝!
(以下はピンクの紙に書かれていたこと)

にじのたねプロジェクトは、
子どもたちを放射能から守りたい。
そんな気持ちを持つみんなが、
それぞれのできることをしよう。
自分らしい方法の、
サポートというたねを蒔いていこう。
そしてつなげていこう。
つながって、動きを大きくしていこう。
そんな思いを込めたプロジェクトです。

★★★

このマークを付けている
=(イコール)
放射性物質を気にしています、の証。
お子さんの送り迎えの時や、
買い物の時、街ですれ違う時など
このバッチを見れば一目瞭然!
ぜひ声をかけあって、
情報交換をしちゃいましょう!
そして、一人が二人になり、三人になり。
同じ思いの人が集まれば集まるほど、
世界は変わっていくと思うのです。
そんなバッチひとつのちいさなきっかけが、
大きな動きになりますように。


 また、このバッジを買ったお金は実費以外は全て「母子週末保養プロジェクト ちいさなたびJapan」への寄付金にあてられるということです。素晴らしいです。
 11090602.jpg
 お気に入りのデイバッグにもふたつ付けました。自分のお気入りのデイバッグに付けるのだからおどろおどろしい物は辛い。つけていて幸せな気持ちになるバッジで「仲間」を増やしていけますように!

2011年9月 5日

雑草

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 昼の愛犬小春との散歩。雑草がすごい。小春は元気。放射性物質は土の中か、葉っぱの上か、茎の中か。

「現実に目を閉ざすものは、未来に盲目である」

(Original site)

2011年8月20日

仕事場の放射線測定

 仕事の合間に仕事場の放射線量をていねいに測っておいた。半年後、1年後同じ場所で計測して数値がどのように変わるか調べるために場所を特定できる写真と共に記録しておく。野呂美加さんの講演でも話されていたけどチェルノブイリと日本とでは自然の豊かさは全然違うのだそうだ。微生物や菌を始めとする豊かな日本の自然の力によって1年後の放射線量が下がる奇跡がありますように。日本の技術力で世界で初めての除染技術が開発される奇跡なんてのも素晴らしい。1年後、やっぱり数値が変わらなかったらもう何年たとうが大きな変化は望めないってことだ。放射性物質の半減期の前に僕の寿命も来るだろうし・笑

SOEKS-01M で測定。測定値は6回計測して最高値と最低値を除いた4回の数値の平均値。

110820
 テント下。杉の一枚板の作業机の上。

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 テント下。椅子の上。

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 テント下。椅子の足元。

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 テント下中央。

110820
 テント下。石の板の上。

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 テント脇ドラム缶の上。テントの雨水がかかる場所。

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 コンプレッサー前。屋根から雨が落ちる。

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仕事場入り口。石の門の中央。

110820
 仕事場中央。雑草の上。地表。
 ちなみに同地点、地表1m空間線量は0.485μSv/h。

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 石のテーブルの上。

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 プレハブ小屋裏。屋根からの雨水が落ちる場所。

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 大きな玉石の上。

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 ケヤキの丸太の上。

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 仕事場入り口国道脇。アスファルトの上。

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 プレハブ小屋内。

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 仕事用車、後部座席。

 いくつかの写真に写っている黄色と黒のストライプは仕事場入り口付近に工事中の携帯電話基地局のアンテナ。放射線と電磁波のダブル攻撃。出ていけっていう示唆か?


※参考
上記動画はチェルノブイリ原発から180km離れた村。子供たち全員が病気になり全ての村民が移住させられた、その村のチェルノブイリ原発から7年後の放射線量「0.412」僕の住んでいる市では普通に出る数値。僕の仕事場も。

2011年8月 5日

GMlogのグラフ

11080501.jpg
(※クリックで拡大)
 PCにUSBで接続したGMlogからデータを取り込んで、GMlogに付属したソフト「GMlogモニター」がリアルタイムに放射線値測定結果のグラフを作成中。

2011年8月 4日

野呂美加さんの講演会

 7月31日に宮城県丸森町で「NPO法人チェルノブイリへのかけはし」代表、野呂美加さんの講演会がありました。友人のお百姓さんが主催し、僕は公式撮影と動画配信の担当でした。夏休みということもあって、放射能汚染の無い地域で子供たちを短期間無償で受け入れ保養をさせてあげるというありがたい活動(多謝!)に、この地域からも子供の夏休みを利用して多くの方が参加している。放射線値の低い実家に里帰りしたり。そんなお母さんがたから当日行けないけど「見たい」という要望をたくさんもらっていました。全編を見られるようになったのでどうぞ御覧ください。(全部で2時間42分49秒/18の動画


(上の画面右下のYouTubeをクリックすると18巻の一覧が表示されるので途中から見るのに便利です。一覧はこちら

 寒かったけど目から汗がどんどん出てきてしまい、タオルで拭きながら撮っていました。またスタッフやお客さんの中に最近よく会う人達がたくさんいた。昔から知っていたけど最近までほとんど会っていなかった人、放射能に関する講演会や勉強会や集まりで何度も会ううちに知り合った人たち。みんな放射能の問題に同じような危機感を持っている人たち。

放射能を当たり前に怖がるのは自分の命が大切だからで、自分の命すら大切にしない人が他人の命を大切に思うわけがない。放射能の問題で動いて出会った人たちと、手を強く握り合うような気持ちになるのはきっとそのせい。

 1月に今年の目標を「会」として書き初めした時に、こんなに沢山の人達と会うことになるとは夢にも思っていなかったけど。

出会ったきっかけは最低だけど、たくさんの幸せな出会いには感謝してる。


 講演会でも流されていた衆議院厚生労働委員会の「放射線の健康への影響」についての東京大学教授・東京大学アイソトープ総合センター長の児玉龍彦氏の冒頭意見陳述も貼っておきます。僕はもう10回以上見てます。

2011年8月 1日

GMlog

 待ったよ2ヶ月。とうとうGMlogが届いた。
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 アルファ線、ベータ線、ガンマ線を測定できる国産のガイガーカウンター。ガイガーミュラー菅を紙で覆えばアルファ線が(紙で止まるから)除外でき、アルミの板で覆えばアルファ線とガンマ線を除外したガンマ線測定器として使える。そしてSOEKS-01Mも持っているのにどうしても欲しかったのはWindowsPCとUSBで繋いでログが取れること。屋外で仕事をすることも多いからそんな時は携行して測りっぱなしにして後でログを取ればグラフ化することができる。放射能と共に生きていかなくてはいけないのだから奴(放射能)の動向は見ておくよ。それに万が一、将来健康被害が出たときに被曝との因果関係の資料として東電に提出する。

 それにしても。みんなが欲しがっているこの機に乗じて"inspector"なんて倍以上の20万円でぼったくり販売されてるけど、これはこんな事が起きたからこそとの「値下げ」です。量産体制に入れば値が下がるのは当然と。その真摯な姿勢に頭が下がります。感謝。ということで元々¥30,000の良心的値段がさらに5000円値引きされて販売されています。(ACアダプター・ミニUSB代や送料別)もちろん安いから性能に目をつぶらなくてはいけないのなら購入しない。今も10分間の測定結果の平均値を淡々と表示してくれてます。

 僕は被曝地であることとこんなふうに使いたいとメールしたらキャンセル待ちにしていただいて2ヶ月でしたが、普通に申し込んだら何ヶ月かかるかはわからないし先方に迷惑がかかるといけないので、あえて購入先はリンクはしないでおきます。(欲しい方はごめんなさい)

2011年7月24日

放射能から命を守る宮城県南部の会

 我が宮城県は基本的に放射能被害はない、という立場をとっています。福島県境で放射性物質が止まるとは思えない。というか、平気でそんなことを言うのは悪い冗談だ。(きのう、細野大臣からは「県境で政策が変わることがないようにしないといけない」という言葉をもらいました)宮城県でも危機感を持っている人たちは福島原発事故の後すぐに集まって、この4ヶ月できることをやってきました。

 今日も宮城県南部の危機感を持っている人たちで集まりました。今まで個人個人でやって来た方も多く思いを共有できた嬉しさからか時間の関係で会場が閉まった後、暗い夜空の下、いくつものグループができていつまでもいつまでも話をしていたのがとても印象的でした。僕は幸い信頼できる仲間たちで繋がることができたので励まし合ってこの4ヶ月をやって来れたけど、自分の子供が被曝するのが心配だけど「不安を煽るな」といわれ孤立してひとりで戦ってきたお母さんたちの事を思うと「繋がる」事の大切さを思わずに入られません。

 みんなが繋がれる場をネット上に提供できればと思って作業していました。助けあい、情報を共有できる場になればと思います。近く各地域からの投稿が始まる予定です。宮城県南部で放射能汚染に危機感を持っていたり関心がある方はブックマークを。宮城県以外の方でも関心を持っていただければ、と思います。

   「放射能から命を守る宮城県南部の会

 改めて、全国の方に知ってもらいたい。宮城県南部は福島県北部です。放射能汚染に県境はない。宮城県丸森町の筆甫と全村避難の飯舘村の距離は10kmです。

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2011年7月13日

「いのち」の未来のために

 先日、エントリーした野呂美加さんの講演会の問い合わせが来ているので、主催している友だちのお百姓さんの作ったチラシを掲載します。クリックでpdfファイルへのリンクになってます。
 事前に僕らの住んでいるところを測定器できちんと測った結果もふまえてお話しいただけるようです。あちこち飛び回っているのに、その土地に根ざした話をしていただける、というのはありがたいです。
※お話を聞くには事前の申し込みが必要です。
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2011年7月 6日

とぎ汁乳酸菌

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 今、一部で?大流行の米のとぎ汁乳酸菌、我が家も「成功組」です。
ただペットボトルに入れただけですが。

米のとぎ汁乳酸菌?なんだそれ、でもちょっと気になるという方は飯山一郎さんのサイトへ。日別のリンクがないので個別の記事にリンクがかけられませんが、作り方、使い方、食べ方、等の関連のエントリーがたくさんあります。

2011年7月 3日

東北自動車道の放射線

 急用で東京へ。東北自動車道を走る。先日とった書類のおかげで首都高速以外は無料。こんなにすぐ役に立つとは。それにしても福島県の出口は書類の確認が追いつかず本線まで長蛇の列が続いていて危険。思いつきで政策を進めるとこうなる。
 ただ被曝するだけなのも癪なのでガイガーカウンターをつけっぱなしにして変化を記録してまとめた。(記録はカミさんが担当)
SOEKS01Mで高速道路を走る車内で計測。3回測って平均値を記録。基本的に国見SAから上河内SAの間はSAの間はほとんど黄色表示だった。(SOEKSは0.4μSv/h以下なら緑、0.4〜1.2μSv/hだと黄、1.2μSv/h以上だと赤で画面が表示される)

(※1 の距離は東北自動車道の東京からの距離が道の脇に表示されているその値)

2011/07/02 午前 東北自動車道(上り)
場所 距離(※1) μSv/h
自宅(宮城県角田市)   0.4
白石 293.5 0.433
越河 287 0.36
国見SA   0.536
桑折 252.1 0.683
福島トンネル越 246.2 0.453
鏡石SA 196 0.34
大田原 138.5 0.46
矢板北 128.9 0.323
塩谷 116 0.223
上河内SA 113.1 0.133
川口料金所   0.106
江北JCT   0.14
笹塚   0.21
八王子IC   0.12

2011/07/03 午後 東北自動車道(下り)
場所 距離(※1) μSv/h
日野市   0.146
荒川橋   0.1
浦和料金所   0.183
蓮田SA   0.173
佐野藤岡 出口   0.153
矢板北PA   0.30
黒磯   0.48
黒磯板室IC 145 0.493
那須 出口 150 0.463
栃木県境 166 0.573
矢吹 184 0.446
安積 203 0.63
郡山 219 0.673
郡山IC   0.796
福島トンネル前   1.7
福島西 250 0.643
福島飯坂 264 0.74
国見P 280 0.443
斉川   0.24

以下の写真は2011/07/03 東北自動車道下りのもの
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 蓮田SA

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 黒磯板室IC

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 郡山南

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 郡山JCT

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 放射線値とは別に気になったこと。上り車線をおびただしい数の警察の護送車が走っていたこと。暗くて写真は赤色灯しか写らなかったけどその数は総計で100台を越えていたのではないか。福島県内で服役している犯罪者の年間被曝量が法律の定める値を超えるので別の場所に大量に移送するために東北の各県からどこかに集結したのだろうか。走っても走っても護送車とすれ違った。とにかく尋常な数ではなかった。何があった?

