カミさんに届いた京都の親戚からの年賀状。
なにが悲しいって、放射能の問題に対する考え方が近しい人の間で違っていたら、こんな悲劇はない、と思う。どれだけの家族を放射能が引き裂いたか。それだけでもこの国にとって原発があることは大きなマイナスだと思う。
僕が個人的にとても救われたのは、夫婦で、親子で、親戚と、友人と、多くの人とこの問題に関する思いや価値観を共有することが出来たこと。
カミさんも、東京に暮らす僕の母親もレンコンが大好物だったけど数ヶ月の間、食べることが出来なかった。気にしなければスーパーにいくらでも売っている。でも国内第2位の生産量を誇る徳島県のモノを取り寄せることができるまでどちらの家族も食べなかった。東京で暮らす親とさえ思いを共有出来るのは幸せな事。京都の親戚とも深く手を結べるなんて。
放射能の影響を調べるために子どもの尿検査をしてくれているフランスの団体があって、原発事故の後、市内の子供たちからも何人か検体を集めて検査をしていただいた。結果は見事に別れた。地元のものでも食べたいものは何でも食べてる家の子どもの尿からは3Bqを超えるセシウムが検出された。給食の牛乳も飲ませず可能な限り放射線の影響から、子どもの健康を守ろうと必死で努力していたお母さんの子どもからは検出限界値以下、検出されなかった。
この話には続きがあって、セシウムが検出されてしまった子の家では家族会議を開いて、おじいちゃん、おばあちゃんも現実を見つめ直し、家庭菜園の野菜を食べろ食べろと言って何でも食べさせていたけど、この子の健康を守る、その一点を目標に家族みんなで頑張ろうという事になったという。この検査を実施している方の話でも「気付いて」「変える」事が大事。放射能という見えないものを測定結果という見えるものとして、示すことで生活を変える、実際それで3ヶ月後には結果が変わってくるという。
「家族みんなで放射能の被害は無いことにして、今までと同じく楽しくやっていこう」という考え方で一致して暮らす、という幸せの選択肢もあるのかもしれない。僕にはわからないけど。
そうは言っても僕だって、友人だと思っていた人の中には、それまで僕が知っていたその人とは違う2chでよくみるような汚い言葉でメッセージをくれたのが最後で音信不通になってしまった人がいない訳ではい。きっとその人なりの思いがあるのだろう。残念だけど。
正しいとか正しくないとか、これが本当、これが嘘、とかいう議論はもう関係無い。金が絡んでいろんな嘘や捏造で原発や放射能の問題が語られているけれど、この国がこの問題で真っ二つになってしまった。原発はこの国を引き裂いた。その事自体が大きな問題だ。この問題を避けて「国」として、共同の幻想論に浸って「ひとつ」にまとまることは、きっともう、二度と出来ない。放射能がある限り。
「命」より「金」の政府や経済界、評論家は原発は他の発電システムよりコストが安いと言ってるよ。今でも。意味のある除染も、誰かを儲けさせるだけの意味のない除染も、放射能被害に対する賠償も、とにかく原発事故が起こったために加算しなくてはいけなくなった莫大なお金。そればかりか、原発を維持するために巧妙に隠されていたお金。言いたいことだけ言ってればいい評論家はそれを原発のコストに算入しないよ。何でもかんでも都合の悪いものは全部、隠して、コストを語ってるよ。どれだけ経費がかかっても全て電気代として、選択の余地のない消費者から巻き上げるシステムが出来上がっているのに。放射性廃棄物はモンゴルに持っていけば、お互いに利益があって解決とか言ってるし。まともな心のある人間じゃない。
東北の大学なんて、原発から数億のお金をもらっといて県の政策に関与して放射能の被害は考えなくていいと言ってるよ。
原発が爆発して「実際に」大地に放射能が振り撒かれた今、どうごまかそうとしたってこの「事実」だけは変らない。
原発事故前と原発事故後では「時代」が変わってしまった。もう、いままでと同じ価値観で生きることは出来ない。
まだ終わっていない!
「電気は足りてる」
「放射能は恐い」
「再稼働はやめて」
「大飯は止めて」
「福島を忘れるな!」
「生命が大事!」
「子どもらに放射能のない社会を」
・・・・・・・
東京で大阪で京都で全国四十数県で、核の恐怖のない、安全・安心の社会を創造しようとの声が、波紋の如く広がっていく。
京都では毎週金曜日の午後五時から、原発ゼロアピールの声が関電京都支店前で。
事故の後始末はまだ終わっていない。
震度五を超える地震が 1970年〜2000年の30年間でイギリスで0回、フランスで2回、ドイツで2回、日本では3954回、こんな国に原発を造ってよいのだろうか。
いまなお放射能の降り続く福島の空の下で暮らす人々のことを、
いまなお一六万人もの人が避難生活に耐えていることを、
これからずうっと身体ヘの恐怖を抱えていかなければならない人のことを、
忘れてはならない。
本当にまだ終わっていない!
元気です。毎月末金曜、この原発ゼロのスタンディングアピールに参加しています。
叔母さんにブログに掲載する許可をいただいて転載しました。