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希望:SANTA FE

 原発のエントリーばかりしてごめんなさい。でも書いてる僕だって本当は以前のようにくだらない毎日を書きたいのです。だけど日常があまりにも馬鹿らしいほどにひどくてそうもいきません。ごめんなさい。

    異常な状況で普通の生活は無理。

 悪口とか「馬鹿野郎」とか「死ね」とか(もっと最低な言葉を)書きたくなるのだけはなんとか抑えて書いているんですけどね。

 だから今日は原発の事じゃなくて「希望」の話を書きます。

 このブログで何度も何度も書いてきた、僕が出会った最高のパスタとピッツアとケーキを出してくれていた"dining cafe SANTA FE‎"というお店が大震災の津波で全てを流されてしまいました。その後、無事を確認して避難しているところへ会いに行きました。そしてその時違う形だとしてもいつか必ず再開すると言っていましたが。

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 実は、もう「再開」が始まっていた!

 数日前に電話がありました。神奈川県川崎市高津区から。(全てを津波に流されたので)身ひとつですでに引っ越し、小さなお店を大工さんと作っている最中だと。関東は多摩川を越えると家賃が下がる。あちこち探して決めたのだそうだ。大事に大事にひとつずつ積み上げてきたレシピはコンピューターと共に流されてしまい、避難した過酷な状況の中で記憶を便りに書き留めたレシピを元にテストをした後オープンするんだとか。レストランじゃなくてスイーツを販売するお店になるようです。いいなあ高津区の人。このおふたりの作るチョコレートケーキは僕が人生で食べたものの中で一番美味しいチョコレートケーキです。ベルギーなどの高価な材料をふんだんに使って(有名なお店でも実は使っている)増量材は全く使わないのがポリシー。

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(写真は津波に流される前のお店でデザートに出してくれた、ある日のチョコレートケーキ。手作りのシャーベットをいつもおまけで添えてくれた。そしてこのその時の季節のものを素材にしたシャーベットに僕はどれだけ驚かされ、モノを創るということの凄味を感じたことか)

 そして奇遇なことに、高津区は僕らが宮城に越してくる前の2年ほどを過ごした場所。1階が大家さんの3階建てのマンションの2階に住み、通りをはさんだ小さな商店街においしいお総菜を出す店があって、つまみになりそうな品を選んで1階の大家さんのところへ。大家さんは酒屋さんだったのでキンキンに冷えたビールの大瓶2本を買って一杯飲むのが幸せだった。懐かしい。そんな高津区にもうすぐとびっきり美味しいケーキが買えるお店が出来ますよ!ニコタマ(二子玉川園)からすぐですよ。

 電話でオーナーがぽつりと言った「いつまでもそっちで頑張ることないんじゃない」


 

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コメント

「異常な状況の中で普通の生活は無理。」について思うこと。中国に行ってしばらくはまさに「異常な状況」(食・水・空気・交通・電気など)で、他に頼るものも無い中で不器用な自分が子どもたちに「普通の生活」をさせることは非常に辛苦なことでした。なんとかなるまで何年か要りました。原発事故後は元に戻らないしそれが「普通」になってはいけないけど、環さんもなんとかがんばって。それより奥様は隣でネガティブオーラを浴びて大丈夫なの?うちの夫は毎日泣かれて逆切れしてましたが。

どうもありがとう。

カミさんの方が危機感や問題意識を最初から持ってました。最初の頃の僕は脳天気でした。出来るだけいろいろふたりで話すようにしてます。

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