暑いくらいの日だった。日没まで仕事して美味しい餃子で生ビールを飲みたくなって中国人夫婦のやっている美味しい中華料理屋へでかける。
暑い日に屋外で一日仕事した後の生ビールは至福。
このお店、とても美味しいんだけどお店の人の愛想の無さは知らないで来た客は喧嘩になるレベル。
注文は聞きに来ない。注文お願いします!と言っても「ハイ」とも言わないしニコリともしない。遠くで立ったまま無表情で注文票にメモするだけ。今の日本の飲食の店ではコーヒー一杯でさえ行われる「それではご注文を繰り返します」は無い。無表情にそのまま向こうへ行ってしまう。
いいねぇ。確認なんかしなくたって間違いなく出てくるよ。それも間違いなく美味しい料理が。間違いなく火傷必至の熱々な状態で。
この国は「お客様は神様です」が行き過ぎている。金を払う側の態度がでかすぎ。金を払うんだから何を言ってもいいと思ってる人がいる。どんな威圧的な態度で接して文句を言ってもいいと思ってる人がいる。そんな社会は学校教育を、お金を払ってる対価のサービスと考える親まで生んだ。先生が我が子を一番に扱わないと文句を言うモンスターペアレンツまで現れる。
「買っていただいてありがとう」と同じくらい「売ってくれてありがとう」だと思う。
石を彫る人なんて今の日本では絶滅危惧種。道具屋さんだってどんどんやめていった。この道具がないと困る、というものを買うとき「売ってくれてありがとう」という思いが心に浮かぶ。売ってくれる人がいるから買えるのに、金を出す側がえらそー過ぎなのは嫌だ。
大学一年の夏休みに、群馬の老舗旅館で一ヶ月住み込みのバイトをした時に、自分は一生えらそーな客面をする事だけはやめよう、と思った。バイトの僕らを見下ろして「俺の靴をそろえろ」と言ったお客様がいた。そろえたけどね、お客様は神様だから。俺は自分の靴は自分でそろえる。
さて、この隣町の中華屋ですよ。こんな無愛想なのに繁盛してる。美味しいのを知ってる人たちがいるから。だけど「あのー小皿もらえますか?」なんて言おうものなら無表情と言うより、あきらかに少し怒ってる。眉間にしわがよってる。ご、ごめんなさい。出来上がった料理だってあなたの前に持ってきてくれる訳ではありませんよ。お姉さんから一番近いところに置きますから、お客さんが大きな机の端まで取りに行ってください。
そして、徹底した無愛想と折り合いをつけようとするかのように、多くの客が帰り際にお金を払いながら帰り際に「美味しかったです」と言う。(もちろん俺も)だからといってお姉さんが微笑むと思ったあなたは甘い。そんなの当たり前でしょ、と言わんばかりのふて腐れたような顔。
だけど以前、そろそろ帰ろうかと思ったら、お姉さんが怒った顔のまま「サービス!」と言いながらカミさんと僕に杏仁豆腐のデザートを出してくれた事があった。怒った顔でバン!とテーブルに皿を投げるように置くから何事かと思った。悪気は無いんだよ。やり方が違うだけ。
まあ、少しくらいはニコリとしたっていいじゃん、とも思うけど、この国のお店のほとんどが過剰な笑顔と優しさと配慮にあふれすぎているから、たまにこの店に来てリセットするのも悪くない。何より美味しいし。
ごちそうさま。
【2014/07/02:追記】
2007年にも同じように恐いってエントリーしていたのを発見。
ピータン豆腐
ここまで徹底していると清々しい。笑
ですね。何事もとことんまで突き詰めればそれは既にスタイル・笑