八王子の放射線値

 急用で東京へ。八王子の実家に泊まる。宮城県角田市の自宅より放射線値は一桁低いと思い込んでいたが現実は厳しいものだった。測定ミスかと思って何度も計り直したけど一桁低くはならなかった。

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 実家の庭の芝生の上で測定中。

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 愛犬小春も一緒に東北自動車道を通ってきたので一緒に被曝した。車ではなく新幹線で東京-仙台間を乗車すると片道で0.4μSv/h 被曝するのだそうです。

 以下は東京都八王子市横川町での放射線値測定結果です。2011/07/03 AM9:00〜
SOEKS01Mで10回計測しその平均の値。

測定場所 μSv/h
木造家屋1階居間床から1m 0.171
木造家屋1階居間テーブルの上 0.144
屋外 庭の芝生の上 0.215
屋外 庭 地上1m空間線量 0.164
屋外 コンクリート三和土の上 0.227

 ただし八王子市が実施している測定値は一桁低い値です。(こちら)
 YouTubeには僕の測定より高いものもあります。(これこれなど)どちらが正しいか、というよりどちらを信じるかはご自由に。

2011年7月 1日

Mret Angel Water

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 "MRET Angel Water" (エムレット エンジェル ウォーター)という水をもらった。
 僕は放射能に対抗するためにやれることは何でもやってみる、と決めてます。宗教だって笑われるようなことだって何でもいい。「答え」が見つかるなら。ツイッターで日曜日に呟いたのを3つ転載。

人類史上、例をみない出来事に遭遇しているのだから、汚染された土地を回復するための方法をなんでもいいからやってみよう。竹炭でも菌でも祈りでも笑われるような事だって。トライ&エラーを山のように積み重ねれば答えが見つかるかもしれない。そうしたらみんなでそれを実践しよう。

人類史上、例をみない出来事に遭遇しているのだから、内部被曝から健康を守るためになんでもやってみよう。竹炭でも菌でも祈りでも笑われるような事だって。トライ&エラーを山のように積み重ねれば排出したり無害化する答えが見つかるかもしれない。そうしたらみんなで実践しよう。

日本人はトライ&エラーの中から土地の汚染を回復する方法も、内部被曝した体から放射性物質を出す方法や無害化する方法も見つけた。多くの被爆者があきらめずに立ち向かったからだ。と言われる日がきっとくる。

2011年6月30日

情報弱者

 アメリカで問題になっていることのひとつに「情報弱者」の問題がある。インターネットに繋がっていることが前提になっているために、多くの情報がネットだけで提供されその情報にアクセス出来ない世帯で本来受けられるべき社会福祉などの権利を受けられない。
 これがそのまま日本の原発問題に当てはまるのが恐ろしい。例えば今日の朝日新聞で放射性物質の被曝を心配している「妊婦」への答えがこれだ。

 100ミリシーベルト以下の被曝では、胎児への影響(奇形など)は起こらないと考えられる。胎児が将来がんになる危険性は、食事や喫煙といった生活習慣など、放射線以外の原因で生じる危険性と比べて、現時点でははるかに小さい。
 妊婦にこんな事を後に残る文字にして書ける新聞てすごい。100ミリって。YouTubeでチェルノブイリの動画を1本も見てないんだろうか。
 先日のエントリーでも書いたけど煙草と放射線被害を比べるのは犯罪的な行為。それが旧態已然の新聞、テレビ、ラジオでは今でも当たり前に報道され続けているのは恐ろしい現実。煙草より放射線の方が安全とする発言をする人は、裁判にかけられないか検討されているしネットに繋がっている僕らにはその異様さを客観的に見られるけど「新聞に書いてあったから」(正しい)とか天下のNHKが言ってるから(正しい)という人がこの世にもまだいる。そんな情報にだけしか接することがない人に僕らが何をどう伝えたらいいのだろう。

 おとといの田中優さんの講演会の後、スタッフと田中さんの懇談会の席で出た話は象徴的だ。
テレビ・新聞・ラジオ(といった旧態已然のいわゆる記者クラブメディア)の情報にしか接していない人と、インターネットの情報に接している人との間の情報の格差は恐ろしい。さらにインターネットをやっていてもウェブサイトを見ているだけの人とツイッターをやっている人の間での情報の格差もすごい、と。ツイッターを日常的なツールとして使っている人でこの意見に異を唱える人はいないだろう。
 田中さんはネットに繋がっていない人には話をしたりしてその間を埋めてあげる努力が必要と言っていた。だからあえて古いメディアの「新聞」を印刷して福島のおじいちゃんおばあちゃんに配っている。素晴らしい。僕も地元のじいちゃんばあちゃんにツイッターレベルの話をわかりやすく話していこうと思いました。不安をあおらないように気をつけて。

2011年6月28日

田中優さんの講演会

 「田中優&まーちゃん★ハッピーツアー♪しばた」というイベントが隣町であった。田中優さんの話はYouTubeでもいくつか見られます。(例えばこれ
「原発から80キロ圏内に暮らす私たちのいま・みらい」
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 スタッフとして朝から会場入り。スタッフと言ったって僕が出来ることは椅子や机を運ぶことくらい。だけど。このイベントは最初たったひとりの女性が「やろう」と考えて始めたイベント。えらいなぁ。手伝えることがあるならやろうと思った。

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 原発の問題が深刻さを増す中で手を繋ぐようになった地元の仲間が何人もいるのだけど、そのうちのひとり人形劇場をやっているてんたさんは子供のことを考えて必死に講演を聞きに来るお母さんのため、託児所にする部屋に木を中心とした素敵なオモチャを運び込んでいた。てんたさんはNPO法人 日本グッド・トイ委員会のメンバーでもある。

 このおもちゃだってきっとみんなの予想を裏切る動きをするよ。

 素敵。もっと面白いものもたくさんあったんだけど撮影に失敗してました。みたい人はてんたさんの公演で是非。

 原発関係の動画はほとんど見て勉強しているので田中優さんの各地での講演ももちろん見ているけど今日、ノートに新たに書き留めたこと。
・放射線を恐がりすぎない。恐がらなさすぎない。
・原発が建つ地域の人たちはお人好しが多い。
 (僕には原発でねじ曲げられた人生の怒りは我慢できないと表明しておきますが)
・飲料水を全てミネラルウォーターに頼ると家計が大変だから家庭でできる自衛の方法
・放射能は無くならないのだから免疫力を高める(具体例もいくつか)
・今、安心できる海産物

 フランスが奨励している話。内部被曝を極力避けるためには食品は放射線値を明記したものを買うこと。明記されていないなら産地で選べ。ホットスポットを測れば市町村単位の地域ごとに放射線で、汚染されているものと汚染されていないものを分けられるのに、残念ながら日本は県単位で表示することになっているので、十把一絡げに県単位で選ぶことになる。そのために安全な農産物も県内の他の地域で駄目なら都道府県の産地表示ならアウト。必然的に買っても良い県はしぼられる) 当たり前の話だと思う。

 講演で田中さんが「駅からここに車で来るまで竹を見ていたんです。竹は放射線があると飴色に変わるんです。竹は青々としてたからここは大丈夫ですね」と話していたので講演終了後に思わず話をしに行く。僕の住んでいる所では今年、竹の子の出来が悪く山の衆から例年ならもらえる竹の子をもらえない人が多かった。それだけではなくて例年なら竹の子がとれた後に黄色く枯れていく竹が「竹の子が出る前からどんどん黄色く枯れていくんだよ。。。」と言う話をたくさん聞いたし事実、多くの竹が原発の爆発の後、飴色になったのをあちこちで確認した。何事かと思っていた。「あ。ここにも影響あったんですね。。。」と田中さん。

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 講演会の後、田中さんとスタッフで少し懇談。講演会は宣伝しすぎて会場には入れない人が出るのを心配して直前は宣伝を控えたのに200人くらいの方々が来場された。

 山形へ向かう田中さんとまーちゃん一行をお見送りした後スタッフや原発の問題に危機感を感じている人たちが残って話し合いをした。
 今ここにある放射線が目に見えないために「ある」という前提で話をするだけで思わぬ軋轢や反感を買うこともあるのが悲しいけど今の現状。

 例えば、僕の住んでいる所の話ではないけど0.8μSv/hを超える保育園もある地域のお母さんが学校に、子供を放射線から守る対策をして欲しいといっただけで、男の議員がふたり「それじゃあ、まるでここが放射線で汚染されているみたいじゃないか。」と言いに夜、自宅までやって来たという。0.8って幼い子供にとって致命的に汚染されている数字だ。議員は税金で何のために働いているのだ?

 だから放射性物質がある事を前提に話が出来るという当たり前の事が、まず嬉しかった。仙南と呼ばれる宮城県の南部の市町村で原発の問題に対してに今までやって来たことを報告し、現状を確認し、これからは今までのようにばらばらではなく手をたずさえ協力して仙南地域として宮城県や福島県とも協力して行動していこうという事になった。仙南の川崎町からだけは残念ながら参加がなかったけれど、それ以外の仙南の各地で行動している方々と出会えて良かった。放射線がある、という当たり前の事を時々こうやってみんなに会って実感しないと、国とテレビが宣伝する安全デマに負けそうになる。大手の新聞は戦後を反省したとか言っていたのに大本営発表を官報のように流し続けている。残念ながら本当の情報はそこにはない。
 当たり前に放射線を恐がり、当たり前に立ち向かい、当たり前の生活を取り戻そうと思っている宮城県南部に暮らしている方々、福島の方と当たり前に話が出来て、繋がる事ができて良かった。未来へ!

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 最近、人が集まるとお決まりのガイガーカウンターの数値合わせ。


 別の勉強会でも一緒になった七ヶ宿町で炭焼をされている方が同じガイガーカウンターを持っていたのでそれとも数値合わせをやってみる。

 名残惜しくて、てんたさんに我が家の夕食に付き合ってもらって話す。

 原発事故は人生に必要のないことだったけど、残念ながらこんな事になってしまった今、唯一の救いは価値観を共有出来る人たちと新たに出会っていること。こんな時だからこそ気持ちや価値観を共有出来る人と出会えるのは救い。今年の年頭の目標の書き初めに「会」と書いたときは、こんな事になって多くの方々と会うことになろうとは夢にも思っていなかったけどね。

 あ、そうそう、最近原発関係のエントリーばかりだけど、放射能とどう向き合うかはもう生き方の問題。親しい方が近い将来ガンや病気になるのを見たくないから「これだけは気をつけて」と1回は話するけど、放射能の話がいらない人には二度としないからご心配なく。

2011年6月24日

SOEKS のレッドゾーン表示

 3日前に、やっと手に入ったガイガーカウンターのスイッチオンからオフまでの説明動画を作ってアップしました。SOEKSは僕が見た放射線測定器の中ではかなり表示が見やすい。それだけではなくて画面の下半分が数値で緑・黄・赤と信号のように直感的にわかるように表示される。

[緑] "NORMAL RADIATION BACKGROUND" (0.4μSv/h以下)
[黄] "HIGH RADIATION BACKGROUND" (0.4〜1.2μSv/h)
[赤] "DENGEROUS RADIATION BACKGROUND" (1.2μSv/h)

 動画を撮影したとき僕の部屋でいきなり黄色表示になってしまったけどさすがに赤表示を撮影することは出来ないだろうと思って説明だけで編集してアップした後で気が付いた。我が家のホットスポットを。
 家を作ったときに周囲の家の雨樋が落葉でみんな詰まっているのを見て我が家は雨樋を付けず、雨の落ちる地面を大きく深く掘ってU字構を埋設した。そこに暗渠を仕込んで下水に繋いで大きな採石で埋め戻している。大量の雨水が落ちても一気に地面に浸透していくシステム。

 きっと、その土中のU字構や採石が屋根からの放射性物質を全て受け止めて汚染されている。ガイガーカウンターを置くと真っ赤っかになりました。(太陽が明るくて画面が見にくくてごめん)

人が住んでて良いの?本当の事を誰か教えて。

2011年6月22日

被災届出照明願(高速道路利用専用)

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 被災届出照明願を出すと免許証とセットで白河以北の高速道路がタダですよ。とってきました。とってみて感じたことは偽造が超簡単そうだし、ただでさえ大震災で事務処理とか大変な役所の窓口に相当負担をしいてるであろう事。現政権の民主党が、子ども達に多量の放射線を浴びせても健康に直ちに影響は無いし全然大丈夫と言っていることだけは伝わるけど他のことは良くわからない。東北以外から東北の被災した人たちを助けようと訪れる個人や団体のボランティアは今まで上限1000円だったから何度も来てくれたけど通常料金を取られるようになるので4回行こうと思っていたのを3回とか2回とかすると言ってました。これも現政権のおかげです。そうですか。

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 過酷な地に住んでいる僕らはミネラルウォーターを買い続けなくてはいけなくて死にそうです。領収書、全部東電に回したい。
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 地元のスーパーで容器だけ買えば逆浸透膜の純水をもらえることがわかって入手しました。少しでも健康に生きるために仕事以外の雑用が多くて大変。もちろん雑用で半日つぶれたら自由業な人は無収入です。補償なんて無いですよ。

2011年6月21日

SOEKS

 やっとガイガーカウンターが買えた。SOEKS-01M
 時間のある時にネットで物色していたけど欲しいモノの納期はほとんど9月末か、納期が早いとぼったくりのような高い値段。超品薄の売り手市場で買えずにいたが日曜日に在庫有りの表示を見つけ思わずクリック。昨日発送されて今日届いた。納期2日。送料を払っても4万円以下だった。
 すぐにジップロックして電源を入れて使ってみる。計測時間が20秒と短いのがまず嬉しい。そして画面が見やすい。20秒ごとの放射線値を緑、黄色、赤で大雑把に安全度の表示もしてくれる。ぼったくられるのは嫌だけど、とにかく早くいろいろと細かく測りたいから駄目元でクリックしたけれどコストパフォーマンスはかなり高くて満足。ガンマ線とベータ線の計測が可能。付属の特製アルミプレートを装着するとベータ線を遮断しガンマ線のみの計測が可能。USB電源で使うことも可能なのでPCにUSBで繋ぎっぱなしにして常に変化を見たりUstreamでみんなに放射線値を公開する事にも使える。
 僕が買った業者は英語の説明書の他に日本語のクイックスタートガイドやminiUSB、テスト用電池ともう一組の電池も付けてくれていて良心的だった。単4のeneloopもamazonで買い足しておいた。
 機種名にSOEKS-01とSOEKS-01Mと「M」が付くのと付かないのがあるけれどMの付く機種の方が新しく性能はかなり違うようなので興味のある方はMの有る無しはしっかりと確認を。計測時間も01は60秒、01Mは20秒。いろんな所を測ってみるとわかるけれど意外と40秒以上は長い。

 僕がこれをクリックした翌日に武田先生がとうとう読者からの要望の多かったオススメのガイガーカウンターを発表するという悪夢があり「ああ、しまった!」とも思ったけど先生オススメの機種は予算オーバーでした。
 あまり知られていないけど日本製で3万円でPCとUSBで接続することで1日の細かなデータを取り込めてグラフに出来る測定器が本当は一番欲しくてキャンセル待ちをしているけど人気が高いようで未だ連絡無し。
 買いたかったRADEX RD1706インスペクターは値段が普通じゃないし納期がまだまだかかる。来年になれば値段も落ち着くかもしれないからしばらくはこれを大事に使っていく。今や一家に一台というより東北では車と同じくひとりに一台必要かもしれない。

 それにしても上の動画はこれを書いてる屋内の部屋で撮影したのに0.48μSv/hとか普通に出てサイテー。

2011年6月20日

内部被曝

先日、放射線の事を結構調べたり勉強している方が「孫が生まれたんだけど畑の野菜食べさせたら駄目かなぁ」と言うのを聞いてびっくりした。冗談で言ってるのかと思ったらそうではなかった。

放射能と共に生きていくしかない僕らは内部被曝を可能な限り避ける事以外に健康を守る道は無い。ただ「内部被曝」の事をまだよく知らなかったり、あまり重大な問題と感じていない人もいるようなので基本的なことだけを出来るだけわかりやすく書くことにします。(僕が書かなくても少し調べれば有意義な情報はいくらでもあるのだけど)せめてこのブログにお越しいただいている皆さんの中に内部被曝の怖さを知らない方がいたら、それを知るきっかけになってくれれば。皆さんの健康が損なわれませんように。

