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2011年5月 1日

吹上高原キャンプ場

 自粛しようかとも一瞬、思ったけどいつものように今年のキャンプ始め。

 原発の放射線値が安定してきたとはいえ南下したくないので北上するところでまだ行った事のないところ。で「吹上高原キャンプ場」に決定。4/29〜5/1までの2泊3日。

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◆1日目(4/29)
 東北自動車道は遠くからのナンバーの車も多くいつもより混んでいた。キャンプ場はブログなどでみているよりキャンパーの数はずいぶん少ない様だった。

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 「とことん山」に行きたかったけどゴールデンウィークはまだ寒すぎ。吹上高原の今日の降水確率10%、明日は0%。天気予報によると明日の日中の最高気温は21度。絶好のコンディション!

 と思ったら設営後カップラーメンの昼食をとったら雨。どんどん強くなりテントをフルクローズにして居間で雨宿り。つまんないなぁ。3時にカミさんの友人のとぼりん夫妻が秋田から駆けつけてくれた。去年の「とことん山キャンプ場」で4家族で集まったときも来てくれた。夕食の手作りのお弁当をたくさん作ってきてくれたのに雨。とりあえずふたり用のツールームテントのふたり用の居間で窮屈に4人で雨宿りをしながら1年振りの再会を喜びながらおしゃべり。焼いてきてくれたアップルパイと紅茶で。僕とカミさんが震災後連絡が取れなくなってしまった時、各種ウェブサービスや伝言ダイヤルやツイッターなど一生懸命安否を確認しようとしてくれていた。ありがとうございます。
 僕の家の庭でも良いからキャンプしたい、と言ってくれたnaruchanとは今回は日程が合わず。(停電の耐久生活の中ではなく)ランタンはキャンプで使いたい。とはnaruchanの弁。本当にその通りだ。

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 あんまりひどい天気だったらとぼりん夫妻は帰る事も考えていたけど夕方、雨が止んだ。急いで火を熾して夕食の準備。焚き火台ではほっけとブリかまを炭火で。

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 良かった、雨が止んで。フルクローズでは4人はきつい。

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 発砲の日本酒やお手製の鶏の唐揚げ、牛タン、レタスやカニかま等が巻かれた「サラダ巻き」の巻き寿司を山のように作ってきてくれた。これがおいしいかった!天気がもったので夕食後、焚き火をしながらおしゃべり。楽しいけど吐く息は真っ白。寒い。夜中の2時頃、緊急地震速報で起こされるも地面は微動だにせず。

◆2日目(4/30)
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 吹上高原キャンプ場はペット可だけど広大な敷地の一角に限定されている。とぼりん夫妻は車中泊。

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 昨晩の夕食用に作ったミネストローネを朝食用に温める。

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 昨日、食べきれなかったとぼりんさんお手製のサラダ巻き、絶品。博多のイチゴも買ってきてくれた。

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 記念に写真。

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 朝食後4人と1匹で散歩に出かける。日陰には雪が残っている。歩いてすぐの間欠泉は犬不可だったので入り口まで行ったけど帰る。

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 広いキャンプ場は白樺の林のエリアもある。なんか久しぶりに深呼吸したよ。

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  キャンプ場入り口には温泉施設。一般の方も利用する温泉なのでシャンプー・ボディーシャンプーも常備されている。キャンプ場利用者は割引有り。嬉しい。

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 キャンプ場の背景の山々はまだたっぷりと雪に覆われている。

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 散歩の後、おふたりは帰っていった。同じ危機感を持った人と原発の話をできてカミさんも良かったはず。それだけじゃなく思わず笑ってしまうくだらなくて楽しい時間もありがとうございました。生きてくには笑いは必須と改めて感じた。

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 昼食にカレーを作る事にする。ご飯を飯盒で炊く。

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 カレーは残ったミネストローネにレトルトのカレールーを混ぜるだけ。

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 飯盒の水の量を間違えて硬めに炊きあげたかったお米はお粥に。ぬるぬるの餅のようになってしまった。震災後の断水、停電の耐久生活の時にアウトドア用の道具を使っていたのだけど、その時使っていた箸を道具箱に戻さなかったので箸がなかったり、エスプレッソマシンを忘れたり台所の荷物をすっきりまとめるベンチや愛犬小春の敷物、タープ、カメラの三脚などなど忘れ物満載だったし飯盒の使い方すら忘れていた。平常心が復興してない。

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 降水確率0%の中。昼からずっと雨が降り続く。温泉に入っただけで後は淡々と雨宿り。夕食は震災後にいとこ一同から贈られたお肉を炭で焼いていただく。あまりの美味しさに絶句、どうもありがとう。

