ひとしさん

もう15年も前の話だ。
僕は東京の仕事を辞めて石を彫りに縁もゆかりもない宮城に引っ越した。空き地のような何も無い仕事場で、発電機の電気で朝から晩まで石を彫っていた。他にすることもなかったしただ石を見ていた。気が付くと話をしたのはカミさんだけなんて日は日常茶飯事だった。きっと、その頃の僕はちょっと人間不信になっていたのだと思う。誰にも会わず、一日中何も言わない硬い石と過ごすのがむしろ気持ち良かった。
ある日、ひとりの男の人が僕が石を彫っているところまで降りてきた。その時の仕事場は山の中の地元の人以外はあまり車でも通ることのない道の脇にあった。車が通ることはあっても仕事場まで降りてくる人はいなかった。まあ、普通に考えて空き地でいい年した男がひとりで石を彫っていたら気持ち悪い。でも、その人は当たり前のようにぶっきらぼうに話しかけてきた。「おめぇ何やってんの?」僕は宮城に引っ越してきて石を彫っていると話した。「じゃあ石、欲しいのかや?」からかわれてると思った僕は「あったら嬉しいですね」と適当に返事しておいた。それがひとしさんとの出会いだった。
次の日。いつものように石を彫っていたら仕事場の横にダンプが止まった。「おーい、持ってきたぞー」ひとしさんは当たり前のように隣町の値のはる玉石を4つゴロゴロと落として帰って行った。
ひとしさんは市の土木関係の仕事をしていて現場が近かったりすると、時々やってきては話をするようになった。強面で若い頃ずいぶんやんちゃもしたらしいけど、話の面白い人だった。鉄砲打ちでもありイノシシを撃っていた。いただいて食べたこともある。イノシシを追うための日本犬を何頭も育てていた。生まれてすぐに後ろ足を持って逆さまにして泣かずに悠々としている肝っ玉の据わった犬だけをイノシシ追いに育てるんだと話していた。山の中で傷ついて置き去りにされた狩猟犬を見つけたとき猛烈に怒っていた。大事に連れ帰り飼い主を見つけ送り届けた。
ある日、またやってきて「プレハブの小屋あんだけど、いっか?」僕は道具の置き場のことを考えないでありったけのお金で道具を買ってすっからかんになっていたので、道具の全てを車に積みっぱなしにしていた。で、「あったら、ありがたいですね」と話はしたんだけど。ある日、お昼にご飯を食べに家に帰って仕事場に戻るとプレハブの小屋が仕事場に建っていた!ユニック車に積んで持ってきてくれたのだ。「おめぇ、いなかったからおいといたぞ。使えっぺ」使えるも何もやっと道具を車ではなく仕事場に置いて帰れるようになったし休憩する場所も出来た。
僕はたまに仕事場に来てくれるひとしさんと話をするのが楽しみになっていた。そのうち家にも時々寄ってくれるようになった。(20歳も年は上だったけど)地元でできた初めての友達だった。家での仕事が続いてしばらく仕事場に行けなかった時、電話がかかってきた「何だ、石彫りやめて東京に帰ったかと思った」なんだかとても嬉しい電話だった。
カミさんが営業をして屋外の大きなモニュメントの仕事をとってきてくれた。僕にとって初めての大型モニュメントの制作だった。(「セレモニー・ホール・アテイン・モニュメント」)東北最大の石屋さんで制作することになり数ヶ月かけて制作を終えて、あとは千葉に運んで設置することになった。ひとしさんが「俺が運んでやる」と言う。そして実際11tトレーラーに5つのパーツに別れている石の作品を積んで運んでくれた。夕方に宮城を出発して、僕は乗用車でそれを追いかけた。
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(1994.6.17)
千葉の現場に着くとそのまま車中泊。翌朝、石屋さんから手伝いに来てくれたふたりとともに土木仕事に精通しているひとしさんは現場でいとも簡単に基礎の水平を出しクレーンに指示を出し作品を組み上げると連れてきた手下とふたり風のように宮城に帰って行った。
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ひとしさんの口癖は「銭金でねぇ」だった。事実、石やプレハブ小屋の金は取らなかったし、作品設置もお金の話などせず手伝ってくれた。でも平日だったし仕事を休んで手伝ってくれたに決まっている。あまりに申し訳ないのでトレーラーやガソリン代の実費だけをなんとかもらってもらった。「いろんな人にめんこがられて(かわいがられて)やっていけ」とよく言われた。見た目恐いし話しても恐いひとしさんのような人にその後何人も会ったけど、みんなに良くしていただいた。だから昔のひ弱な僕には考えられないけど、ぶっきらぼうで見た目やとっつきが恐い人を僕は何となく信用してしまう。ひとしさんに出会ってから。実際、裏切られた事がない。どっちかっていうと最初から優しくて笑顔の人の方が恐いんだよね。簡単に手のひらを返す。。。
僕が今でも石を彫っていられるのも、こんな(奇跡的な)出会いがたくさんあったからなんだなぁとつくづく思う。それだけでなく人間てありがたいものだ、と骨身に染みて感じさせてくれる出会いのひとつだった。
そしてそのひとしさんが今朝4時頃、亡くなった。死ぬには早いよ。
ひとしさんにいただいた小屋は自然の豊かな環境のため鉄骨以外の木の部分はアリにやられてますが修理しながら今でも大切に使ってますよ。
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(今日の様子)
そして、今日はとても暑い日でした。真夏のようでいつも白いシャツとジーンズで汗をかいて働いていたひとしさんにぴったりの暑い暑い日でした。僕も汗をかきながら石を彫っていました。
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ひとしさん、本当にありがとうございました。どうぞ、安らかに。