自分の周りにある放射線から被曝するのが外部被曝。
到達距離の短いα線(アルファ)、β線(ベータ)と、到達距離の長いγ線(ガンマ)があってγ線は到達距離が長いので外部被曝の大きな原因になる。コンクリートでやっと遮蔽できるレベルなので長袖を着ていても被曝は避けられない。ただ家に入るときに衣服を払って入ることで粒状の放射線を落とせるので着ていた方が良い。髪の毛にもつきやすいので帽子を被るのもオススメ。そしてマスク。

内部被曝は体内に入った放射性物質から自分の肉体が被曝すること。体内に入る経路は

・(放射性物質の舞っている空気を)呼吸 する
・(放射性物質が含まれている)食物 を食べる
・(放射性物質が含まれている)水 を飲む

の他、眼や粘膜、怪我等から体内に取り込まれてしまうのだけど内部被曝の問題は外部被曝では到達距離が短いから影響の少ない、α線(アルファ)、β線(ベータ)でも体内の細胞がやられる、ということ。しかも到達距離の短いことが悪い方に作用する。

 話をわかりやすくするために乱暴な例え話にして体内に放射性物質が入ってしまう事を小さな銃が体に入った事に例えてみる。
 到達距離の長いγ線はプシュッと弾を発射すると体の細胞を傷つけながら突き抜けていく。だけど到達距離の短いα線とβ線はプシュッと弾が発射されても到達距離が短いから突き抜けない。弾のエネルギーを全て細胞で受け止めることになってしまう。動いた部分の細胞を傷つけて。だから傷つけられ方が大きい。
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内部被曝についての考察(琉球大学 矢ヶ崎克馬)より

内部被曝の専門家の矢ヶ崎氏は以下のように説明しています。

放射線が身体を突き抜けるということは、突き抜けた放射線は相互作用しなかったということです。内部被曝する場合は相互作用の非常に強い放射線(アルファ線、ベータ線)にも被曝することになります。

体の中に取り込まれた放射性物質は体内の骨や筋肉などにもとりこまれる。体内から細胞を撃って傷つけるその銃が、代謝や小便、大便などで体外に出ていってくれてその力が半減するまでの時間は下の通り。(無くなるまでの時間ではなくてあくまで半減ですよ)

・甲状腺に取り込まれたヨウ素131 約120日
・体に取り込まれたセシウム137 約70日
・骨に取り込まれたストロンチウム90 約50年
・骨に取り込まれたプルトニウム239 約50年

残念ながら僕がストロンチウムやプルトニウムを取り込んだらもう一生一緒だ。体の中から撃たれないようにするには体の中に入れない以外に方法はない。そして体に入れないためには放射性物質がついていたり含んでいるモノを食べない、飲まない、吸わない。これしかない。それでも完全に防御するのは難しい。
矢ヶ崎先生の言葉を再度借ります。

私たちは汚染される覚悟が必要です。
しかし、悲観して恐怖の内に汚染を待つのはよしましょう。
この怒りを胸にしっかり収めて、開き直って、楽天的に、知恵を出し、
最大防御を尽くしつつ、やるべきことはすべてやることしかありません。
そして核のない新しい日本を創ることを決意するしかないのです。

これをお読みの皆さんも出来れば気をつけてもらえればと思います。そんなこと言ったら食べるものが無くなるとか面倒くさいと言う気持ちもよくわかります。5年後10年後の健康と今はそこまでやらなくても、とどちらをとるかは、もはや個人の生き方の問題。ただ原発の放射線と癌やその他の病気との因果関係は不明だとの安全デマを国もテレビも新聞も相変わらず流し続けているけど僕には信じる事が難しい。YouTubeを見ればチェルノブイリの事故で被曝した人たちがどれだけ健康にダメージをおったかいくらでも出てくる。特にその時赤ちゃんや子供だった子らの被害は深刻だ。甲状腺癌のため首に手術の跡がある子供の数たるや(チェルノブイリの首輪(チェルノブイリネックレス)と呼ばれている)。動画の中で泣きながら訴える膨大の数の彼らの全てがウソをついているのか。チェルノブイリの事故と彼らの病気との間に関係は一切無いとどうして思えるのだろう。フクシマネックレスなんて事例を絶対に生んではならない。

 ちなみに僕の住んでいる所は福島第一原発から約65km。僕の家は大体 0.3〜0.4μSv/hより低かったり高かったりです。日本の国の基準で言えば安全上問題は無いという。ちなみに以下はチェルノブイリ原発から30kmの立ち入り禁止区域の境界で爆発事故から7年経った時に測った放射線値。僕は今チェルノブイリの立ち入り禁止区域より高い放射線値の中で暮らしている。

 放射能と共に生きていくしかないと覚悟した人たちが今、一番話を聞きたがっているのは内部被曝の専門家である矢ヶ崎克馬氏の話だという。改めて5/18に先生の話を聞けて良かったと感じている

 きっとこの頃から僕も「本気」で内部被曝をしないように意識しだした。
 カミさんは家系的に癌にかかっている人が多いため放射線で癌になる確率の方に入ってしまう可能性が高いと感じて大震災の電気が通じない少ない情報の中、早い段階でもうそういう意識に変わっていた。僕が停電と断水と情報の無い状態から戻ったときから外部被曝と内部被曝を極力避けられたのはほとんどカミさんのおかげ。
 陸の孤島になってしまっていた時だけはいただいた地場の野菜を食べてしまったけどそれ以降は汚染度のわからないものは基本的に食べていない。自費で測定業者に放射線値を測ってもらっているお百姓さんたちがいたので安全が確認されたものはいただいたりして食べた。当然、駄目なモノもあったし安全なモノもいくつもあった。放射線値をきちんと測定した友人の農家の卵。去年の米、乾麺、缶詰、レトルト、海外のモノ。ミネラルウォーター。公表されている測定値や産地とにらめっこして買った野菜。(ただし、twitterをやっている人には周知の事実ですが産地のPOPを偽装して野菜を売っているスーパーは残念ながらたくさんあります。twitterならそのお店や品名もわかるので対策が出来る)

「続きを読む」には上で引用した矢ヶ崎先生の全文を。時間のあるときに是非読まれることをオススメします。

 よく自然界からもすでに放射線を浴びているのに何を今さらとかX線や飛行機での被曝と比べてたいしたことないという人がいますが上記にも書いた通り矢ヶ崎先生は、相互作用の無い被曝と相互作用のある被曝を比べているのは比較する土台に共通性のない比較と切り捨てています。今でも時々、講演会などでこんな話をする学者もいるけど相当、勉強していないか悪意がある。
 さらには煙草の害と比べて煙草の方がよっぽど健康に害があるから気をつけろ、などというのは論外。子供が煙草を吸うか?子供は理不尽な暴力で被曝させられている。自分で健康のリスクを承知で吸っている煙草やレントゲン、飛行機での被曝と原発の放射線の被曝を比べて大したことない、と言うのはもはや悪意と言うより犯罪。

 最後に今までほとんど内部被曝について勉強してこなかったという方には以下のブログの資料がオススメ。説明文を少なく可能な限り図解してくれています。
「外部被曝と内部被曝」(市民の街ブログ:2011/06/04)
今まで見た資料の中で一番わかりやすい。

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2011年6月16日

反原発運動についてひと言

 脱原子力に対して必ずくる反論はそれでは電気をどうやって確保するのかという意見だ。

 すでにそれ自体が東電を初めとする原子力発電を推進することで懐にお金が入ってくる人たちの強力なプロパガンダなんだけど。今、全ての原子力を全て止めても電力が足りなくなることはない。節電しなくても。

 大震災直後の原発反対ムードが高まったときに、東電が行ったのはお前ら文句言うなら電気とめちゃうからねという脅しの「計画停電」。
 ところが。
 病院や信号の電気が止まり死人まで出たために計画停電への風当たりがかなり強くなった。そしてどうなったかは皆さんご存じの通り。計画停電をやめても電気は全く足りなくなりませんでした。ただの脅しでした。
 それにもかかわらず関西電力が全く同じ恫喝をした事は記憶に新しいところ。見え透いたウソに橋本知事は府としては15%節電に従う必要がないと思っていると答えた。

 もちろん火力発電に頼ったままでいいとは思わない。太陽光発電で全て解決だなんて簡単な問題ではない。だけど今の生活を守りながら原子力を止め、その間に代替可能な自然エネルギーを探して移行していく事が可能。それだけではなく送電線が電力会社の独占を離れ国の所有になればさらにいろんな発電を企業や個人でもやりやすくなる。

 そのあたりの事をとてもわかりやすく説明している広瀬隆氏の文章を以下に転載します。少し長いので「続きを読む」をクリックして是非ご覧ください。

 次に僕らが何をするべきかも提言されています。

続きを読む "反原発運動についてひと言" »

2011年6月11日

6.11 SENDAI

 生まれて初めてのデモ。僕は原発はいらないと表明しておきます。

 会場で出会った地元の仲間達と共に歩きました。

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 2時46分に全員で大地震と津波で亡くなられた方々に黙祷。
(この写真の女性の方が持っていたカードには”福島にほんとうの空を、私たちに本当の事を NO!NUKES”とあった。政権争いにしか興味がない国の方々、本当の事を福島県の人と国民全員に一刻も早く教えて)

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 3時に仙台の錦町公園を出発。警察と公安と私服の警察がたくさん。画面奥左は多数の制服警官、右は機動隊?

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 平和な世の中のための行動なんだけど警察が張り付き列を細かく分断していく。

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 この濃紺の制服の人たちは誰?ずっと張り付いていたけど全員マスクをちゃんとしていたのはデモ参加者よりある意味放射線に対する備えが万全。

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 偉そうな感じのスーツの人もずっと張り付いていた。別に何も悪いコトしないよ。

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 すっと一緒にキヨシローと一緒に歩いた。キヨシローは相当迷惑。俺勇気100倍。

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 コスプレな方々も。

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 午前中、強い雨が降ったけどデモの前に晴れ上がり良い日でした。

 生まれて初めてのデモはこうして終了。仙台の街の車道をこんな風に1時間も歩く日が来るとは夢にも思わなかった。
 東京はどうだったのかな?全国は?

2011年6月10日

明日は脱原発デモ

 明日は生まれて初めてのデモです。
 このブログを読んで参加することにした、という人たちもいるみたいでウレシイ、です。ありがとう。
 全国で行われるはずだった明日の脱原発のアクションだけど残念ながら西日本は大荒れの天気になりそう。ものすごい大雨の予報。原発推進派はニヤニヤしてるんだろう。なんで天の神様はそっちの肩を持つかねぇ。ちなみに、6.11は日本だけではなくて世界同時デモです。
 仙台は雨の予報が変わってくれて雨のない暑い日になるようです。みんなに配るように脱原発のシールも作った。清志郎は迷惑だろうけど僕は忌野清志郎とも一緒に歩こうと思います。

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 友人知人は会場に着いたら電話して!脱原発シールあげるから・笑

じゃあ、明日! 脱原発デモでお会いしましょう。

2011年6月 9日

あさっては生まれて初めてのデモ

 おととい、仙台で行われる脱原発デモに生まれて初めて参加すると書きました。デモは明後日です。

 原発で多くの人が被曝させられ人生をねじ曲げられた、人類史上でも希なこの出来事に対して、創作活動をしている人は彫刻とか絵画とか文章とか「作品」でひとつの答えや希望を提示する事は大切なことだと思います。僕も今回の経験をどんな風に作品にしたらいいかということは考えたけどデモに参加するなんて全く考えなかった。でも陶芸家の友人があたりまえのように「僕は行くよ」と言ったのを聞いてちょっとびっくりして気が付いた。

 表現もする。デモにも参加する。どっちもやる。

 別に二者択一の問題を出されている訳ではなかった。デモは抗議のためではなく原子力は反対だ、という意思表示の手段として参加する。今の気持ちを考えれば当たり前の行動だった。というかこれだけのことが起こっているのに、そんなことは関係無く自分の表現だけを考えている人間の創ったものにどんな意味があるのか。

 自分の身は自分で守るしかないと今回の大地震と津波は教えてくれた。
 北海道のトンネルの列車事故も「列車を出るな」というJRの言うことを聞いていたらみんな丸コゲになって死んでいた。乗客が自分で考えて逃げたから自分を助けた。

 放射性物質がまき散らされていたその時も「国」は安全と言い続けた。大金を投じたSPEEDIのデータを出してくれれば一番問題な初期被曝を避けられたのに。危ない地域の人が逃げるだけの充分な時間があったのに。(そもそもデータはあったのにそのこと自体も無いとウソをついた)今も放射線の値は一向に下がらないのに安全だと国や県や市は言い続けている。安全といった国のせいで、僕も福島原発が爆発した日も自転車で外出して大量の放射線を浴びてしまったし今も毎日被曝し続けている。

 北海道の列車事故と何が違う?津波から命を守った人は自分の直感を信じたから命を守ることが出来た。ウソばかり言う国の情報は耳を傾ける意味がない。

 特別な事をしなくても国が助けてくれるだろう、とは僕はもう思えない。国は絶対に助けてくれない。放射線被曝の許容値だって食料の基準値だって世界が笑い蔑視するレベルに上げまくっている。こんな値を設定している国は無いけどそれを元にすれば何をどう測ったって直ちに健康に被害を及ぼす値は出ないよ。この国がついているウソのレベルは底なし。原発関係のお金が無いと回らないのは国と同じだからウソの片棒を担いでいる新聞・テレビ・大手マスコミも助けてくれない。

 だけど残念ながら、颯爽と水戸黄門が現れてこの局面を打開してくれる気配も無い。

 これだけの事が起こっても世の中は何事も無かったかのように動いている。自分や家族や未来ある子ども達を助けたいと思ったら、無力感にさいなまれているけど、馬鹿みたいに小さな事かもしれないけど自分がやれることをするしかない。自分で自分を、出来るなら自分が誰かを、助けるしかない。

 6.11 脱原発100万人アクション
は、全国で開催されます。僕は 6.11 SENDAI という仙台で行われる脱原発デモに行きます。
 北は北海道から南は沖縄まで行われるのが救い。引っ越しだらけだった僕の、東京や埼玉、北海道や四国や九州の友だちも、それぞれの場所で参加してくれるととてもうれしいです。同じ場所じゃなくても気持ちは一緒だ。上記サイトでみんなの地域ではどんなデモや関連イベントがあるかまとまってますよ。
※東京の友だちには以下をオススメ。僕が東京に住んでいたらきっとこれに行く。
鎌仲ひとみさんと"今"を向き合い、エネルギーについて考えよう!
 鎌仲ひとみさんの話は本当に共感できる。

