までいの力

11050201.jpg「までいの力」を買った。
 何度か書いていますが原発事故に最悪な形で巻き込まれてしまった「飯舘村」の豊かな自然や美しい景色、そこで出会った人たちに僕は魅了されていた。片田舎の小さな村というだけの知識で終わらせてしまう人がいるかと思うととてもくやしい。村が少しずつ実践してきた事の中には先駆的なこともたくさんある。「田舎ならではの男尊女卑の封建的な考えを打ち破るため(本文より)」の活動により「女性が変わって男性も、村も変わった!(本文より)」素敵な実践も紹介されている。できればこの本を手にとって自分たちの手で大切に作ってきた村から強制的に避難させられる人たちの思いを少しでも知って欲しい。

”までい”とは・・・ 「真手(まて)」という古語が語源で、左右揃った手、両手の意味。それが転じて、手間ひま惜しまず丁寧に心をこめて つつましく という意味で現在では東北地方で使われている方言です。(本文より)

 東北に来たばかりの頃、石屋さんに「もっとまでに磨かなきゃ駄目だよ」と言われても全然意味がわからなかった。今は温かくて好きな言葉のひとつ。ちなみにこの本は出版を目前にしたときに大震災が起こった。それでも出版にこぎつけたようです。そしてこの販売収益は飯舘村復興のために役立てられるそうです。
※関連リンク
飯舘村支援のために市民ができること01
飯舘村支援のために市民ができること02
飯舘村支援のために市民ができること03
【2011/05/05:追記】
朝日新聞の天声人語で詳しく取り上げられていました。

 方言には、標準語には収まりきらない深みと幅を持つ言葉が多い。東北地方の「までい」もそんな一つだ。「真手(まて)」という古語が語源といい、転じて手間ひま惜しまず、丁寧に、心をこめて、といった意味合いで使われるそうだ▼「までいに飯を食わねえどバチあだっと」「子どものしつけはまでいにやれよ」などとお年寄りは言う。原発禍に揺れる福島県飯舘村役場に頂戴(ちょうだい)した『までいの力』という一冊で知った。言葉どおり、手塩にかけて築いてきた村の日常がオールカラー本に息づいている▼スローライフの考え方が広がり出したころ、村長はじめ村人は思ったそうだ。「それって『までい』ってことじゃないか」。以来「までい」を合言葉に、地に足をつけて村をつくり上げてきた▼ところが本の刊行直前に震災が起きた。「ここには2011年3月11日午後2時46分以前の美しい飯舘村の姿があります」。中表紙に急きょ刷られた一文に怒りと悲しみがこもる。計画避難で全村民が村を離れなくてはならない▼「までい」の教祖のような、19世紀米国のソローを思い出す。物質文明を問うた名著「森の生活」の末尾に、「われわれの目をくらます光は、われわれにとっては暗闇である」という象徴的なくだりがある。原発がともす繁栄の光は、私たちにとって何なのだろうか▼地に足をつけてきた人々が地を追われる無念を思う。とことん考えることでせめて悲痛に寄り添いたい。原発の受益者は都会人なのを忘れることなく。