ヴィトリーヌ

 画家のウエノイチローさんからメールをもらった。本来なら3月末にグループ展でご一緒するはずだったんだ。大震災さえなければ。メールの内容は”小さいけど気に入ってる仙台のカフェに今日から絵を飾ってるから良かったらお立ち寄りください”というものだった。地震以来、というより原発の対応に政府も東電も後手後手に回って状況が日々悪化する毎日を過ごしていたのでイチローさんの元気をもらいに行こうと出かけた。
 テレビでは安全安全というけどネットでいろいろ調べた計算方式で放射性物質の実測値を計算すると、全然安全な状況では無い(というより問題がある)ので外気導入をしないで窓も閉め切って車を走らせていたら、暑い。春の様な陽気だ。窓を開けるのは抵抗があったのでクーラーを入れてしまった。(ごめんなさい)
 1時間くらいで仙台へ。仙台はすでに震災前と同じ風情。不慣れな仙台で知らなければ自分から足を踏み入れる事は無いと思われる、僕と同じくらいの年齢の古いビルの細い階段を4階まで昇った。ちょっと不安な気持ちでドアを開けて入ったカフェは足を踏み入れてすぐ「あ。俺、この空間、好き」と感じた。
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 ガラスの壁から光が燦々と差し込み、白い壁のマチエールもむき出しな感じの構造。横長のガラスから通りを見れば銀杏並木の梢が見える。そこにいつもと同じウエノイチローさんがいた。”普通でない日々”に”いつもと同じ”というのはなんて力をもらえるんだろう、と思った。そして素敵なお店と素敵なママ。あ、この店に来て良かった、と思った。ここは「ヴィトリーヌ・ドゥ-オオマチ
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 白い壁にかけられたイチローさんの「富士山」キュービックなキャンバスに描かれた絵はその勢いが一面では抑えきれなくなって横の面にも広がり5面から構成される絵になっていた。それがポップな感じを強めカラフルな配色と相まって今までの富士山とはちょっと違う感じになっていた。ヴィトリーヌの白い壁にも合っていた。ママが何度も言っていた。「今こんな時にこそ元気が出るイチローさんのこの絵が持っている力がいい」
 僕もそう思った。写真に映り込んでいるたくさんの着物は被災して避難している方に配ろうと皆が持ち寄ったもの。たくさんのお皿や食器が割れたお店ですでに支援を始めているのだ。
 なんか資料持っていないの?とイチローさんに言われ車に積んでいた「らせんの一輪挿し」と値段入りのパンフレットを車に取りに行く。と、さっきバラをもらったのよ、とママが早速挿してバタフライテーブルに乗せてくれた。奥にはイチローさんの富士山も。
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 震災以来、なんか暗く静かに暮らしていた。それは変わらないけどイチローさんやママと話した数時間で小さく固くなっていた心が少しやわらかくなった。気持ちの良い空間で気持ちの良い人と会話をするというのがこんなに幸せな事なんだな、と思いながら行きと同じく窓を締め切って自宅を目指した。帰りはもうクーラーを入れる必要は無かった。
 ちなみに店名の「ヴィトリーヌ」はフランス語でショーウィンドウとか飾り窓といった意味なのだそうだ。ママはショーウィンドウのディスプレイの仕事もされている方だった。
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