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 雨水を逃がすために屋根の中央にもロープを繋いで絞る。

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 今宵も寒い。カミさんも炭火で手を温めている。

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 どんどん強くなる雨の中、9時に就寝。吹上高原キャンプ場は夜も照明が煌々としているのに加えてテントを叩きつける雨がどんどん強くなりうるさくてうるさくて眠れない。

◆3日目(5/01)
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 雨が強く振り続ける中、朝。降水確率0%てなんだよ・怒

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 パンを焼いてスープとクリームチーズでさっさと朝食。

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 さっさと撤収に入る。愛犬小春は置いて行かれるのが心配でヒンヒン言ってるので、

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 車で待っていてもらい片付ける。

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 テントはずっと雨にさらされてじっとりと濡れてしまっているが撤収を始めたら雨が弱くなってきた。

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 濡れて重くなったテントをしまう。今の状況で庭や仕事場で乾かすのは抵抗があるので近いうちに干しがてらもう一度キャンプに行くか。

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 連泊すると割引率が高くなる嬉しい料金設定もこのキャンプ場の魅力。ゴミも捨てて帰れる。

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 キャンプ場近くの「大久商店」。山菜、キノコ、焼き川魚などが満載のお店。きのこのお茶を出していただいたけどこれが驚くほどおいしかった。料亭の吸い物のようなおいしいさ。山菜をたくさん買って帰り夕食に天ぷらにしていただいた。タラの芽、しどき、コシアブラ、こごみ。

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 地元に帰ると田んぼに水が入り始めていた。

2011年5月 2日

までいの力

11050201.jpg「までいの力」を買った。

 何度か書いていますが原発事故に最悪な形で巻き込まれてしまった「飯舘村」の豊かな自然や美しい景色、そこで出会った人たちに僕は魅了されていた。片田舎の小さな村というだけの知識で終わらせてしまう人がいるかと思うととてもくやしい。村が少しずつ実践してきた事の中には先駆的なこともたくさんある。「田舎ならではの男尊女卑の封建的な考えを打ち破るため(本文より)」の活動により「女性が変わって男性も、村も変わった!(本文より)」素敵な実践も紹介されている。できればこの本を手にとって自分たちの手で大切に作ってきた村から強制的に避難させられる人たちの思いを少しでも知って欲しい。

”までい”とは・・・ 「真手(まて)」という古語が語源で、左右揃った手、両手の意味。それが転じて、手間ひま惜しまず丁寧に心をこめて つつましく という意味で現在では東北地方で使われている方言です。(本文より)
 東北に来たばかりの頃、石屋さんに「もっとまでに磨かなきゃ駄目だよ」と言われても全然意味がわからなかった。今は温かくて好きな言葉のひとつ。ちなみにこの本は出版を目前にしたときに大震災が起こった。それでも出版にこぎつけたようです。そしてこの販売収益は飯舘村復興のために役立てられるそうです。

※関連リンク
飯舘村支援のために市民ができること01
飯舘村支援のために市民ができること02
飯舘村支援のために市民ができること03

【2011/05/05:追記】
朝日新聞の天声人語で詳しく取り上げられていました。

 方言には、標準語には収まりきらない深みと幅を持つ言葉が多い。東北地方の「までい」もそんな一つだ。「真手(まて)」という古語が語源といい、転じて手間ひま惜しまず、丁寧に、心をこめて、といった意味合いで使われるそうだ▼「までいに飯を食わねえどバチあだっと」「子どものしつけはまでいにやれよ」などとお年寄りは言う。原発禍に揺れる福島県飯舘村役場に頂戴(ちょうだい)した『までいの力』という一冊で知った。言葉どおり、手塩にかけて築いてきた村の日常がオールカラー本に息づいている▼スローライフの考え方が広がり出したころ、村長はじめ村人は思ったそうだ。「それって『までい』ってことじゃないか」。以来「までい」を合言葉に、地に足をつけて村をつくり上げてきた▼ところが本の刊行直前に震災が起きた。「ここには2011年3月11日午後2時46分以前の美しい飯舘村の姿があります」。中表紙に急きょ刷られた一文に怒りと悲しみがこもる。計画避難で全村民が村を離れなくてはならない▼「までい」の教祖のような、19世紀米国のソローを思い出す。物質文明を問うた名著「森の生活」の末尾に、「われわれの目をくらます光は、われわれにとっては暗闇である」という象徴的なくだりがある。原発がともす繁栄の光は、私たちにとって何なのだろうか▼地に足をつけてきた人々が地を追われる無念を思う。とことん考えることでせめて悲痛に寄り添いたい。原発の受益者は都会人なのを忘れることなく。

2011年5月 3日

田んぼに水がやってきた

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 震災の今年も田んぼに水がやってきた。田んぼは水が張られてこそ田んぼ。土くれに水が入ると幸せな気持ちになる。

