アナと雪の女王の八戸弁と掲載拒否

引っ越しの多い人生だったのでいろんな方言に包まれて過ごしてきた。方言、特に東北の方言が温かくてとても好き。そんな東北の方言好きにはたまらない「アナと雪の女王」

たまらん。そして昔から大好きだった中森明夫氏の「アナと雪の女王」に関するテキストがとても面白い。僕はこれで「アナと雪の女王」は充分なのでたぶん映画は観に行かないと思う。ディズニー映画はもともと観る機会が無かったし。
きっと後から何回も読み返したくなるのがわかっているので、興味を持っている人は大体読んだだろうし、出典を明記してこちらに転載しておきます。

出典は REAL-JAPAN.ORGの2014/06/17のこちらの記事

「中央公論」掲載拒否! 中森明夫の『アナと雪の女王』独自解釈

〈はじめに〉
以下の文章は「中央公論」から依頼を受けて入稿、編集部より掲載拒否を通告されたものです。本来、ゲラの段階で手を入れて完成原稿とするものですが、直しの前の入稿時のものであることをお断りします。また、映画公開から3か月を経て論壇誌に載る批評文という性格上、文中で『アナと雪の女王』のストーリーを詳しく紹介、いわゆるネタバレしています。映画を未見の方はくれぐれもご注意ください。(中森明夫)

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 『アナと雪の女王』が爆発的にヒットしている。昨年秋、全米公開され、既にアニメ映画として歴代世界トップの興行収入を塗り変えた。日本でも3月14日の公開から三か月余りで『ハリー・ポッター』を抜いて、今世紀最高の興行記録になりそうだ。  遅ればせながら、私もゴールデンウィーク明けにこの映画を観たが、正直、ショックを受けた。こんな作品だったのか!? これは大変だ。私の受けた衝撃、“大変”の意味を本稿で明かしたいと思う。

 ディズニー映画『アナと雪の女王』は、高度なCGを駆使したアニメ作品で、立体的なキャラクターたちが歌い踊るミュージカルだ。アンデルセンの童話『雪の女王』が原案だが、その内容は画然と異なる。あらすじを紹介しよう(ネタバレに注意されたい)。

 雪や氷を作る魔力を持つ王女エルサは、幼い日に妹アナと遊んでいて、魔力を制御できずアナの頭を凍らせてしまう。回復したアナは、引き換えに魔力の記憶を失う。エルサはショックを受けて閉じこもる。時を経て、エルサが王位を継ぐ宴の日、アナはハンス王子と出逢って、恋に落ちる。婚約すると言うアナと口論になったエルサは、魔力を爆発させて王国を雪と氷の世界に変える。バケモノ呼ばわりされた彼女は山奥へと逃げる。姉を探す旅に出るアナ。山男のクリストフや雪ダルマのオラフが彼女を助ける。やっと再会した姉妹だが、またケンカとなり、エルサはアナを凍らせてしまう。“真実の愛”だけがアナを溶かすことができるというのだが……。

 真実の愛=ハンス王子とのキス、という構図が浮かぶ。白雪姫から眠れる森の美女に至る古典的童話のパターンだ。ところが、ハンス王子はアナの愛を利用して王国を奪おうとする極悪人だと露見! えっ、すると山男のクリストフの愛がアナを……と思いきや、最後にアナの凍った体を溶かしたのは、なんとエルサ! そう、“真実の愛”とは“姉妹愛”だったのだ!? この結末にはびっくり仰天した。

 だって、そうでしょう。ディズニーといえば、これまで先の白雪姫や眠れる森の美女らをアニメ化して、王子様の愛こそ主人公の女性を幸福にする――という古典的童話の価値観を喧伝してきた。ディズニーランドの象徴であるシンデレラ城のシンデレラ物語だってそうだろう。それが、どうだ。王子様の価値を完全に否定したのである。『アナと雪の女王』のメッセージは明白だ。王子様なんかいらない。いや、王子様こそ極悪人だ。真実の愛とは、男女の恋愛ではなく、姉妹愛――女性同士の愛なのだ。いつかきっと王子様が……というこれまでの童話の価値観を全否定した、こんな過激なメッセージを持つ物語が、なんとディズニーアニメとして作られ、記録を塗り変える爆発的大ヒット! 世界中の子供たちが観てしまった。これは大変だ――と私が言った意味が、もうおわかりだろう。『アナと雪の女王』は世界を変革する。世界中の将来世代の意識に、強くそのメッセージは刻みこまれてしまった。

 私が驚いたのは、観客たちの反応である。新宿ピカデリーで平日夕刻の回を観たのだが、客層の7割程が女性だった。映画が終わって、館内の灯りがつくと、年配の方から子供たちまで世代の異なる女性たちが、みんな実に生き生きとした顔をしていた。映画館でこんな晴れやかに瞳を輝かせる女たちの顔を見たのは、初めてだ。対照的にカップルで来たと覚しき男性客の釈然としない表情といったら、どうだろう。明らかにこの映画の受け止め方には、男女差があるようである。

