村上隆のスーパーフラット・コレクション 展覧会カタログ

濃霧と霧雨の朝。

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あばら骨の様な模様の雲も浮かんでる。

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3月に、横浜美術館まで見に行った「村上隆のスーパーフラット・コレクション」の 展覧会のカタログが、とうとう送付されるようだ。展覧会期間中に申込んだ僕らは 3,800円、実売は10,000円。それでも赤字らしい。キーファーからスリップウェア、魯山人、loretta lux、奈良美智 etc,ets. 本当にすごい作品展だったなぁ。キーファーの本物見られたのが幸せだった。


出版を担当した、カイカイキキ としては、職務を全うしました。
遅くなってスミマセン、、、といえば、日本的に丸く収まるんだろうが、それは言いません。日本の現代美術の底上げを本気でやる人間は希少種なので、その希少種が業界におもねることはしたくはない。
カタログの送付などの手続きは美術館の購買部が担当していると思うので横浜美術館で購入した人はお問い合わせはそちらへどうぞ。
横浜美術館での経理的な数字を合わせるため、取るために、安い価格(3800円だっけ???)で販売し、赤字はカイカイキキが引き受けています。
現在のカタログの売値は1万円を超えている。
採算の上に設定された価格ではない。
コレぐらいの価値を持った物体である、と、私が独断で決めた。
しかし、発行した全部が売れても、赤字のまま。
日本における現代美術事業なんて、正攻法でやると、絶対に損をする。
そして、それを行使すると煙たがられる。
しかし、そういう抜け道も、逢坂恵理子館長がいて、実現できた。
普通の公の美術館では、私が納得可能な内容での刊行にまで到底たどり着けないであろう。
逢坂さんには感謝しています。
芸術は歴史である。
歴史を抜きにした芸術はありえぬ。
カタログはその歴史を編纂する重要なロゼッタストーン、モノリス、のようなものだ。
〇〇ヴィエンナーレ、トリエンナーレ、街の名がついたアートイベント、日本全国30個〜50個ぐらいあるんちゃうか?
それで、なんで、世界的なアート作品一つ出てこんのやろな?
不思議だよね。
その理由の一つが、実は記録の無さ、つまりカタログ軽視だったりするのだ!と、僕は強烈に思っている。
編集、デザイン、言語、翻訳のレベル、全てが、予算がないの大合唱の中、その枠内でしかやらないから、観てもらうべき人間に届かない。
とにかく、日本の現代美術シーン。
作家もアホだし、業界もアホ。
作家は泡沫的なトレンド追従にかまけるばかりで、作品説明も30年前のアホな作家と変わっておらず、〇〇批判、再考、とか言ってるだけ。画商はアーティストを騙し、金を払わず(最近、また某有名な画廊が若手作家に詐欺まがいのしている事実の裏をとった)、日本のオークションは、業者間の取引で価格をバブル化して、結局世界から相手にされなくなるまで、そのゲームをやる(『具体』の価格を破格にまでバブらせた画商は誰?みんな、知ってるよね!)そして美術館は金がない事を居直り、展示作品に保険もかけずに天災による事故が起きたらアーティストに作品補修の請求してくる!(これは、最近あった、嘘の様なホントの話。「公立美術館にそんな予算あるわけ無いでしょ!」といきり立つ学芸員が文化庁の受賞作家を決めていたりする)
業界全部がこんなかんじ。
腐りきった汚泥の沼に、大枚はたいてテトラポット、25年も埋め続けてて、それでも、底なし沼の底が見えないという、仕事続けてるつもり。
このカタログは、そのテトラポッドの一つです。
兎に角完成した。
関わった皆さんは、僕のこういった思い込みに付き合ってくれて、お疲れ様でした。
言い訳なしのテトラポッドが出来ましたね!
それが、良かったか、アホだったか。歴史に検証してもらいましょう。