 抗議じゃなくて原発がいらないと表明している人が全国でこんなにたくさんいるんだ、という事を知れば、いくらウソつきの政府でも国民から票をもらえなければ議員にもなれない。完全に無視する訳にはいかなくなるだろう。
 テレビや新聞は相変わらず都合が悪いからこのデモの事を事前にも事後にも報道しないだろうけど、みんなで原発はいらないと表明しよう。いつか再会したときそれぞれの 6.11の事をお酒でも飲みながら話そう。僕はきっと「生まれて初めてのデモだったのに雨に降られて参ったよ」と話しているんじゃないかな・苦笑

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※自作の石の彫刻にPhotoshopで加工

2011年6月 7日

デモに参加しようと決めました

 「脱原発」の一点で大きなアクションを実現しようと言う「6.11 脱原発100万人アクション」が今度の土曜日、6月11日に全国で行われるようです。「6.11 SEBDAI 大規模脱原発デモ IN 仙台」として仙台でも開かれる予定です。原発とそこからの放射性物質に人生を変えられた怒りを胸の奥に静かに沈めて、このデモに参加しようと思っています。

 これだけの人々が生まれ育った場所を追われ、故郷を追われ、愛した土地を追われ、仕事を奪われ、生き甲斐を無くし、夢を無くし、今も放射線にさらされ、放射性物質の漂った空気を吸わされ、放射性物質の付いたものを食べさせられ、放射性物質の混じった水を飲まされているのに。

 それでも。 それでも原子力をコストの問題で語る。

 望まない放射線を暴力で浴びせられている人間に、煙草とかX線とか、飛行機とか一生懸命、いろんな死亡率を調べて、それより原発の方がよほど安全と言う。

 原発の使用済み核燃料を無害化する方法を人類は手にしていないのに僕らの後の人たちツケを回して笑っている。

 原発を擁護してきたのに旗色が悪くなった途端、返す刀で東電の役員は総辞職しろと評論家は言っておしまい。

 戦後、過去の辛い歴史に学んだドイツは、他の国の原発事故でさえ脱原発に舵を切ったのに。

 モンゴルなど途上国に核のゴミを「輸出」すれば核のゴミ問題は解決できると評論家は言う。

 子供を被曝させたくない母親は泣きながら立ち上がり行動しているのに邪険にされる。

 チェルノブイリの子ども達が身をもって教えてくれたのに、この国は日本の子どもを放射能カウンターにしようとしている。

Chernobyl
 写真はチェルノブイリ原発事故の立ち入り禁止区域で1994年から写真を撮り始めた"David McMillan"氏が8年前の2003年の6月に撮った化学室教室の写真。


 これが現実。

 生まれて初めてデモに参加しようと決めました。

2011年6月 4日

誰か色を付けてくれたらいいのに

 午前中、「放射線と健康」と題して、東北大学加齢医学研究所所長の福田 寛氏による市が主催した講演会があった。放射線は発癌の原因のひとつ。タバコや、食事、化学物質ももっと気をつけるべきではという話だった。ずいぶんタバコの害について時間を割いて話されていた。そいうえば弟子だという川島隆太氏も "同じ確率論で言えば、現在のレベルの放射能を1カ月間浴び続けるよりも、たばこを一箱吸う方が皆さんの寿命を縮めます。" と地元の新聞で語っていた。
     ・・・・・そうですか。

 夕方、地元の中学生がカミさんに「赤でも青でも黄色でもなんでもいいから放射線に色を付けてくれればいいのに」と話したんだそうだ。冗談じゃなくて切実に。わかる。僕も叶わないと知りながら水素爆発以来ずっと願ってます。(16日前もツイッターで我慢出来ずに同じ事をツイートした
 するとカミさんは彼女に僕が原発関係のファイルの表紙にしている絵を見せた。


 「え。何か変なモノが空気中をただよってるだけじゃないの?地面にもあるの?」と驚いていた。悲しいけどそうなんだよ。シンプルなこの絵がもってる力は強い。
 この絵を描かれたのは柚木ミサトさん。(公式サイト)僕もこの絵を一目見てその絵の力にひかれブログを訪れるようになりました。今までのエントリーや「命を守るためにならご自由にお使いください。」という姿勢に敬意を表します。


 「6.11脱原発100万人アクション」の「脱原発デモ IN 仙台」でも柚木さんの絵を何か持って歩こうと思っています。(このエントリーの柚木さんの絵はクリックで全て拡大します)

 昨晩、tweetしましたがこんな研究者の意見もあります。英国ウェールズの大学のバズビー博士:福島原発を中心とした200km圏内(半径100km)の人々がもし移住しなければ、400,000人が癌になる可能性があります。780万人がこの圏内に住んでいます。

それにしても高い [測定結果] だ。そうですか。
米軍だったらそっこー退避の値だそうです。そうですか。

2011年6月 2日

大震災と原発カテゴリー

 東日本大震災と福島原子力発電所関係のエントリーを「大震災と原発」というカテゴリーでまとめることにしました。死ぬまで付き合うことになるので馬鹿らしいけどひとつのカテゴリーに。

 合わせて右のメニューに「東日本大震災 福島原子力発電所」という項目を追加。
 東日本大震災から何日目なのか、福島原発爆発の1号機の水素爆発から何日目なのか表示されるようにしました。ちなみに今日は、東日本大震災から83日め 、福島原発爆発から82日め 、です。

 実は右のメニューのずっと下の方にもすでにカウントアップタイマーを設置してました。禁煙開始からの。今日で3666日め、でした。それがどうした、って話ですが。煙草の害なんて放射線に比べれば・・・。いかん、いかん。こーゆー考え方が一番駄目です。

先日もエントリーしましたがお子さんを持つお母さんには絶対に見ていただきたい「チェルノブイリへのかけはし」という素晴らしい活動をされている野呂美加氏の話が分割してアップされているのでまとめて続けて見られるようにしました。自分の子供をガイガーカウンターにしたくないお父さん、お母さん。是非、続きを読むをクリックしてご覧ください。

続きを読む "大震災と原発カテゴリー" »

2011年6月 1日

やらなくちゃいけないこと


 親馬鹿でスミマセン。愛犬小春が歩いているときの揺れる尻尾が大好き。

 犬の散歩を終えて、7月のチャリティー彫刻展の打ち合わせに行った後、友だちの陶芸家のゑみし窯へ行って借りていたガイガーカウンターを返す。USBでPCと接続してデータを管理できる優れもののガイガーカウンターは僕も欲しいのだけど他のガイガーカウンターと同様入荷待ち。販売は週に10台だけ。僕がガイガーカウンターを手に入れられるのはいつになるだろう。中古でも売っても良いよというものを持っている方がいれば是非、連絡ください。

 ゑみし窯の池田さん夫婦と(滅茶苦茶カワイイ犬のチャオと)長々話してしまう。そしてまた、少し現実に立ち向かう力を得る。同じような危機感を共有している人と話す事は今、とても力になる。見えないから無いものとしている人も多いから。3/11以前は脳天気で馬鹿だったけど幸せだったよねぇと話して二度と戻れない日々に思いをはせて泣きそうになる。
 おふたりはちょうど原発が放射性物質をまき散らしているその最中に、おじいちゃんおばあちゃんになった。娘さんが自宅で赤ちゃんを産んだのだ。娘さんとあかちゃんふたりを部屋に目張りまでして「軟禁し」少しでも被曝させないように努力し続けた話を聞いて涙をこらえるのが大変だった。えらい。本当にえらいよ、ふたりとも。大人がやらなくちゃいけないことはそういう事。(それでも目張りした部屋の中は 0.2μsv/hだったそうです)
 これからを生きていく子ども達、赤ちゃん達に被曝させないという当たり前の事が今難しい。文科省の20msv/yを始め、子供の「人権」がものすごく軽んじられている。僕らに子供はいないけれど地域の子ども達にやれることをやる。やれることはやる。子ども達をガイガーカウンターにしてはいけない

 子ども達に「こんな事になるとは思わなかった。ごめん、許して」なんて5年後に絶対に言いたくない。


日本国憲法第25条
 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

今日の放射線値

 友だちがα線、β線、γ線を計れるガイガーカウンターを貸してくれたので昼の愛犬小春との散歩の時にいつも測っている我が家の中や敷地だけでなく周囲も測ってみた。

 どこを測っても最近は大体 0.3〜0.5μsv/hで「安定」している(くそう)。東京のジャーナリストが東北へ取材などで移動するときガイガーカウンターを0.3μsv/hで警報音がなるように設定している人も多いようだ。だとすると我が家は鳴りっぱなしでうるさいはずです(くそう)。

2011年5月28日

チェルノブイリへのかけはし

 お昼前に、てんたん人形劇場の転太さんが我が家を訪ねてきてくれた。今の現状はどうしても暗い話になってしまうのだけど共有することで少しだけ楽しくできる。良い時間でした。

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 愛犬小春も転太さんのことを気に入ったみたいだった。転太さんが帰った後愛犬小春と昼の散歩。

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 コンデジが完全防水なので田んぼ脇の水路の水の中から野菊をとってみた。

 今の僕には世の中がこんな風にゆがんで見えている。自分さえ放射線を浴びなければ、がんがん稼ぎたい日本の一流企業の社長様々たち、モンゴルとかの途上国に核のゴミを輸出することで解決するという評論家、原発の片棒を担いでおいて、今、原発の影響の無い津波の被害を受けた地域にボランティアに行って大人は子どもたちの育成に全力を尽くそうと啓蒙している評論家。
 違うよ。子どもたちに今真っ当な大人が全力を注ぐべきは放射線を浴びさせない、この一点だけしかないと僕は思う。それ以外のことは後からいくらでも考えたり行動すればいい。

 以下の動画はとても説得力がありました。昨晩、全部見ました。チェルノブイリへのかけはしという素晴らしい活動をされている野呂美加氏の話です。
 (他にも注目すべき動画をたくさんまとめていただいてありがたいです。ブログ:ざまあみやがれい

 チェルノブイリの放射線と「死」を結びつけることが御法度だったソ連の数字を元にして政府官邸はこんな広報をしています。こんなページをわざわざ更新する意味がどこにある。何がネットでデマを流すなだ。
 それにしても。癌を発症した子供たちをガイガーカウンターにするというチェルノブイリの現実が今、この日本でも繰り返されようとしていることに怒る。貴重な歴史の教訓に学べ。


※全部で15分×7回まであります。

2011年5月27日

嘘つきどころではない

 福島原子力発電所は地震の後、短い期間ですでに炉心溶融していたという。そしてそれが発表されたのは2ヶ月後の5/12だった。(定義の問題があるので、炉心溶融と書きますがいわゆるメルトダウン)

 考えられる事はふたつ。(知っていたが)隠していたか、(お手上げで)わからなかった、かのどちらかだ。
 菅首相、枝野官房長官を初めとする政府や東電がもし知っていたのに隠していたのだとしたら「ウソつき」と呼んで済ませるような話ではない。パニックを抑えるためのウソだったとしても事実を隠し続けなければ福島や飯舘村の人たちや僕らが、意味もなく無駄に放射線を浴びることは無かった。もしそのことで何年後か後に健康に問題が発生するような事態になったら未必の故意による殺人行為だ。あなた方は炉心溶融後もずっと言い続けていた。「ただちに健康に問題は無い」

 ふたつめの炉心溶融してるかどうか2ヶ月間わからなかったのだ、というならこの異常事態を乗り切るリーダーとしての基本的な力が最初から完全に欠落している。あなたたちには無理。

 それでも政府の言うことは無条件に信じろと?大本営発表を信じないのは非国民だと?


11052701.jpg  仕事場で5種類のマスクを撮ってみた。ちなみに僕は原発で作業している訳じゃなくて石を彫るので持っている。石を彫る時にマスクをしないと肺に石の粉塵が入って珪肺になってしまう。一度肺に入った塵は二度と排出されない。レントゲンを撮ったとき肺がうっすら白く映ってると言われたことがあった。おいおい。

 左は普段使いの一般的なノーズフィット付のマスク。って普段使いって何だよ!今までは石彫り以外でマスクなんてしたこと無かった。どんなにインフルエンザが流行しようと。
 それから3つはフィルターで防塵するタイプ。軽かったりフィルターの数がひとつだったりふたつだったり。それぞれ一長一短。場面によって使い分ける。
 一番右のモノはイギリスで工事現場での作業用に開発されたらしいフルフェイスのマスク。充電式のバッテリーで体の後ろ、うなじから空気をファンで吸い込みフィルターを通して顔面に粉塵を濾過した空気を排気する。風がマスクからずっと出ているので顔の下からは粉塵が入らない、というもの。フィルタータイプはこれから暑くなる季節は防護用の強化ガラスのメガネを曇らせて仕事にならないが、この電動ファンのモノだと快適に作業できるのでいいのだ。問題は高価なこと。

 それにしても。今、こういう事態になって頭の中に浮かんでいるコメントがある。震災後すぐの3/14に放射線の被曝を本当に心配してくれていた元生徒さんからのコメント
 あなたがすぐに書いてくれた心配のレベルに、僕が追いつくまでにはずいぶんタイムラグがありました。(6日間の陸の孤島状態を差し引いても)あんなにていねいに書いてくれたのに。
 比喩じゃなくて教え子に助けられてばかりだ。めんどうくさくなってもういいや!と思いそうになるときにあなたのコメントが頭をよぎります。誰かわからなくてちゃんとお礼が出来ないので改めてここでお礼を言っておきます。元生徒さん、本当にどうもありがとう。

 残念ながらこの書き込みをしてくれた頃、テレビもネットも携帯も全滅だったので、元生徒さんのコメントも見られず、水素爆発で放射線値がかなり高かった3/15日、16日なんて町まで様子を見にいくために何の防御もせずチャリで走り回ったり雨に当たりまくったりしていたんだよ。僕は。

2011年5月19日

放射線値測定

 友だちが買ったばかりのガイガーカウンターを貸してくれたので今日一日、いろいろ調べてみる。(どうも、ありがとう!)
 我が家は屋外で大体 0.3μSV/h、屋内で0.15〜0.3くらい。カミさんが布団を洗濯し家中を掃いて家中を拭き掃除してかなり下がった。何故か寝室だけ0.3μSV/hからあまり下がらないのだけどカーテンを洗ってみるという。

