室内に石のある風景

昨日、こんな嬉しいFAXをいただいた。(無理を言って掲載の許可を得ています・多謝!クリックで拡大)

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3ヶ月位前に伊達冠石「石のフタ物」を初めて作りました

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実はこの作品は三田さんからのご依頼に応えたいと思って伊達冠石で作ったものでした。「すきま」や「境界」をメインテーマにして彫刻を作っていて、石を割ることが多い僕にご依頼いただいたのだからと、石を割ってフタのある容器を作ってみました。焼き物で言ういわゆる「蓋物」。炒飯を一緒に食べながら納品して3ヶ月。今、御夫婦の御両親のお骨を入れて三田さんのそばに共にあるそうです。たぶん一生一緒です、と言っていただいています。ありがたいです。いつも作品に名前をつけて大事にしていただいていますが今回の作品は「たまき箱」。光栄です・笑

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石の蓋物。中に入れるものは自由です。今、広島の個展では、蓋のできる花器として、鶴が今まさに羽ばたいて湖面から飛び立とうとしているかのような展示していただいています。

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この石の中にお金が入っているとは普通思わないだろうから、へそくり入れにもどうぞ。

そして昨晩はもうひとつ、生活の中で僕の石の作品を使っているところをSNSにアップされていた写真で見ることが出来ました・幸

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2月の三人展の折にお求めいただいたストーンプレートを(まだ、お会いしたことのない)marimariさんに使っていただいているところ。なんて雰囲気のある素敵な写真。あんまり素敵で自分が作ったものとは思えなくて、最初スルーしてしまいましたよ。(marimariさんの写真を許可を得て掲載しています)。

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僕はアクセサリーでも置く台石として作ってワンポイントで真ん中にアクセントをつけてみた。

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こんな感じに使うことを想定してた。

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こんな感じとか。

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合わせてお求めいただいたこの石と組み合わせて素敵な空間を作られている。こんな風に、作り手の予想を超えて使っていただけるなんて嬉しい事です。こんな風に使っているところを見せていただいくことで、また新しく作ることにフィードバックされる。ありがとうございます、marimariさん。

そして当初、アクセサリー置きとしてお求めいただいたのに、これはキャンドル置きだなと思わせるに充分だったという写真をmarimariさんからお借りしました。(marimariさんはアクセサリーの作家でもあります。詳細はブログでどうぞ)

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キャンドルのサイズとぴったり過ぎる。全くの偶然です(笑)僕は考えもしていなかった。

今回の事は、作り手があんまり使い道を限定しない方が良い場合もあるという教訓にします。marimariさんの自由な使い方は勉強になったし、楽しくて面白い。使っているところの写真を見せていただいて(掲載の許可までいただいて)ありがとうございます。
それからこんな事、石でできるかな?というリクエストにも可能な限りお応えしますのでご相談ください。石の蓋物だって三田さんからの御依頼がなければ思いつかなくて、作らなかったかもしれない。ありがとうございます。

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高校で一緒にサッカーボールを追いかけていた原クンからもfacebookでこんな写真を見せてもらった。”結婚20周年記念の宝物”に買ってくれた「らせんの一輪挿し」を玄関に飾って使っているところ。思い出があるだろう他の小物に混ざって使ってくれているのが嬉しい。そしてこの写真は

作品を作ってもらえるから、使えるんだね。

って言葉を添えて見せてくれた。その言葉におもいっきり共感して、日曜の昼下がりに原クンの思いもよらない長文のマジレスした。
(facebookが無くなっても読めるように再録しておく・笑)
ちなみに原クンは7/4にライブがあるそうなので興味のある方はどうぞ!

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「作品を作ってもらえるから、使えるんだね。」
が午前中、頭のなかを回ってました。僕も、そう考えているからです。だから原くんとの会話は心地良いんだ、って実感した。その思いを共有してる。そうなんだよ!ってモニタに話しかけたよ・笑

僕が一番気に入っていた石ノミを作ってくれていた愛知県の鍛冶屋さんは10年以上前に廃業してしまった。使いたくても作ってもらえないし、買えない。買えるっていうのは、原くんの言うように作ってくれる人、売ってくれる人がいるからなのに、なんだ、最近のこの国の「お客様」の態度。金を払うんだからという態度が過ぎる、と思う。売る人と買う人はまったく同等なのに金を払う側がエライ、そう思ってる人は少なくないみたい。無意識でも思ってると、いろんな場面でにじみ出てきてわかっちゃうんだよね。心底、お金を払う側と、もらう側が同列にいるって思ってないと。あ、そんなとこでエラソーにするのか(もしくは逆に嫌味なくらい低姿勢になったり)って思う。

大学の時に旅館で住み込みのバイトした時に、お客様に「俺の靴をそろえろ」って言われてから、上から見下されながら靴を揃えて、絶対客づらするのだけはやめようと思った。

それに、僕の場合はありがたいことに、作品を買っていただいた方がみんな「ありがとう」って言ってくれる。買っていただいてありがとうはこちらなのに、みんな「ありがとう」って言ってくれる。金を払うんだから感謝しろって言うんじゃなくて、買って感謝してくれる。こんなに幸せな事ないよ。(原くんも使ってくれて写真まで見せてくれてありがとう)

と原くんにはきっと思いもよらない長文のマジレスを書いている、日曜日の昼下がり。。。
午後の仕事、行こ。