秘密保護法 施行

14121000 秘密保護法が施行される。

国が秘密を指定できて、秘密を開示するまでの期間を60年超まで延期できる、ということは開示しない”秘密”を作れる。
国民からチェックされる側の国がその方法を決めて強行採決。
知られたくないことは、国民のチェックから完全に外す手段を持った。

まるで完全犯罪のようだ。

説明図は毎日新聞から

多くの国民や評論家や国会議員が懸念を示しているけど、一年以上前に、こんなことを許しては駄目だ、とひとり全国を回って演説をしていたのは、山本太郎氏だけだった事を改めて明記しておきたい。仙台の街かどで講演した時も聴衆は少なく、冷ややかに通り過ぎる人たちをたくさん目にした。賛成する評論家は無く、まして応援をするのは三宅洋平氏やその周辺の人間くらいだった。

安倍政権は強行採決してでもこの法案を通すようだ、ということがわかり多くの評論家も反対の声をあげたけど手遅れだった。
だけど、その時、ある有名な評論家が言った言葉は、多くの人の思いを代弁していたかもしれない。

「まさか、そこまでやるとは思わなかった」

第二次安倍政権が発足してから「まさか、そこまでやるとは思わなかった」ことが数えきれない。その事の多くに現政権が関係している。
以下に「ポリタス」サイトの山崎雅弘氏(戦史/紛争史研究家)の文章を抜粋(是非、全文にあたってください)

第二次安倍政権が発足してから、日本国内がどのように変化したのか。以下は私の主観ですが、発足前と較べて「変わったな」と思う点をリストアップしてみます。

●人種差別や民族差別など、偏見と差別を堂々と主張する攻撃的・排外的な言説(いわゆるヘイトスピーチ)が増え、ネット上だけでなく路上でも公然と叫ばれるようになった

特定の国を名指しして国民や慣習を貶め、その国の前途が悲観的・絶望的であるかのように描いた本が数多く出版され、書店の目立つ場所に並ぶようになった。

●「日本」や「日本人」を礼賛する本やテレビ番組が急激に増加した。

●政治家が、19458月(敗戦)以前の「女性観」に基づく役割分担への回帰を、公然と語るようになった。

●「国境なき記者団」が発表する「言論の自由度ランキング」で、日本は再び50位以下に転落した(50位以下は過去3回、2006年2013年2014年でいずれも安倍政権)。

●公共放送の会長や経営委員など、現政権との親密な関係で社会的な優位に立つ側の人間が、傲慢な態度を隠さなくなった暴言を吐いても地位を失わなくなった

●公共放送のニュース番組が、首相や政府に対する批判的内容を一切報じなくなり、逆に首相や閣僚のコメントはたっぷりと時間をとって丁寧に報じるようになった。

大手新聞社や在京テレビ局のトップが、首相と頻繁に会食するようになった 。大手芸能事務所の社長やプロデューサー、大手出版社の社長も、首相と親密な関係を結び始めた。

●「国益 」「売国 」という言葉が大手メディアや週刊誌で頻繁に使われるようになった。

●政府に批判的な人間への威圧・恫喝・見せしめのような出来事が増えた。

首相が国会で名指しして批判した新聞社の関連人物を雇用する大学に対し、無差別殺人を予告する脅迫が行われたが、首相も国家公安委員長もこの脅迫行為を非難しなかった。

ヘイトスピーチを行う団体の幹部と現職閣僚一人は本来そのような団体を取り締まる立場の国家公安委員長)が、政治思想面で共感し合っていることを示す団体機関紙記事記念写真などがいくつもネット上に流出した。

●天下りや家賃が優遇される官舎など、民主党政権時代には頻繁に行われていた、官僚の特権的境遇や税金の無駄遣いに関する大手メディアの批判的報道がパッタリと止んだ。

首相と現職閣僚の靖国神社参拝慰安婦問題の矮小化などによる、近隣諸国との軋轢増大海外メディアからの批判は、ここでは「国外の問題」として除外しましたが、上に列挙したような国内の変化のほとんどは、首相自身や閣僚、および彼ら・彼女らと親密な関係を持つ作家や評論家、政治活動家が直接的に関わって生じているものだと言えます。

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先に述べたように、歴史の文脈で見れば、社会の変化は継続します。こうした変化が、私の抱いている印象の通り、この2年間で「増えている」としたら、現在の政権が続く限り、今後もさらに増え続ける可能性が高いと思われます。実際、現政権は、諸外国では犯罪として法規制の対象となっている「ヘイトスピーチ」にすら、積極的な抑制的対応をとろうとしていません。与党への投票は、こうした「変化の方向性」への「是認」を意味します

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これらの「首相が言及しない」「論点化を避けた」問題を見ると、全てに共通する方向性が浮かび上がります。それは何かと言えば、戦前・戦中の国家体制の肯定と是認です。

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実質的な「選択の自由」が与えられた環境で国民が投票できる選挙は、もしかしたら今回が最後になるかもしれない。ほとんどの日本人は、そんな風には考えていないでしょうが、古今東西の戦史や紛争史を調べれば、それと気付かないまま「最後の民主的選挙」を通り過ぎて、後戻りのできない「別の政治体制」へと移行した例は、決して少なくありません

「投票で政治を変えることはできない」という指摘は、現状では正しい部分もありますが、権力者は「投票結果を武器として、盾として、最大限に利用する」ことも事実です。現在の選挙制度では、「棄権」や「白票」は与党に投票したのと同等の効果を持ちます。

「ポリタス」サイトの國分功一郎氏の文章にも考えさせられる。
「亡命はなぜ難しいのか?」

昨晩、戦争へ向かう国にならないように祈って投票した。

現実の世の中の、今まさに「そこまでやるとは思わなかった」レベルが底なしにひどい。

戦争へ向かう国にならないように祈って投票した。

Tamaki Yamanakaさん(@yamanakatamaki)が投稿した写真 –

以下、メモ&参考。