あさっては生まれて初めてのデモ

 おととい、仙台で行われる脱原発デモに生まれて初めて参加すると書きました。デモは明後日です。
 原発で多くの人が被曝させられ人生をねじ曲げられた、人類史上でも希なこの出来事に対して、創作活動をしている人は彫刻とか絵画とか文章とか「作品」でひとつの答えや希望を提示する事は大切なことだと思います。僕も今回の経験をどんな風に作品にしたらいいかということは考えたけどデモに参加するなんて全く考えなかった。でも陶芸家の友人があたりまえのように「僕は行くよ」と言ったのを聞いてちょっとびっくりして気が付いた。
 表現もする。デモにも参加する。どっちもやる。
 別に二者択一の問題を出されている訳ではなかった。デモは抗議のためではなく原子力は反対だ、という意思表示の手段として参加する。今の気持ちを考えれば当たり前の行動だった。というかこれだけのことが起こっているのに、そんなことは関係無く自分の表現だけを考えている人間の創ったものにどんな意味があるのか。
 自分の身は自分で守るしかないと今回の大地震と津波は教えてくれた。
 北海道のトンネルの列車事故も「列車を出るな」というJRの言うことを聞いていたらみんな丸コゲになって死んでいた。乗客が自分で考えて逃げたから自分を助けた。
 放射性物質がまき散らされていたその時も「国」は安全と言い続けた。大金を投じたSPEEDIのデータを出してくれれば一番問題な初期被曝を避けられたのに。危ない地域の人が逃げるだけの充分な時間があったのに。(そもそもデータはあったのにそのこと自体も無いとウソをついた)今も放射線の値は一向に下がらないのに安全だと国や県や市は言い続けている。安全といった国のせいで、僕も福島原発が爆発した日も自転車で外出して大量の放射線を浴びてしまったし今も毎日被曝し続けている。
 北海道の列車事故と何が違う?津波から命を守った人は自分の直感を信じたから命を守ることが出来た。ウソばかり言う国の情報は耳を傾ける意味がない。
 特別な事をしなくても国が助けてくれるだろう、とは僕はもう思えない。国は絶対に助けてくれない。放射線被曝の許容値だって食料の基準値だって世界が笑い蔑視するレベルに上げまくっている。こんな値を設定している国は無いけどそれを元にすれば何をどう測ったって直ちに健康に被害を及ぼす値は出ないよ。この国がついているウソのレベルは底なし。原発関係のお金が無いと回らないのは国と同じだからウソの片棒を担いでいる新聞・テレビ・大手マスコミも助けてくれない。
 だけど残念ながら、颯爽と水戸黄門が現れてこの局面を打開してくれる気配も無い。
 これだけの事が起こっても世の中は何事も無かったかのように動いている。自分や家族や未来ある子ども達を助けたいと思ったら、無力感にさいなまれているけど、馬鹿みたいに小さな事かもしれないけど自分がやれることをするしかない。自分で自分を、出来るなら自分が誰かを、助けるしかない。
 6.11 脱原発100万人アクション
は、全国で開催されます。僕は 6.11 SENDAI という仙台で行われる脱原発デモに行きます。
 北は北海道から南は沖縄まで行われるのが救い。引っ越しだらけだった僕の、東京や埼玉、北海道や四国や九州の友だちも、それぞれの場所で参加してくれるととてもうれしいです。同じ場所じゃなくても気持ちは一緒だ。上記サイトでみんなの地域ではどんなデモや関連イベントがあるかまとまってますよ。
※東京の友だちには以下をオススメ。僕が東京に住んでいたらきっとこれに行く。
鎌仲ひとみさんと”今”を向き合い、エネルギーについて考えよう!
 鎌仲ひとみさんの話は本当に共感できる。
 抗議じゃなくて原発がいらないと表明している人が全国でこんなにたくさんいるんだ、という事を知れば、いくらウソつきの政府でも国民から票をもらえなければ議員にもなれない。完全に無視する訳にはいかなくなるだろう。
 テレビや新聞は相変わらず都合が悪いからこのデモの事を事前にも事後にも報道しないだろうけど、みんなで原発はいらないと表明しよう。いつか再会したときそれぞれの 6.11の事をお酒でも飲みながら話そう。僕はきっと「生まれて初めてのデモだったのに雨に降られて参ったよ」と話しているんじゃないかな・苦笑
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※自作の石の彫刻にPhotoshopで加工