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 原発が爆発した時に生えていた雑草を先日草刈り機で刈った草の上。0.8μSV/h(年間7mSV/hを超える値)。畑の雑草は将来、野菜を作って食べたいので全て裏山の奥、水路脇に全てヘトヘトになって運んでいたんだけど、草刈りをしたままで放置しておいたところを計った。ガイガーカウンターであちこち計った人の間では常識だけど、枯れ草の上、屋根の雨樋の下などの雨水が集まる所は放射線が集まるところ。(値を見てこの刈草も全てヘトヘトになって裏山に運んだ)

 僕の車は早い段階から、窓を閉めっぱなしで外気導入をやめ空調を車内循環にしていたからか低い値だった、良かった。

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 ずっと計りたかった石彫りの仕事場。いつも作業をしている杉の一枚板の作業台の上にガイガーカウンターを置いてみる。

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 0.3μSV/h。

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 測定中、仕事場で遊ぶ小春。

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 仕事場は測定場所によって0.2〜0.5μSV/hだった。

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 今、このエントリーを書いている自宅のMacの載った机は0.2μSV/h前後だった。

 ガイガーカウンターであちこち計っているみんなが、計っているうちに値の高いところの予想が付く、というのを実感した。放射性物質のイメージは「粒」。粒がイメージしにくかったら「杉花粉」。花粉がたまりそうな所はガイガーカウンターの値も高い。枯れ草の上、芝生の上。引っかかりやすいんだろう。雨水の通り道、例えば雨樋の下とか屋根の雨だれが集まる所。土の地面の放射線値は高いけどアスファルトの道路は全然低い。アスファルトは水が染み込まず脇に流れていく。放射性物質も一緒に流れて側溝に落ちているんだろう。事実、走っている車の中で計り続けていてもアスファルトから僕の土の大地の仕事場に入ると一気に数値が上がる。風に乗って飛んでいるときは斜面の壁があったらそこに着くだろうし。だから山とかの地形や風はすごく関係している。
 粒をイメージして犬の散歩の時は帽子とウインドブレーカー。帰ったら外で帽子を取って脱いだウインドブレーカーを払う、髪の毛は放射性物質がつきやすいらしいので帽子をかぶればいいしウインドブレーカーは払えば粒が落ちやすい。道を歩くときも土よりアスファルト。アスファルトでも水がたまらない所を選ぶ、とか小さな事の積み重ねが大事。放射性物質がたまりやすいエリアを感覚的に避けるのと避けないのでは全く同じ地域で生活していても1日の被曝量が全然違ってくる。歯磨きの様に生活習慣にしてしまえば無意識のうちに放射性物質のたまりやすい所を避けられるんだから身につけた方が良い、と思う。だって死ぬまで放射能とともに生きていかなくてはいけないんだから。とか言って、まだ生活習慣になっていないので帰るたびに手(に付着している放射性物質)を洗い、顔(に付着している放射性物質)を洗い、うがいをするのは超面倒くさい。っていうか大量のマスクの購入代金、消耗品費で東電に請求するよ。原発事故が無かったら使う必要ないんだから。

 今、部屋の裏の田んぼからカエルの大合唱が響いてる。昨晩の原発の勉強会で避難所から参加された方の話を思い出していた。(水道が復旧したのはついこの間、ゴールデンウィークの後だそうです)
「避難所から久しぶりにこの丸森町にやって来て、田んぼの脇を通ったらカエルが鳴いていて。その大合唱を聞いてとても感激して、絶望的な気持ちになりました。」
 その気持ち、すごく良くわかった。

2011年5月18日

内部被曝の勉強会

 夕方から琉球大学名誉教授 矢ヶ崎克馬氏よる内部被曝についての茶話会に参加。

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 日本でも稀有な内部被曝の研究者。

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 参加された母親が持ってきたガイガーカウンター。今やガイガーカウンターを目にするのは日常の風景となった現実が悲しい。東京や西日本の人たちとこの感覚を共有することは出来ているのだろうか。
 僕も放射能と能動的に向き合うしかないとわかったし、セシウムの半減期を考えたら僕が生きている間、放射性物質と共に生きざるを得ない。それでも明るく元気に生きたいもんだ。梅雨を前にガイガーカウンターを買わなくてはいけない。悲しいけど僕らは今、一家に一台ガイガーカウンターが必要な状況に置かれている。領収書は東電に回すつもり。(原発さえなければ必要のないものだったけど、当然東電は無視するだろう)
 正確な測定が出来る機器は40〜50万円するのはわかっています。だけど予算はそこまでありません。6万円くらいまでで一般的な日常の測定が出来る良い機器を知っている人がいたら是非、教えてください。
 矢ヶ崎氏の話の後、残った参加者で話をして午前様になる前に帰る。

2011年5月16日

放射能と能動的に向き合う

 夕方から知人の家で原発の勉強会。講師は守田敏也氏。被災地に自転車を送る活動をしていたところ自転車は無いが車ならある、という会社の社長から提供された車を届けた後、戻り足で少しづつ南下する道の途中だという。
 今日「ああ、そうだな」と共感したのは放射能との共存というテーマ。残念ながら放射性物質に汚染されていなかった世界にはもう戻れない。現実を受け入れるしかない。「ああ、爆発事故の前に戻りたい」といくら嘆いても意味がない。(何度も嘆いているけど)ならば
     「放射能と能動的に向き合う」
という当たり前の事。
 放射能があることを前提に生きていかなくてはいけない悔しさと理不尽な暴力に対する怒りは死ぬまで忘れない。だけどそれを前提にしか前に進めない。

11051601.jpg それにしても。飯舘村で牛を飼っていた人をテレビで見た。地域の気候を知り、親や年寄りから受け継いだその土地に根ざした知恵や文化を受け注ぎ、誇れるような牛を育てる技術を磨き、日々淡々と牛と共に暮らしてきた人が故郷を追われ、家を追われ、受け注いだ有形無形のものを失う。新しい土地で牛舎を始め仕事に必要なものを新たに作る事ができずに廃業を余儀なくされる。人は「仕事」で人生を生きている。その仕事を理不尽な暴力によって奪われた。その方はぽつりと呟いた。「誇りを奪われた」
 賠償金で償う?いったい何を。

 勉強会には福島第1原発から約3キロの双葉町から避難している老夫婦も参加されていた。勉強会の最後に「先生は私達が戻れると思いますか?」と質問していた。「とても辛いのですけど難しいと思います」「先生にそう言ってもらえてあきらめがついて逆によかったです。新しくやり直します。ありがとうございます」
 ここにも放射能と能動的に向き合う姿が。畏怖の念を覚えた。守田氏と握手するそのお婆さんを涙を堪えて見ていた。

2011年5月15日

勉強会

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 良く晴れた夏のような陽気。空が青くなると田んぼの水が呼応して辺りの景色が一変する。美しい。

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 愛犬小春との散歩を今日は早めに切り上げて出かける。

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 昼から内輪の勉強会。京都の大学教授だったカミさんのおじさんの紹介で東北大学名誉教授の竹内峯先生に「原発事故と放射能について」話をしていただいた。原発に関連してフランスに行って戻られたばかり。お忙しい時期なのに内輪の会にもかかわらずボランティアで来ていただいた。内輪と言っても関心のある方々が市内・市外はもとより県外からも人づてに参加され思っていなかった人数の勉強会となった。
 先生には今ある情報を元に不安をあおることなく、また楽観的になりすぎることなく物理学者の立場からの冷静な話をしていただいた。参加された方それぞれ思いはあるだろうけど僕は「絶対安心」とか「ものすごく危険」とか言って欲しかった訳じゃなくて今、自分が置かれている状況を冷静に把握し知りたかったので個人的には有意義だった。福島原発の現状や東電の裏話は腑に落ちるところがいくつもあったけど誤解があるといけないからここには書かない。

 先生の話を一方通行で聞くだけではなく質疑応答の時間を取っていただきたいとお願いはしたけれど予定の時間を過ぎてもいつまでもいつまでも参加された方々の質問に答えていただいた。最後には先生の周りに残った方々が集まって借りていた会場を閉めなくてはいけなくなるまで3時間を超えても話をしていただいた。
 ありがとうございました。先生。参加していただいた皆様も。

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 市外から参加してくれた友人から復興支援で買ったという三陸のこんぶ。先生のお土産にもいただいた。
 手作りのパンも。嬉しい!おいしい!一番上のチョコの生地が練り込まれたようなパンは炭を練り込んだパンだそうだ。どうもありがとうございます。ちなみに僕らも朝食の後、小さなスプーンで炭の粉飲んでますよ。ふふふ。

2011年5月 3日

原発とどう向き合うのか

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 憲法記念日の今日、宮城憲法会議の講演「安心して生きていくために、いま原発とどう向き合うのか」野口邦和先生(日本大学専任講師・日本科学者会議エネルギー・原子力問題研究委員長)を聞きに仙台の仙台弁護士会館へ。会場に入りきれないほどの人が参加していた。
 講演は(そのタイトルにひかれてかけつけたのだけど)大地震発生から今までの原発の出来事のまとめだったので新聞・テレビ、雑誌やネットのサイトやブログ、USTREAM、twitterなどで原発関係の情報に日々接し続けている僕には新たな情報は無かった。また放射線の測定値が低いからか仙台の人たちと僕の気持ちの温度差は強く感じた。仙台の人たち(や野口氏)が笑っている原発関係のジョークの全てを僕は笑えなかった。飯舘村の人たちも笑えないだろう。住んでいる地域や個人の考え方(特に放射線値)で緊迫感が違うんだからそれも当然だと思ってますが。(野口氏の原発の経緯が、今回の原発事故の発生から今日までの事実とその問題点をわかりやすくまとめられていたことも明記しておきます。特に具体的な数字の入った資料はとても参考になりました)

 講演の前の「被災現場からの声」で話された3人の方の話はいづれも心に響いた。「現場」の生の声は「現場」の人からしか聞けない。全く現場を見もせずに東京からしたり顔で原発について発信しているネットジャーナリストがいかに多い事か。(もちろんその有名なITジャーナリスト達の名前は書きませんが野口氏のことではもちろんありません)

 坂病院院長の今田氏の復旧の現場で米軍の姿を見た事で憲法で保障されている生存権という言葉の前に「平和的」と言う言葉を加えた「平和的生存権」が大切という話や復興の話に国や県の圧力が強まっているが本来そこに済む人々の声こそが大切という話

 石巻市立女子商業高校教員の平居淑子氏の、海岸から200mの学校。1階は津波で破損し電気、水道、電話も復旧しないままの校舎の2、3階で新学期を開始するように指示された。その話に僕は改めて文部科学省は子供の人生より国の都合を優先させている事実を思い知る。新学期を迎えるために複数の研究者が何年もかかって決めた1年間の被曝許容量の1msvを原発事故後、何の議事録も無しに一気に20msvにしているくらいなんだから。責任を持って20倍の20msvとした人が誰なのかを教えて欲しい。この異常な決定の責任の所在すらわからないまま数値が数値として一人歩きして子ども達が被曝している。(誰の思う壺?)(ちなみに平居氏の学校は父兄のあまりの心配から他の学校を間借りして授業する事が可能になったようです)

 自由法曹団の草場氏の話は特に心に残った。炊き出しすらされず温かいご飯を食べられない被災者は憲法が保障している生存権すら脅かされていると。1日におにぎり2個でも被災者はありがたいと思って必死に耐えているけど、その中で本当は温かな食べ物が食べられる炊き出しが可能な地域もある。だけどそれが不可能な地域がある場合不公平にならないように低い方に合わせて炊き出しが行われていないというのだ。
 見舞金の問題と同様だ。公平性だけを優先して「今、必要な事」を後回し。阪神大震災を経験した方の「1年後の100万円より直後の10万円」という言葉を思い出す。
 被災者が温かいご飯を食べられないのは当然の権利すら奪われている状況だ、という認識が僕にはなかった。税金は搾り取るくせに最低の権利すら満たさない国、現政権。
 先走ってる感が強い復興計画はそこに住む人たち一人ひとりのための町作りであるはずなのに、会議しているのは当事者ではなく知事や学識者や大手コンサルタント。当事者は置いてけぼりだ。(被災の当事者であるはずの宮城県知事にいたっては「災害対策税」(仮称)の創設を被災地自ら提起している。考えられない)

※人の話をきちんとまとめる力が無いので、講演者の話の文責は僕にあります。

 先日、石の花器を置いていただいたカフェが会場のすぐ近くだったので家路につく前にカミさんとお茶を飲みに行く。「ヴィトリーヌ

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 ウエノイチローさんの富士山は作品を少し入れ替えてあった。

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 テーブルのひとつは本物のグランドピアノの天板だった。素敵。本当に居心地の良い空間です。

2011年5月 2日

までいの力

11050201.jpg「までいの力」を買った。

 何度か書いていますが原発事故に最悪な形で巻き込まれてしまった「飯舘村」の豊かな自然や美しい景色、そこで出会った人たちに僕は魅了されていた。片田舎の小さな村というだけの知識で終わらせてしまう人がいるかと思うととてもくやしい。村が少しずつ実践してきた事の中には先駆的なこともたくさんある。「田舎ならではの男尊女卑の封建的な考えを打ち破るため(本文より)」の活動により「女性が変わって男性も、村も変わった!(本文より)」素敵な実践も紹介されている。できればこの本を手にとって自分たちの手で大切に作ってきた村から強制的に避難させられる人たちの思いを少しでも知って欲しい。

”までい”とは・・・ 「真手(まて)」という古語が語源で、左右揃った手、両手の意味。それが転じて、手間ひま惜しまず丁寧に心をこめて つつましく という意味で現在では東北地方で使われている方言です。(本文より)
 東北に来たばかりの頃、石屋さんに「もっとまでに磨かなきゃ駄目だよ」と言われても全然意味がわからなかった。今は温かくて好きな言葉のひとつ。ちなみにこの本は出版を目前にしたときに大震災が起こった。それでも出版にこぎつけたようです。そしてこの販売収益は飯舘村復興のために役立てられるそうです。