 劇中、もっとも盛り上がるのはテーマ曲の『レット・イット・ゴー』が流れるシーンだった。オリジナル曲はもとより吹替版の松たか子やMay Jによる日本語バージョンも大ヒット。「レット・イット・ゴー」は「ありのままで」と訳された。映画館で観客たちの大合唱が巻き起こる。本来、映画のテーマ曲はクライマックスに流れるものだろう。ところが『レット・イット・ゴー』はアナが救済される最終盤ではなく、前半部にエルサが王国を追放されてたった一人、山奥で自らの魔力を全開にするシーンで流れるのだ。これは実に示唆的なポイントだと思う。

 さて、ここで私独自の見解を明らかにしよう。『アナと雪の女王』は、真実の愛=姉妹の愛を訴えた映画では、ない。雪の女王エルサと妹アナは、見かけは姉妹だが、実は一人の女の内にある二つの人格なのだ。あらゆる女性の内にエルサとアナは共存している。雪の女王とは何か? 自らの能力を制御なく発揮する女のことだ。幼い頃、思いきり能力を発揮した女たちは、ある日、「そんなことは女の子らしくないからやめなさい」と禁止される。傷ついた彼女らは、自らの能力(=魔力)を封印して、凡庸な少女アナとして生きるしかない。王子様を待つことだけを強いられる。それでも制御なく能力を発揮したら? たちまち魔女と指弾され、共同体を追放される憂き目に会うだろう。

 私たちは何人かの雪の女王を知っている。この映画の日本語版でアナの吹替を神田沙也加が務めた。そう、彼女の母親、松田聖子こそ雪の女王ではないか! アイドルが自由恋愛を厳しく禁じられていた時代に、王子様=郷ひろみを袖にして、奔放に生きた。制御なく欲望を全開にして、激しいバッシングにさらされ、共同体の良識から追放された。

 エルサの吹替の松たか子だって、そうだ。歌舞伎の名門一族に娘として生まれた。女は歌舞伎の舞台に立てない。能力を封じられた。それが舞台を替えて、「ありのまま」能力を発揮して、脚光を浴びる。松たか子自身が雪の女王だった。  あるいは小保方晴子氏はどうか? 最初はその能力が称賛されながら、一転、リケジョならぬ魔女扱い、理化学研究所という名の王子様は彼女を裏切って、烙印を押し、王国を追放した。「STAP細胞はあります!」という宣言は、小保方さんが必死で唄う『レット・イット・ゴー』だったかもしれない。

 女は誰もが自らの内なる雪の女王を抑圧し、王子様を待つ凡庸な少女として生きることを強いられる。エルサとアナに引き裂かれている。それを私は“アナ雪症候群”と呼んでみたい。

 NHKの経営委員、長谷川三千子氏は埼玉大学名誉教授の哲学者だ。女性が家で子を産み育て、男性が妻と子を養うのが合理的と主張する発言をして、物議をかもした。<女で大学教授であるおまえが言うな><じゃあ、まず自分が専業主婦になれ>等、ネット上で猛バッシングを受けた。たしかに矛盾した発言だが、いや、これぞ“アナ雪症候群”の典型ではないか? 自らは大学教授として社会的能力を発揮する雪の女王でありながら、妹(=後続世代)には王子様を待つアナとして生きることを強いる。こんな長谷川氏のような人物こそが『レット・イット・ゴー』を唄って“アナ雪症候群”から解放されてほしい。どうだろう、いっそ経営委員としてNHK『紅白歌合戦』で「ありのまま」熱唱してみては? 

 今一人、私たちの国を代表する雪の女王がいた。そう、雅子妃殿下である。小和田雅子氏は外務省の有能なキャリア官僚だった。皇太子妃となって、職業的能力は封じられる。男子のお世継ぎを産むことばかりを期待され、好奇の視線や心ないバッシング報道にさらされた。やがて心労で閉じ籠ることになる。皇太子殿下がハンスのような悪い王子だったわけではない。「雅子の人格を否定する動きがあったことも事実です」と異例の皇室内の体制批判を口にされ、妃殿下を守られた。同世代の男として私は皇太子殿下の姿勢を支持する。雅子妃は『アナと雪の女王』をご覧になったのだろうか? ぜひ、愛子様とご一緒にご覧になって、高らかに『レット・イット・ゴー』を唄っていただきたい。創立90周年を迎えたディズニーは、いわば王制なきアメリカの精神の王室である。それが“アナ雪”で大きな変化の一歩を踏み出した。我が国の皇室はどうだろう? 皇太子妃が「ありのまま」生きられないような場所に、未来があるとは思えない。

 『レット・イット・ゴー』=『ありのままで』は世界中で唄われて、21世紀が生んだスタンダードナンバーとなった。『マイ・ウェイ』や『イエスタデイ』、あるいは『インターナショナル』のように。しかし、どうだろう。『ありのままで』という歌が大ヒットして、これほど世界中で唄われているのは、多く人々が「ありのままで」生きていないからではないか? 「ありのままで」生きていない人々こそが『ありのままで』を唄うことで、一時、精神的に解法される。なんとも皮肉なことだ。  私は独身の中年男で、地位や権力もない。もちろん王子様ではないし、山男のクリストフのような勇敢な青年でもありはしない。こんな面白おかしい論を吹きまくることぐらいが取得の……そう、雪ダルマのオラフなのだ! 世界中の女たちが、高らかに『レット・イット・ゴー』を唄うことで、自らの内なる雪の女王を「ありのまま」解放するその様を、転がりながらそっと見つめていきたい。

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