痕跡

 おととしの暮れまで13年間暮らしていた借家が無くなっていた。
 車で前を通りかかったら何にも無くなって更地になっていた。13年前にカミさんと東京から引っ越してきて泣いたり笑ったり怒ったりした家。冬の寒さに震えた家。多くの友人知人と酒を飲み途中からは犬も一緒に暮らした家。隣のおじいさんとおばあさんが師匠だった畑も無くなっていた。近所の子どもと紙粘土で大きなゴジラを作った物置小屋も。
 僕は今まで自分がこの世に生きた痕跡なんて残らなくても良いと思って生きていた。今もそうだ。仲の良かった人が生きている間だけたまに思い出してもらえばいい。だからお墓もいらない。だけどまるっきり何にも無くなってしまった空間を見てこの10数年の何かが少し失われてしまった、と思った。