※関連リンク
飯舘村支援のために市民ができること01
飯舘村支援のために市民ができること02
飯舘村支援のために市民ができること03

【2011/05/05:追記】
朝日新聞の天声人語で詳しく取り上げられていました。

 方言には、標準語には収まりきらない深みと幅を持つ言葉が多い。東北地方の「までい」もそんな一つだ。「真手(まて)」という古語が語源といい、転じて手間ひま惜しまず、丁寧に、心をこめて、といった意味合いで使われるそうだ▼「までいに飯を食わねえどバチあだっと」「子どものしつけはまでいにやれよ」などとお年寄りは言う。原発禍に揺れる福島県飯舘村役場に頂戴(ちょうだい)した『までいの力』という一冊で知った。言葉どおり、手塩にかけて築いてきた村の日常がオールカラー本に息づいている▼スローライフの考え方が広がり出したころ、村長はじめ村人は思ったそうだ。「それって『までい』ってことじゃないか」。以来「までい」を合言葉に、地に足をつけて村をつくり上げてきた▼ところが本の刊行直前に震災が起きた。「ここには2011年3月11日午後2時46分以前の美しい飯舘村の姿があります」。中表紙に急きょ刷られた一文に怒りと悲しみがこもる。計画避難で全村民が村を離れなくてはならない▼「までい」の教祖のような、19世紀米国のソローを思い出す。物質文明を問うた名著「森の生活」の末尾に、「われわれの目をくらます光は、われわれにとっては暗闇である」という象徴的なくだりがある。原発がともす繁栄の光は、私たちにとって何なのだろうか▼地に足をつけてきた人々が地を追われる無念を思う。とことん考えることでせめて悲痛に寄り添いたい。原発の受益者は都会人なのを忘れることなく。

2011年4月24日

津波:44日後

 東日本大震災から3週間後に友だちのレストランがあったところをひとりで訪ねた。テレビの四角いフレームの中ではなく自分が立っている周囲360度が何も無いというのは想像を絶する世界だった。ブログにアップはしなかったけれど。
 以下は今日の福島県の海岸の様子。震災から44日たった今の様子をあげておく。復興までの道のりは遠い。

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 福島県新地町役場の前の道路脇にあった自動販売機。地上からおよそ150cmのところまで泥水に浸かった後が残っている。(白いラインは写真に描いたもの)海岸線までおよそ1.3km地点。

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 無くなった方の鎮魂をしている僧侶と災害復興のために派遣されている自衛隊の方が歩いていた。僧侶の方は練馬ナンバーの車だった。

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 海岸線まで約900mのところから撮影。この正面が海水浴場。今は見渡す限り何もないけど家があり鉄道が走っていた。東北の太平洋沿岸はこのような茫洋たる風景が延々と続いている。下がこの写真の撮影ポイント。海岸近くまで走ったけど(以下の動画参照)常磐線は見る影もない。

大きな地図で見る

 東北のいたるところで道路が傷んでいる。大きな損傷は応急処置で修復されているところもあるけれど、全ての亀裂や段差にまではとても手が回らない。


※先日せめて子供への対策を強化して欲しいと書きましたが、以下のような署名活動がありました。呼びかけ団体のひとつのグリーンピースの活動を僕は支持していないのですがこの件に限って署名しました。よければ署名を。(4月25日午後11時まで)

【緊急声明と要請】子供20ミリシーベルト撤回を要求するオンライン署名
子どもに「年20ミリシーベルト」を強要する日本政府の非人道的な決定に抗議し、撤回を要求する

2011年4月17日

原発勉強会

11041701.gif 福島の原子力発電所の事故。今回爆発事故を起こした原発は福島にあるので福島だけの問題のように扱われているしニュースとして扱われる場合も福島のことまで。新聞に放射線量の各地点の測定値の図が載るときも地図はきれいに福島県で切られてすぐそばの僕の住んでいるエリアの情報は見られない。(放射線測定値が高く全村避難になった飯舘村はよくキャンプに行っていた。山越えの道で60分で着く距離)
 大震災の時陸の孤島になったけど今、原発関係の情報の孤島になっている。メディアからも情報が無く、市や県からも必要な情報が提供されない。だけど地理的に見て単純に福島県境で行政区分のように問題が止まる訳ではない。僕の住んでいる角田市は丸森町などと共に宮城県の中でも南端に近い位置にある。影響はあるはずなのに判断するためのデータがない。福島県は細かくデータを取り公表もし始めているが僕らの地域は有志が各方面に電話で問い合わせ続けるまで県や市からは全くデータが出てこなかった。
 そのせいか周囲の人は以前と同じように生活しているように見える。気をつけないと外出時にはマスクをしたり外から家に入るときに帽子や上着を払ってから入る、また車の空調を外気導入をやめ車内循環にしている僕らが「異常者」になってしまうかもしれない。でも国や県、またその指示を待っているだけで積極的に動く事を拒否しているように見える市の動きに危機感を感じている人たちがそれぞれの思いを抱えて今日、集まった。
 市外からの方も含めいろんな職種の方が14人。単純に原発反対で集まったのではない。今日、集まったばかりでまだ名前もないけれど勉強会を開くなど活動を続けていく事にした。そして緊急的にまず子どもたちへの放射線の影響を少なくするよう要望しようという事になった。少なくともこれからの1年間の小学校の活動に対して。
 子ども達は大人より地面に近いところで生きている。放射性物質はもちろん地表に多い。体育はどうする?のどが渇いたときに飲む水道水はどうする?インフルエンザが大流行したときはマスクの着用が推奨され飲み水は各自家から水筒に入れていったのに、なんでインフルエンザとは比べものにならない影響のある放射線の中、何の対策もとられないまま新学期が始まるの?マスクして飲み水持って行ってもいいじゃない。なぜ推奨しない?
(年間被曝量の基準値が長い時間をかけて1ミリシーベルトに決められたのに事故後あっさりと20ミリシーベルトになったので個人的には1ミリを基準としているけど、角田市の放射線値の積算量を個人的に計算すると通常に浴びる放射線量だけで年間の予想値は2ミリを超える。呼吸と食料摂取によるによる体内被曝の数値を計算から外してすでに)

 チェルノブイリの原発事故でも小児の甲状腺にヨウ素-131が蓄積して癌化する例が見られるなど子ども達に影響があった事が報告されている。大人の責任として今、子ども達に出来ることをやる。かつて世界で誰も経験をした事がない事態を向かえている真っ最中で「確実な安全策」など誰もわからない(僕が知らないだけなら教えてください)。
 だから少々やり過ぎでも子ども達のためには対策をしておいて、後々何も問題が起こらなかったなら「ごめんね、窮屈な思いをさせたね」とあやまりたい(チェルノブイリでは被曝当時、子供だった人々に20〜25年後に影響が出はじめた)。
 大丈夫、大丈夫と言って子ども達に何もせず、結果、将来彼らにもし重大な被害が出たときどうやってあやまればいい?僕たちもわからなかったんだよと言い訳でもしろと?

 近く大学から先生なども招いて原発や放射能についての勉強会を開く予定です。(連休明けを予定)もし勉強会に参加したいと言う方はご連絡ください。
 角田市の方でなくても結構です。また僕らの会に強制的に入らせ要望書を提出する際に名前を連ねろ、なんて事ももちろん言いません。周りの人が何もなかったかのようにしていて自分のこの不安を共有できない。心配だけど相談する相手もいないから話を聞きたいだけという方もどうぞ。それでも心配なら匿名で参加されたってかまいません。いろいろな兼ね合いだって有るでしょうから。それをわざわざ壊す事はありません。(参加を希望する方はコメントかメールでお知らせください)
 僕も最初、無かった事にして暮らす道を取ろうと思いました。でもそれは無理だった。人のせいに出来ない事もわかっています。ここまで原発が作られるのを許し、結果認めざるをえない事になったのは自分の責任です。だから理不尽な出来事とは言えない。だけどこれだけひどい仕打ちを受けて黙ったままでいることはやめました。

 僕の原発への現時点での立場を明らかにしておいた方が良いかもしれません。それは新しくは作らない。古くなったものは廃炉にしていく。最終的に段階的に全て廃止し脱原発。電気量が減って今と同じような暮らしが出来ないならそのレベルでやっていく。というものです。
 それとは別に大きな余震が続く可能性のある東北では緊急避難的に原発をすぐに停止を要望。今月7日の東日本大震災の余震ですら宮城県の女川原発は耐震設計の想定を超える揺れで外部電源が一部遮断している。大きな余震が数年間、続くのがわかっているのに平気で綱渡りを続ける意味がわからない。1年とか2年とか期間を区切りその期間が過ぎたら原発の是非はおいといて電源を再度入れても良いからとにかくまず緊急避難的に停止すべきだと考えます。ただでさえ制御不能な原発を抱えているのにひとつでもふえるのは大きな負担になるのは明白。少なくとも今、東北の原発は地震でも安全ですよと言われても信用するのは無理。

 これをエントリーしようとしたらいつもこのブログを見てるよ、という仙台の女性から電話。私も同じ考えだよ、と言われ勇気づけられた。嬉しかった。原発から100kmの距離があるからか仙台の人たちと話をすると地震や津波の話は共感して話が出来るけれど放射線の話になると楽観的な方が多く気持ちが全然違う。東電の金にものを言わせての広告やプロパガンダが成功しているのか、お前何言ってんの?というムードに包まれる。それ以来個人的に放射線の話はあまりしないようにしていた。だから余計勇気づけられました。「ありがとうございます。今度、仙台に会いに行きます。お茶しましょ・笑」

【2011/04/19:追記】
角田市の隣の丸森町は有志がすでに要望書を出したそうです。
また同様の行動をされている方がいらっしゃいましたので情報を載せておきます。

【2011/04/19:さらに追記】
今日、文部科学省からの発表
福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について
3.8μSv/hって。文部省は子供を守るためにあるんじゃないのか。

2011年4月14日

東日本大震災&福島原発関係リンク集その3

 家の近くの桜も少しずつ咲き始めた。春だ。東北の春は寒い冬を越えて迎えるから雑草の小さな花が咲くのを見るだけでも幸せを感じるものだ。そんな小春日和に愛犬小春と散歩に出かけると気をつけないとすぐ100枚、200枚と写真を撮ってしまうものだけど気が付けばずっと全然写真を撮っていない。毎日、空気を吸ったり食べたりするように写真を撮っていたのに。原発事故のせいだ。外出するとき完全防備だから、というのではなくてそういう「気持ち」がおこらない。桜の小さな花を見ても。ヤられてるな。
 また、気になった原発関連のリンクをリストアップしておきます。

東日本大震災&福島原発関係リンク集(その1)
東日本大震災&福島原発関係リンク集(その2)

 原発だからって、放射線が出てるからってじたばたするのはかっこ悪いと思っていた。なんだかんだ言ったって、生きてるなら生きてくしかないんだから、と。だから最初は放射線のことも見てみないふりしていた。だけどじたばたしない、ということは現状を認めるということ。安全神話を信じ地震の多発する日本に、しかも津波の危険のある海岸にたくさんの原子力発電所の建設することを肯定することになる(選挙で投票しないで政治に文句を言ってるだけみたいに)。見てみないふりをしたら将来、また同じような災禍が起きたら同じように文句を言うだけになってしまう。ただの繰り返し。それでも死とか甚大な被害じゃなくて繰り返せるならいいけど。僕は文句を言いたい訳ではない。放射線に怯える毎日が嫌なんだ。身に染みて本当に嫌だ。こんな思いをしなくてすむなら文句なんて言わない。だから、じたばたはすることにした。この間もジャーナリストが各地を取材している時に、ガイガーカウンターが振れているのに何の対策もしていない女の子達がファミリーレストランで普通に食事していて驚いたと書いていた。見てみないふりしてるんだなぁ。日本人は我慢強いと今回の災害で驚嘆されているけどこーゆーところにその力を発揮するのはまずいのでは。(僕は今、車には最悪の場合を考えていつも携行缶にガソリンと水とマットと寝袋を積んでます。そしてこれだけ持っていくというデイパックを僕とカミさんのふたつを階段においてある。じたばたしてます)

 最後にこのリンクは是非読んでもらいたい。

戦争責任者の問題(伊丹万作)

 ひとつ前の(2011/04/10)エントリー

原発が安全だという話を信用したのも、原発を着々と進めてきた自民党の政治を許したのも、地震、津波、原発の問題が起こったときに問題を悪化させるようにしか対処できない民主党の政治を許したのも俺だ。原発の本当の情報が知らされなかったとか、その政党に投票していないとか言い訳は出来ない。現に今こうなんだから。こんなにひどい事になっているんだから。ひどい事に巻き込まれているんだから。自分に責任がある。くそう。被災者に服を贈るだけじゃなくてやらなきゃいけない事がある。
と書いた。気をつけないと意識と思想をちゃんともたないと人のせいどころか加害者にすらなってしまうかもしれない。ちなみに伊丹万作の文章は先日僕もエントリーした斉藤和義の♪ずっとウソだった、に対して"「騙された」とか歌って喜んでる斉藤和義と信者はこれ読めよマジで"と紹介されたりしているけど、斉藤和義は騙されたと人のせいにしている訳ではないだろうし、やっぱりリスクを負ってでもやらないではいられなかった「行動」を個人的には評価する。何をやったって安全圏から非難する人はいるんだから。

東日本大震災&福島原発関係リンク集(その1)
東日本大震災&福島原発関係リンク集(その2)

2011年4月10日

東日本大震災&福島原発関係リンク集その2

 3/30、3/31にエントリーした東日本大震災&福島原発関係リンク集にまた少し気になったページを追加しておきます。出先でも見られるようにと思って個人的にエントリーしたけど便利に使わせてもらっているという話を聞いたので。
東日本大震災&福島原発関係リンク集(その1)

東日本大震災&福島原発関係リンク集(その1)はこちら

 おととい貼ったものの別バージョンを。♪斉藤和義 ずっと好きだった〜ずっとウソだった♪

 こーゆーの見ちゃうと「君はひとりじゃない。僕らがいつもそばにいる。」とか言ってる人たちの言葉に何の意味も感じられなくなる。(そばにいないじゃん)かっこいい言葉をきれいなライトの中でつぶやいて帰れば温かな家と食事が待ってるんでしょ?失ったものは無いし失うものも無いでしょ?ボランティアでやってるんじゃないだろうし(相当ヤられてるな、俺。ひどい言い方だ)それにひきかえ何かを失うであろう覚悟で歌われたこの音楽。同じように何かを失った人にも届いて欲しいと願う。斉藤和義さんの失うものが少なくて済む事も心から願う。

 「一緒にがんばろう」とか言ってる人を偽善者と言いたい訳じゃない。原発が安全だという話を信用したのも、原発を着々と進めてきた自民党の政治を許したのも、地震、津波、原発の問題が起こったときに問題を悪化させるようにしか対処できない民主党の政治を許したのも俺だ。原発の本当の情報が知らされなかったとか、その政党に投票していないとか言い訳は出来ない。現に今こうなんだから。こんなにひどい事になっているんだから。ひどい事に巻き込まれているんだから。自分に責任がある。くそう。被災者に服を贈るだけじゃなくてやらなきゃいけない事がある。

