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天のしずく

映画「天のしずく」 辰巳芳子 ”いのちのスープ” を観た。

お金がいっぱいあるなら美味しい高級レストランを渡り歩いたり、美味しいものをガンガン取り寄せれば美味しいものをたくさん食べられるだろう。そうじゃなくて食いしん坊だったら、自分でも畑で野菜を作り、安く手に入る地元の新鮮な野菜を使って自分でおいしいものを作るしか無い。食いしん坊な僕は1冊のクロッキー帳に、美味しそうなレシピが載った新聞記事やチラシ、図書館で借りてきた本のコピーを何でも貼り付けたり、いろいろ書き込んだりしている。

朝日新聞で毎週火曜日に連載されていた「旬を味わう」という記事がとても面白かった。レシピの解説は数行でメインは素材のこと、その料理にまつわること、料理とは何かというような文章で読んでいてとても共感して、そのまま捨てることができず毎回、切り取って貼り付けて、時間と素材がそろえば実際に作ってもみた。そしてありふれた料理でも劇的に美味しく驚いて、毎週火曜日を待つようになった。
それが辰巳芳子さんとの個人的な出会いだ。今、スクラップを見てみたら平成8年とある。15年も前の話だ。
連載が終わってしまってがっかりしていたら1冊の本としてまとめられたのですぐに買った。今でも僕の料理本の3冊のバイブルの1冊だ。
買って、料理本としてではなくまず1冊の書物として読み返した。この本は見開きでひとつのレシピ解説になっているけど左のページはその写真で下に数行のレシピが載っているだけ。この本の醍醐味は右のページだ。思い出、物語、素材の扱いなどが語られているけれど、それは一皿の料理がまさに命を繋ぐものであることを実感させる一貫した哲学が立ち現れてくる。
辰巳芳子の旬を味わう―いのちを養う家庭料理

このブログでも何度か書いたのだけど、もしこの本を手にする機会があったら、「きゅうりもみ、ごま酢あえ」(p.52)を作ってみて欲しい。アレンジしないで本のとおりに忠実に。僕はキュウリの胡麻和えがこんなにもおいしいものだったんだと価値観が大きく変わるほどのレシピだった。そして今ではダッチオーブンでよく作るようになったラグー(野菜の煮込み)(p.58)にはこうある。

にんにくはみじん切り。たまねぎは1cmの角切り。じゃがいもは1.3cm見当の角切り。にんじん、セロリはじゃがいもの大きさの半分程度の角切り。キャベツはじゃがいもより大きめ。いんげんは軽くしたゆでして1.5cm幅に切る。

きゅうりの胡麻和えで辰巳芳子さんのすごさに接していた僕は、1回めは定規で測って切ったよ。自分流にアレンジするなんて10年早い。その通りに忠実に作った。美味しかった。当たり前だけど。それから15年。今や僕の料理の定番のひとつだ。15年の間何度も作ってそこまで大きさを指定した意味が今ならわかるような気がする。
そしてこの料理のスタートはタマネギの「蒸らし炒め」で始める。辰巳芳子ファンにとっては当たり前のこの手法、僕にとっても15年前から定番になっているのだけど今回、始めて映画の中で実際にやっているところを見ることが出来た。興奮ものだった。

自分でじゃがいもを作るとお店で売っていない小さなじゃがいもをたくさん収穫することになる。そのじゃがいもでないと作れない「新じゃがいもの丸揚げ」(p.16)というのがある。たっぷりの油でじゃがいもを煮るのだけど、火にかけた鍋に蓋をするのだ。驚いた。油で満たされた鍋を火にかけて蓋をするという発想は無かった。というかやってはいけないことだと思っていた。ふたをすることでじゃがいもの水分が出ないで保たれてふっくらした美味しい揚げじゃがいもになるのだ。そしてそのじゃがいもに塩味をつける方法の合理的なこと。油取りとまんべんなく味付けすることが出来るこのやり方に、思わず「辰巳先生すごい!」と言ったよ。(書きません、本を読んでください・笑)

それ以外にも、畑でタマネギを作ったら出来てしまう小さなタマネギではないと作れない、「新たまねぎのスープ」(p.38)も美味しかった。防腐と底味をつけるために梅干しを使う合理性。自分で畑をやっている人はこの本が1冊あれば食卓が変わる、と思う。僕は放射能を撒き散らされてもう畑はできなくなってしまったけど。

この映画は料理の映画ではない。日本人の手仕事の映画だ。命をつなぐ、ということがどういうことなのかという哲学の映画だ、と思った。

 個人的に今日、一番衝撃的だった言葉。

愛は人の中にあるんじゃなくて
人と人の間にあるのよ

 映画の中で語られるこの言葉にじんときた。

 僕は他人との関係をうまく取り結べない。他者との関係は人生のテーマであり制作のテーマでもある。他者との距離感や関係性を「すきま」ととらえ空疎ではない「すきま」とはどういう形になるのかを考えている。(参考:軽やかなダンスのためのすきま
 この短い言葉は自分が考えてきたことと、すごく重なった。この言葉に出会えただけでもこの映画を見て良かった、

直接関係はないけれど、友だちの恵さんに教えてもらった Flickr の”AT WORK in OLD JAPAN”をスライドショーで貼っておく。日本人の手仕事ってすごい。日本人の手仕事は世界に誇るべきものだと思う。特別な人だけじゃなくて市井の人の手がすごい、日本人は。キーボードチャカチャカやって金儲けだけしてる場合じゃないのだw

【2013/02/01:以下の動画追加】

たまき:

View Comments (4)

  • こんなドキュメンタリがあったんですね。ぜひ見たい。
    たまきさんが2007年に「旬を味わう」を紹介され僕も買いました。今では捨てられない一冊となっています。レシピ本という枠を超えてますよね。世にあふれるライフハックなんて言葉がこっけいに聞こえます。笑

  • マサミチさんも我慢できずに買ったとコメントもらって嬉しかったので覚えています。
    本当にいい本ですよね。台所で読んだり料理してりしてるので、5年前より更に汚れましたがきれいに本棚に飾っておくより辰巳芳子さんも喜んでくれると勝手に思ってます。・笑

    別件なのですが、年末に新作の石の彫刻を作りました。2005年!にデッサンをアップした時にマサミチさんに「エロスも感じます。」というコメントをいただいて、頭に残っていた事も影響しているかもしれません・多謝!

  • 今日、名取で観てきました。上映が2月1日まででしたので。
    この記事を読む前に、本やさんで辰巳さんの本を眺めた後だったので、観たくなり。
    いのちを感じました。

    わたしは、野菜を混ぜるときのお話しが、心に染みました。混ぜるってすごく難しいのです。

    それから、後世に伝えることは難しい、とも思っています。でも何かやらなきゃと思います。

    良い映画を教えてもらってありがとうございました。
    たまきさんのクロッキー帳もすごいですねー。

  • 野菜を混ぜるときの話が、あんな子供時代の事と結びついて話されるとは思わないですよね。だけど説得力があるし、生活とか命と結びついている辰巳芳子さんの、料理の面目躍如なエピソードだと僕も思いました。

    石神ばるばさんのていねいな手料理の写真や、話をブログで見るのも楽しんでます。時々、いただいて味わうことも・笑(ありがとうございます)

    一度でいいから辰巳芳子さんの、タマネギを蒸らし炒めした『命のスープ』を飲んでみたいけど、きっと無理だろうなぁ。

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