お姐さんの硬い笑顔

 とにかく僕ら3人はもうクタクタで、とりあえず座ってビールと何か温かい食べ物を胃に入れたかったんだ。看板を見てサクサクの串揚げならピッタリと思って入ったのに、安くて繁盛しているのか忙しすぎて「いらっしゃいませ」も言ってもらえない。何人も店員と目があっているのに3人、立ったまま放って置かれる。空いてる席に座ろうかな、と思ったけどここで何か注文したって出てくるまでに10分はかかりそうだと思って、すぐ目の前の道路をはさんで反対側の店に入った。
 パッとしないその店には先客が3人いるだけで、ここなら何かすぐ食べられるだろう。ビールとつまみを頼んだら「そのツマミはお通しで出るよ」って、お店のお姐さんが教えてくれたので、それ以外のものをひとつふたつ注文する。日本語がたどたどしい、どこか日本以外のアジアの人だろう。注文聞きと給仕をひとりでやっているようだ。とりあえず飲み物が運ばれて3人で乾杯してようやく一息ついたけど、僕らの他に客は3人しかいないのになかなか食べるものが出てこない。すると、たくさんの料理を持って、奥から出てきたお姐さんが、狭い部屋の横に張り付いていた急勾配の階段を、料理を持って登っていった。どうやら2階にも席があるようだ。降りてきた彼女を見ると額には汗。まさに額に汗して働いている。そして目が合うと必ず笑う。努力して一生懸命作っているような笑顔。でも、気持ちが伝わって、嫌味じゃない。僕も笑顔は苦手。美人とは言い難い容貌だけど、正直者と描いてあるような顔だ。ようやく僕らの注文した食べ物が運ばれてきて、3人でつついていた。先客の3人が「お勘定!」とお姐さんに声をかける。そして勘定を済ませた後、お姐さんに「これ貴方に。帰りに何か買って食べて」と客が何枚かの札を渡そうとしていた。お姐さんは悪巧みに巻き込まれたかのごとく固辞して「受け取れない」と言う。「いいから何か買って食べなよ。帰りに何か飲みなよ」と負けずに札を押し付けようとするおばさん。なんだよ、あんた良い人だな、僕もこのお姐さんの働きぶりに心が動いているところ。だけどお姐さんは絶対に金を受け取らない。それをやったら首にする、と言われているのかもしれないけど、驚きようがすごかったので仕事の対価以外の余分なお金をもらうことはありえない、と心底思っているようにも見える。そして歩いて数歩の道路まで見送って「また来てください。それが嬉しいネ」と言って客を送り出す。
 もし、またこの近くに来ることがあったら、美味しそうな串揚げ屋は最初からスルーして、料理も美味しくも無いしまずくもない、出てくるのも早くもないし遅くもない、このパッとしないお店でホッピーを飲むよ、お姐さんの一生懸命作ったような笑顔を見ながら。

16062107

個展3日目の実話を元に。なんか、どうしても「一生懸命」という言葉がぴったりのお姐さんの事を書いておきたかった)