2011年4月 9日

また断水

 愛犬小春との昼の散歩。僕は(友だちは知ってるけど)よっぽど大雨じゃないと傘をささない。めんどくさいからだけなんだけど。小春との昼の散歩も小雨なら防水のコンパクトデジカメだけもっていつも濡れねずみだった。だけどさすがに放射性物質の雨に濡れ放題にはならないよ。安全だと言ってる国を信用してないから。
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 田んぼのあぜ道のあちこちにある亀裂は日を追うごとに深くなっている。きっと余震のせいだ。

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 おとといも夜の11時30分を過ぎた頃に大きな余震。東日本大震災が無ければ名前が付いたと思う余震と言うにはあまりにも大きな地震。宮城県は震度6強の揺れに襲われた。(僕の住んでいる角田市は震度5弱)すぐに停電。断水。もう強い地震に慣れてしまっているので淡々と電池のランタンのスイッチを入れバックアップ電源の電源の元、作業中だったコンピューターの仕事を「保存」してMacを落とした。
 元々は東北電力のせいでMacが壊され導入したバックアップ電源はその後、もう何回実力を発揮してくれただろう。充分元をとりました
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 東日本大震災から我が家はまだ警戒を解除していないので落ちそうなものは全て床に置いてあるし明かりの準備も万端。ガソリンと電池のランタンでその夜を過ごた。翌日の昼過ぎに電気は復旧したけどまた水道は断水です。余震や停電は覚悟していたけど先の見えない再度の断水は考えていなかったなぁ。

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 今回は復旧のめどがたっておりませんという広報が回覧板で届いた。復旧のめどがたたないのはとても残念。(だって消耗するんだよ、本当に)だけど何とかやっていくしかない。それよりすぐにお知らせとして各戸に配布して正しい情報を流してくれている役所の方々に感謝します。

それにしても。
停電飽きた。断水飽きた。地震飽きました。

2011年4月 8日

ずっとウソだった原発の安全神話


 惚れ直した、斉藤和義。

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2011年4月 6日

守山駐屯地

 仙台へ向かう国道で多くの自衛隊の車に行き交う。今日であった多くの自衛隊の車はみんな「愛知県名古屋市守山駐屯地」という旗を掲げていた。東日本大震災の復興支援で駆けつけてくれたのだろう。近くに陸上自衛隊船岡駐屯地があるのでそこを拠点にして。
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 愛知県は母親の故郷。僕を生むために母が故郷に戻っていたので僕も生まれたのは愛知県だ。記憶にはないけど小さい頃、守山駐屯地の近くに住んだ事もあると母に聞いた。仕事というのは簡単。だけど仕事を超えた気持ちで地獄のような現場で仕事をしている姿にニュースなどで接している。すれ違うときに思わず(ありがとうございますと)頭を下げる。向こうからは見えていないだろうけど。

2011年4月 2日

コンビーフ

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 我が家のグランドピアノがストッパーごと4cm強、南に動いていた事に気が付いた。どうやら我が家は南北に揺れていたようだ。だからオーブントースターも南に落ちたし天井までの高い作り付けの本棚の大量の本は東に向いていたので1冊も落ちなかったのか。(白い輪は元の位置を写真に書いたもの)

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 我が家には今、友人知人親戚の援助物資でいつもよりいろんな食材がある。(ありがとうございます。今日は沖縄のOさんから久米島の水を始め缶詰などをいただいた。)コンビーフは普段、全く買わないし食べない素材。ネットで調べてジャガイモと一緒に炒めておつまみに。

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 僕らの夕食が終わるのを待つ愛犬小春。1階への階段の前には急に避難する事になったときに持って逃げるカミさんと僕のデイパック。

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 夕食が終わると小春はいつもはカミさんから1日の最後のおやつ、ヨーグルトをもらえる。だけど今スーパーの乳製品の棚は空。ヨーグルトは無い。乾き物で我慢してもらう。今日、気仙沼の海を漂流する屋根の上で地震から3週間ぶりに助けられた犬がいた。小春よ、もう少しだけ我慢しておくれ。

 ところで。IAEAが飯舘村の放射性ヨウ素を調べた結果3/31には2000万ベクレルで避難レベルと言っていたのが、昨日4/1は700万ベクレルと発表。これに限らず、なんでいろんな調査の結果が数日後に実はもっと低い数値でしたと決まって下向きに訂正されるのか? それが真実だとしても連日のその発表の仕方は精神には悪い。今日も、電話で「危ないの?危なくないんでしょ?」と言われうまく会話を続けられなかった。政府の安全情報は確実に多くの人に受け入れられてる(悲)。海外の友人からはすぐにでも避難した方が良いとメールをもらっているけど、もちろんこれからもこの土地で暮らしていきたいと思っている。だけど耳に痛い聞きたくない情報を聞かなかった事にして安全だという情報だけを選び取っていっても何の救いにもならない。万が一、急に最悪の事態を迎えたときに一時的にでも避難出来るようにガソリンは満タンを心がけ車には寝袋を積みっぱなしにもしている。無事、望み通り避難命令が出るような事態を避けられ、ここで暮らしていける事になっても今、設備が壊れた状態で綱渡りを続けている福島原発が今後、廃炉になるとしても作業が完了するのは僕が死んだ後の事だろう。死ぬまでこの暗くて重い雲の下にいるような感覚の中で生きていかなくてはいけないということだ。僕も認めたくない情報から目をそむけるために砂の中に頭を突っ込んでしまいたくなるけど(昨日、今年でジャーナリストの無期限活動休止を表明した上杉隆の緊急インタビューから)これは逃れられない現実だ。その事実にやられそうになる。

2011年3月31日

東日本大震災&福島原発関係リンク集

 昨日のエントリーの後、知ったサイトやリストアップしていなかったサイトを追加して改めてリンク集をまとめました。昨日のリンク集も末尾に再掲載してこのエントリーから一覧できるようにしました。

以下、2011/03/30のエントリーのリンク集を再掲

2011年3月30日

自然を汚すな

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 地震とその後にやってきた津波の被害は甚大だ。阪神淡路大震災の時は家屋と共に残った思い出も少なからずあっただろう。だけど今回、津波に襲われた地域は本当にもう何もかも、根こそぎ、全てを持って行かれた。僕も周りの人たちから「本当に持って来られたのは命だけです」という言葉を何度か聞いた。心が痛い。それでも人々は前を向き始めている。そしてきっと前より少しだけたくましくなって、また笑う日が来るだろう、と信じていた。
 そんな気持ちをあざ笑うかのように、あの日以来、僕らは毎日少しづつボディーにパンチを打たれ続けている。福島原子力発電所の事故というパンチに。事故だけでなくそれを取り巻く人たちの考えや言葉にやられている。
 大スポンサーである電力会社に気を遣うテレビ局からは今日も専門家が「特に健康に問題を及ぼす事はありません」と繰り返している。Spitzのマサムネならずとも発狂しそうだ。怒りは当然、「原発?なんとなくいやだなぁ」で済ませてきた自分にも向けられている。
 「専門家」によって絶対に安全だからと全国に作られ今も計画が進められている原子力発電所。「想定外」の地震と津波で電力が仕事の会社の「電力設備」が真っ先に壊れるという悪魔の笑い話で冷却が出来ず今も深刻な自体に陥ったまま。(ただし「専門家」にとって今回の事態は想定外でも何でもなく予想通りだったから驚く事もなく淡々とテレビで解説しているという指摘もある)僕は「専門家」というのは素人には考える事が難しい「想定外」の事を考えられるから「専門家」なのだと思っていたがどうやらそうではなかったようだ。だけど想定外の事が起こったときに「想定外でした」と言っていいなら僕にも専門家がつとまる。さらには「想定外」度をアップしてこれでは仕方がなかった、ということにしたいのかマグニチュードさえM8.4からM9に引き上げられた。「想定外」の事に思いを巡らす「専門家」がいなかった悲劇、天災なら怒りを持っていく先はないから最後はあきらめて再び立ち上がるしかない。だけどこれは人災だ。だから怒りを押さえるのが難しいし、きちんと対処すればこんなにひどくなる事はなかったという思いに負けてうなだれ発狂しそうになる。車の中でひとりの時に汚い言葉で叫んでいる自分に驚いたりする。悲しくなる。汚い言葉を口にすると幸せは逃げていく。こんな時こそ言葉を大切に使わなくてはいけないのに。

国と東京電力は、郡山市民、福島県民の命を第一とし、原発「廃炉」を前提に対応しているものと考えておりましたが、国・東京電力は、今後の産業・経済を優先し、「廃炉」を前提としたアメリカ合衆国からの支援を断ったことは言語道断であります。
(原 正夫 郡山市長の原発事故に対する記者会見 より)
 地震でも奇跡的に何も失わないで済んだ、と思っていた僕は馬鹿だった。すでにたくさんのものを失っていた。そしてこれからも失うだろう。これからこの土地で作られる農産物をお前は口にするのかしないのかという踏み絵を踏まされる日が待っているかもしれない。そんなのはまだいい方なのかもしれない。原発が爆発して放射性物質だらけになってもこの土地で生きていけるのだろうか(ここで生きていきたい)。Flickrなどで知り合って交流していた海外の友人達からは地震の後、多くの励ましをもらった。そしてそれは今、すぐに避難すべきだという助言に変わっている。僕の住んでいる宮城県角田市は福島原子力発電所から約65kmくらい。日本政府の発表によれば「安全」だという。一方、友人からは「専門家は原発から100km圏以内の人間はすぐに退避しろと伝えています。tamaki、恥じる事はない、すぐに避難して」というメールが今またカリフォルニアから届いた。戦争に突入するときのかつての日本の国は嘘で固めた大本営発表を繰り返し、新聞ラジオといったメディアも追随しそれに反論する人間を非国民として弾圧していた。今、僕は何を信じたらいいのだろう。
 今回の原発が無事に終息するのか最悪の結果を迎えるのかわからない。だけど原発以後の世界を生きる事になったならその時、僕らには前向きに「退化」する覚悟が必要なのではというタニシさんの言葉に深く共感している。我が家の居間の照明は家が完成した時にお世話になった方々を呼んでささやかなパーティーをしたとき以外ほとんど点灯した事が無い。たまにお客さんが来たときだけ。僕らだけの時は食卓の上だけとかスポットで照明して基本的に暗い家だ。だからと言って都会の人に薪でご飯を炊けなんて言う気は無い。いらない照明を消すだけだって前向きな「退化」なんだと思う。

 以下、大震災&原発フォルダにどんどん放り込んでおいたウェブサイトのリンクをどこからでも見られるようにリストアップしておく。願わくばこのリンクリストを避難先から見る日が来ませんように(祈)。(僕はネットサーフィンが苦手です。以下のほとんどは人づてかたまたま見かけたサイトやブログです。自分なりの評価も定まっていないサイトもあります。ここもチェックしておいた方がいいよ、というサイトを知っている友人知人からの情報は大歓迎です)

 なお平井憲夫さんのサイトについては、原子力推進派によるプロパガンダが今、激しく行われています。「捏造された記事」だと。文章をブログに転載した知り合いのところには、すぐに訂正依頼のメールが届いた。この件に関しては評論家の宮台真司氏が「(平井さんの文章は)悪いシナリオが進んでいます。僕や周辺は、既に想定していた展開ですので様々な問題は対処済みです。出来る限り多くの方が事態の展開を想定内とし得るようツイートを続けてきました。想定と言えば僕の親しい友人の親しい友人が書いた文章です。」とツイートしてくれました。僕は宮台氏の著作や発言は以前から積極的にフォローして信頼しているのでこの件も個人的には信用する事にしています。ただ敵も多い宮台氏のことだから苦々しく思っている人もいるかもしれません。
 なお、ここで平井さんのサイトを信用していることを表明している僕への原子力推進派からの反論は受け付けません。特に原子力発電所は地方に作ってもらって自分はそこから遠く離れて住んでメリットだけを享受し理想論を語っている方々のものは。ただし、福島県に家族で引っ越し、その土地で暮らし空気を吸い水を飲み野菜を食べ、その上でリスクと(二酸化炭素を排出量が少ないから温暖化対策に貢献するはず等の)メリットの両方を考えている方からの反論の場合その限りではありません。

※冒頭の写真は夏に撮った家の裏の田んぼの風景。これからはこの写真を撮った時と同じような気持ちで見る事ができなくなるのだろうか。緑にあふれた空気を胸一杯に吸い込む幸せはもう味わう事ができないのだろうか。加工する前のそのままの写真もアップしておきます。クリックで拡大します。
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無邪気に「手を止めてふと見上げた空にうろこ雲。この世は美しい」とツイートし写真を撮る事ができた、淡々とした何気ない日々を返してください。飯舘村の素晴らしいキャンプ場も。

2011年3月28日

スパムメール

 3月11日に発生した大地震に巻き込まれた僕はずっと携帯が(おそらく停電のために)圏外表示になり僕からも親からも友人知人からも安否の確認ができなかった。何とか連絡をとろうとしていたため節約していたけど携帯の電池が残り少なくなっていた。7日目に停電が復旧して圏外表示がやっとアンテナ3本に変わったのでメールの受信をした。心配していただいた多くの方からのメールと共に60通以上のスパム(迷惑メール)が混ざっていた。普段からスパムメールは拒否リストに振り分けしていたにもかかわらずだ。僕は被害の無かった自宅だったからまだいいとして建物に閉じ込められたり水の迫る地域で最後のたったひとつの外界との接点となった被災者の携帯にも同様にスパムが送らつけられただろう。悪意のある業者が人道的見地で被災者にだけは送らないように努力するなど考えられない。被災者のかろうじて電波が届き少ない電源で連絡を試みている携帯であろうとお構いなしにスパムを送りつけ確実に電力を奪っていっただろう。それにより被災者の命を削ったかもしれない。地震が起きる以前に組んだプログラムで一斉送信するようになっているから仕方が無い、と言う事はありえない。僕の所に来たスパムの中のひとつはこれだ。
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 「地震大丈夫だった!?怖かったよぉ」地震の後にそれをネタにつくられている。なんという悪意。そして今も被災者に対してこんなスパムが送り続けられているはずだ。
 電話会社はスパムであろうとメールを受信さえしてもらえばどんどん受信料を徴収できるから根本的な対策をとることは期待できないんだろうけど、もう少し効果的な対策がとれないものだろうか。GmailやMacOSXのmailが素晴らしくスパムを振り分けてくれるように。ただでさえ一番必要な時に繋がらないのをみんなぐっと我慢しているんだから。

2011年3月26日

生涯、最高のお店

 朝5時30分に起きて車で30分の隣町のガソリンスタンドへ。ツイッターなどの情報だと僕の住んでいる地域は何時間も並んだのに買えなかったという情報も。少し遠いけど確実に買える宇佐美に今日も並ぶ。(名古屋が本社の宇佐美は大地震1週間後にすぐ1億円を寄付したのを始め、一切値上げもしないで対応も素晴らしい。(便乗値上げして高値で尊大な態度でわずかな量だけを売っているGSも多い)若いスタッフもこんな状況なのにみんな笑顔を心がけて一生懸命働いている。頭が下がるので感謝を込めて明記しておく)早朝に起きてでもガソリンを買ったのはどうしても会いに行きたい人がいたから。5時間並んで容量制限の20Lが入ったので面川さんの米や水などを積んで出かける。愛犬小春は東日本大震災のトラウマで余震におびえ留守番が難しくなっているのでカミさんと一緒にふたりと一匹で出発。

 ここで少し別の話を。僕とカミさんはパスタとピッツァが大好きで美味しいという評判を聞くとすぐ食べに行きたくなる。宮城に越してきてからも仙台に行く用事がある度にいろいろ入って見たけど僕らに合うお店を見つける事ができなかった。4年前の夏、海辺のお店のチラシが入ったので特に期待もせず行ってみた。
それが、‪dining cafe SANTA FE‬ との出会い。オーナーシェフ夫妻がふたりでやっているお店。
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 そこで出会ったクリームチーズパスタにノックアウトされた。今まで食べたパスタの中で一番おいしかった。これはクリームチーズのパスタなんていう単純なものではなく直輸入の数種類のチーズを贅沢に使ったクリーミーなチーズのパスタ。あまりにおいしく会計の時に「今までに食べた中で一番です!」と言うと「和の要素を隠し味で加えてあるんですよ、私達は日本人ですからね」と言われた、にくい。絶品。(教えてもらっても全然「和」が何か解らないけど)ピッツァもおふたりの作るトマトソースや生地が最高。月に一度の贅沢で通うのが楽しみになって、いつの頃からか(大体、いつも僕らが最後の客になる時間に行っていたので)食後に(僕らと同じ都会からのIターン組の)シェフ夫妻と4人でおしゃべるするようになった。とうにかくもう僕らにとって最高のお店だ。
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 ただ、今そのお店を「最高のお店だ」とはもう書けない。大震災があった今となっては「最高のお店だった」

 その時(大地震)旦那さんはお店の倒れそうになるものを手で押さえていた。隣の家の人が「避難しろ!」と叫んで走っていったので中学校へ避難したのだそうだ。避難した後すぐ校庭に津波が来たそうだ。その時、奥さんは仙台泉駅につくったスイーツに特化したお店に向かうところだった。急いでお店に戻る中、携帯に入った「学校にいる」のメールで避難所へ。ふたつめの避難所で無事出会えたおふたりはそれからの2日間を水も食料も無く、夜は毛布もなく冷たい学校の床で過ごした後、自衛隊のヘリで救出されたという。

 今、仙台近くの息子さんのマンションに避難していると言うので車を走らせると道路まで降りてきてくれていたふたりの姿を見つけ思わず握手する僕、ハグするカミさん。旦那さんは「もしあの時カミさんもお店にいたら積めるものだけでも車に乗せようとして海に持って行かれていたはずだ」心ある友人に現地に連れて行ってもらったがお店も自宅も跡形もなかった。現状は0ではなくて高級材料の買い付けなどで支払ったお金もあり大きなマイナスの地点にいる。持って来られたのは「命」だけ。全て失った、と。
 でも生きていてくれて良かった、と僕は思った。「どんな形になるかわからないけどまたやるから。冷凍して真空パックにして送ってあげる事だってできるんだから」「もしどこか別の所に行ったとしても住所を教えるから。もうお客さんと言うより友だちなんだから」こんな状況にもかかわらず、いつもの食後のおしゃべりのようにまた、ふたりから元気をもらってしまった。ただいつものお店ではなく僕の軽の1BOXの石彫りおんぼろ号の車にぎゅうぎゅう詰めになりながらだったのが本当に残念。(小春の毛だらけにしてしまってごめんなさい)

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 焼き菓子を買って帰ったときの箱。お店の電飾や飾ってあった絵、スイーツの入れ物にまで繊細なデザインのこだわりをもっていた。

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 焼き菓子の箱に付いていたリボンは今小春の首輪につけてます。

 最高のお店だった SANTA FE のメモリアルショットを少しだけ貼っておく(涙)




 何度も遠出は出来ないので仙台までもう少し足を伸ばして、大地震当日カミさんがレッスンを受けていた先生のお宅へ。ガスは止まったまま、水はやっとさっき来たばかりだという。お米など置いて帰る。

 お世話になっているお友達の造園家のお宅へ。やっと昨日、水がきたそうだ。ただ台に乗った庭いっぱいの盆栽が全て無事という奇跡。今回の地震で壊れた唯一のモノは買っていただいた僕の石のらせんの一輪挿し。倒れて折れてしまったのだそうだ。。。

福島原発の「廃炉」を求める有志の会

福島原発の「廃炉」を求める有志の会
からpdfファイルをダウンロードして緊急署名した。個人で始められたようで頭が下がります。
サイトから抜粋

呼びかけ

緊急署名を呼びかけます。

郡山市長の要請を積極的に受けとめ、ただちに福島原発10基の「廃炉」を決めてください。
3月19日の午後、原正夫郡山市長が「廃炉」を訴えたことを、重要な契機として生かさなければ、と思います。 もう一つは、刻々、ヒバクの恐怖が、私たち市民にも襲ってくるかもしれないとき、今までヒバクを前提として動かされていた原発に、多くの関心を寄せなければ、と思います。

ぜひぜひ、この署名を広めるために、ご協力下さい。

※"原正夫郡山市長が「廃炉」を訴えた"という文章に関連記事のリンクをかけました

2011年3月22日

押し送りと戦友とお風呂と清志郎

 本当に僕らは大丈夫。何もいらないと言っているのに、両親から食料などがぎゅうぎゅうに入った箱が届く。押し売りならぬ押し送り。本当に親というものは。ありがたい。
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 電話して「ビールが入っていないじゃないか!」と(礼を)言う。

 ガソリンが入って少し動けるようになったので夕方、ベコ飼いのお友達の家に顔を見に行く。友だちの無事な顔を見るだけでなんでこんなに元気がでるんだろう。きっと僕らは友だちという関係に加え、同じ恐い思いをし、大変な思いをし、これから頑張っていかなければいけない「戦友」のような関係にもなったからなんだろうと思う。知らない人に対してさえ、3.11の地震を経験した人たちになんとなくそんな思いを感じている。(もちろん復興のためにわざわざ他県から来て活動していただいている多くの方々にも)

 大地震から11日目。古くなった飲料水や近所のおばあさん家の井戸の水をいただいたり、石屋さんのところでもらった水などこつこつ貯めてきてとうとうお湯を沸かせるラインを超えた。11日振りに風呂った。幸せ。

 タニシさんのブログで。清志郎って本当にかっこいい(としか言えない自分がイヤだけど好きすぎてうまく言葉を見つけられない)。(ロックや忌野清志郎に興味がない人も福島原発のことを考えているなら一度再生してみて)

2011年3月20日

記録:東日本大震災

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東日本大震災(東北関東大震災)から10日。一区切りとして震災当日からの生活を記録しておく。

 その前に。 お百姓さんの年間のスケジュールは人間の都合ではなくて自然の気候や天気と相談して決める。そうやって仕事をするのは当たり前の話。ところが。百姓が仕事をしていると「みんな震災で苦しんでるのに、農作業をしている人がいる」と苦言がよこされているという。米や作物はパソコンで入力してすぐプリントアウトするように出来る訳ではない。何週間も何ヶ月も前から淡々と着々と仕事を続けた結果得られるものだ。みんながこの大震災から立ち直ろうとしているのは一緒。緊急の事態だからまずは寝て食べて起きることをするだけで大変な人も多いし今はそれこそが大事な「仕事」だ。だけどもう少し後には復興に向けて働いていかなくてはいけない。食べなくてはいけない。その時のためにお百姓さんは今働いている。
 この話を始め、お酒を飲みに行くのは不謹慎とか、異様な異常な自粛ムードが漂っている。お百姓さんが今みんな自粛したらこれから復興と言う時、食べるものないからね。被災した人は今でも大変な生活を送っている。それを全力で支援する事と自粛は関係無い。被災地が全て復興するまでみんなが喪に服していたら何も前に進まない。被災しなかった人が被災者の目の前で酒を飲むのは自粛すべきだけど東北以外の人たちはいつものように働いていつものようにお酒を飲めばいい。歌のうまい人は歌で元気づけて欲しいし、お百姓さんはみんなが食べられる米や野菜を作って欲しい。お金持ちはどんどんお金を使って欲しい。(出来たら東北のモノもお願い)歌の下手な僕に歌を歌う役割は無理だから、自分が出来る事を少しでもひとつづつやっていくしかない。

 避難所にすら行けず孤立して被災している方が食べるものも食べられない現実にある時に、普通に食べて温かく寝る事ができたこの10日間の生活を記録する事に意味があるのかとも考えましたが今までも日々を淡々と記録してきたこのブログ。いつもと同じような気持ちで震災からの10日間の一部をここに記録して個人的に震災に一区切りをつけることにしました。(見るという方は「続きを読む」をクリックしてください。写真をクリックするとテキストも表示されます。テキストが表示されない場合は完全にページの読み込みが終了するまで待ってから写真をクリックしてみてください。写真の左右をクリックする事で先に進んだり戻ったり出来ます。Google ChromeやFirefox等ブラウザや設定では文章が読めない場合があります。その時は写真の上にマウスを置いていただくと文章がポップアップします)

 改めて今、被災している多くの方々の日々が一日も早く「普通」の幸せに戻る事を願います。

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2011年3月18日

地震の夜の仙台の星

 地震の後、家に戻って愛犬小春が無事なのを確認して割れてしまったワイングラスだけ片付け、歌のレッスンのため仙台に行って取り残されたカミさんを小春と共に車で迎えに行った。たまたまもらったばかりのカーナビに住所を入力して無事にカミさんと再会する事ができた。普通なら40分の道のりに4時間を費やしていたけど。その時、信号を始め全ての照明が落ちている仙台で見上げた空には信じられないほどたくさんの星が光輝いていた。とても美しかった。

prayforjapan.jp

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危機的状況の中の希望
(村上龍のニューヨーク・タイムズへの寄稿文)

Amid Shortages, a Surplus of Hope(上記原文)

2011年3月17日

多謝!

 今朝、電気が復旧しました。水道はΦ70cmの太い管がやられたので早期の復旧は難しいようですが我が家の被害はワイングラスなど3つと僕の石の彫刻のいくつかが倒れて角が少しかけたくらいで今回の被害の甚大さを思えば無傷です。いまだ劣悪な環境で避難所生活をされている方々や救助を待っている孤立した地域の方々、救助を待っている方々の状況が少しでも良くなりますように。
 今日は1日かけてカミさんの車と僕の車用に20Lずつのガソリンを買う事ができて今、帰ったところです。これでしばらくは給水所へ行くのもガソリンの心配をしないで行くことができます。さっき被災6日目にして始めて震災のニュースをテレビで見ました。そしてこのブログも。皆さんの温かい心に触れて胸がいっぱいになっています。本当にありがとうございます。
 すぐ皆さんに返信しようと思ったのですがエンジンを切って暖房もできない車中で丸1日並んで風邪をひいたようです。それに今は避難所で苦しい生活をしている人がまだまだたくさん。「節電」が大事です。とりあえずこれだけ書いて今日は電源を落とします。落ち着いてから改めておひとりお一人にご連絡します。
 みなさん、本当に多謝!多謝!です。

   どうもありがとう。

2011年3月16日

陸の孤島

多くの皆様にご心配いただいているようで申し訳ありません。そしてありがとうございます。我が家はほとんど被害はありませんでした。妹に勧められて始めたキャンプでの経験やアウトドアの道具のおかげでライフラインは未だに全滅ですが淡々と生活しています。ただ中東の紛争のあおりでガソリンが朝と昼で値上がりする現状でいつものような満タン買いを控え2000円ずつ買っていたためにほとんど空の状態で地震を迎えてしまいました。その後仙台に取り残されたカミさんを6時間かかって迎えに行って無事に再会できましたがガソリンは無くなってしまいました。昨日カミさんのわずかにガソリンの残る車で近くの街までガソリンを買いに行く最後の賭けに出ましたが、もう少しのところで打ち切られました。現在、市内近くのガソリンスタンドは空か緊急車両と災害援助の車だけにガソリンが供給されています。なので身動きがとれません。車が無いと給水所にすら行けない。
昨日ガソリンは買えなかったけどずっと圏外だった携帯のアンテナが立ってくれたので両親や妹にメールしました。(電話は駄目だった)という訳で心配していただいて携帯メールやPCメール、伝言ダイヤルや留守番電話などにメッセージいただいていてる様なのにお返し出来ずにごめんなさい。このブログも携帯から投稿してますが自分ではまだ見ることが出来ていません。ネットもテレビも駄目なので当事者ではあるけれどラジオ以外の情報から取り残されている状況なのです。復旧したらそれぞれ連絡させていただきますが、こんな状況なので近くに連絡がとれず心配している方がいたら元気でやってると伝えてもらえるとありがたいです。
地震やその後の福島原発の事故の影響で関東を始め広い地域で困難な事態が発生しているようですがここはひとつ頼りにならない政治家は置いておいて(文句言うだけ無駄だから)皆で力を合わせて出来ることを少しでもやっていきましょう!
こーゆー時こそ「オール・ジャパン」という言葉を使いたい(笑)

※これを携帯から投稿するために自転車でアンテナの立つところまで数十分かけて走って来ました。投稿ができたら最小限の連絡だけとって帰ります。

2011年3月15日

大地震

電話も携帯もメールもネットも電気も水道も道路もガソリンも駄目だけど生きてます。カミさんも小春も大丈夫です。(何十回めの挑戦だろう。モブログで投稿してみる)