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 カエルが鳴いて雑草が一気に伸びて愛犬小春も嬉しそう。写真を見て「草を食べさせたのっっ!」ってカミさん。もう充分生きたしこのくらいは。。。

原発とどう向き合うのか

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 憲法記念日の今日、宮城憲法会議の講演「安心して生きていくために、いま原発とどう向き合うのか」野口邦和先生(日本大学専任講師・日本科学者会議エネルギー・原子力問題研究委員長)を聞きに仙台の仙台弁護士会館へ。会場に入りきれないほどの人が参加していた。
 講演は(そのタイトルにひかれてかけつけたのだけど)大地震発生から今までの原発の出来事のまとめだったので新聞・テレビ、雑誌やネットのサイトやブログ、USTREAM、twitterなどで原発関係の情報に日々接し続けている僕には新たな情報は無かった。また放射線の測定値が低いからか仙台の人たちと僕の気持ちの温度差は強く感じた。仙台の人たち(や野口氏)が笑っている原発関係のジョークの全てを僕は笑えなかった。飯舘村の人たちも笑えないだろう。住んでいる地域や個人の考え方(特に放射線値)で緊迫感が違うんだからそれも当然だと思ってますが。(野口氏の原発の経緯が、今回の原発事故の発生から今日までの事実とその問題点をわかりやすくまとめられていたことも明記しておきます。特に具体的な数字の入った資料はとても参考になりました)

 講演の前の「被災現場からの声」で話された3人の方の話はいづれも心に響いた。「現場」の生の声は「現場」の人からしか聞けない。全く現場を見もせずに東京からしたり顔で原発について発信しているネットジャーナリストがいかに多い事か。(もちろんその有名なITジャーナリスト達の名前は書きませんが野口氏のことではもちろんありません)

 坂病院院長の今田氏の復旧の現場で米軍の姿を見た事で憲法で保障されている生存権という言葉の前に「平和的」と言う言葉を加えた「平和的生存権」が大切という話や復興の話に国や県の圧力が強まっているが本来そこに済む人々の声こそが大切という話

 石巻市立女子商業高校教員の平居淑子氏の、海岸から200mの学校。1階は津波で破損し電気、水道、電話も復旧しないままの校舎の2、3階で新学期を開始するように指示された。その話に僕は改めて文部科学省は子供の人生より国の都合を優先させている事実を思い知る。新学期を迎えるために複数の研究者が何年もかかって決めた1年間の被曝許容量の1msvを原発事故後、何の議事録も無しに一気に20msvにしているくらいなんだから。責任を持って20倍の20msvとした人が誰なのかを教えて欲しい。この異常な決定の責任の所在すらわからないまま数値が数値として一人歩きして子ども達が被曝している。(誰の思う壺?)(ちなみに平居氏の学校は父兄のあまりの心配から他の学校を間借りして授業する事が可能になったようです)

 自由法曹団の草場氏の話は特に心に残った。炊き出しすらされず温かいご飯を食べられない被災者は憲法が保障している生存権すら脅かされていると。1日におにぎり2個でも被災者はありがたいと思って必死に耐えているけど、その中で本当は温かな食べ物が食べられる炊き出しが可能な地域もある。だけどそれが不可能な地域がある場合不公平にならないように低い方に合わせて炊き出しが行われていないというのだ。
 見舞金の問題と同様だ。公平性だけを優先して「今、必要な事」を後回し。阪神大震災を経験した方の「1年後の100万円より直後の10万円」という言葉を思い出す。
 被災者が温かいご飯を食べられないのは当然の権利すら奪われている状況だ、という認識が僕にはなかった。税金は搾り取るくせに最低の権利すら満たさない国、現政権。
 先走ってる感が強い復興計画はそこに住む人たち一人ひとりのための町作りであるはずなのに、会議しているのは当事者ではなく知事や学識者や大手コンサルタント。当事者は置いてけぼりだ。(被災の当事者であるはずの宮城県知事にいたっては「災害対策税」(仮称)の創設を被災地自ら提起している。考えられない)

※人の話をきちんとまとめる力が無いので、講演者の話の文責は僕にあります。

 先日、石の花器を置いていただいたカフェが会場のすぐ近くだったので家路につく前にカミさんとお茶を飲みに行く。「ヴィトリーヌ

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 ウエノイチローさんの富士山は作品を少し入れ替えてあった。

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 テーブルのひとつは本物のグランドピアノの天板だった。素敵。本当に居心地の良い空間です。

2011年5月 5日

達居森と湖畔自然公園キャンプ場

◆1日目(2011/05/04)
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 先日の吹上高原キャンプで一日中雨に降られ続けびっしょり濡れているテントを乾かしに昨日今日と一泊二日でキャンプ。家からそれ程遠くなく、犬もOKの山形のキャンプ場に電話してみるもどこも今年は雪が多くまだ営業を開始していないとの事。北上して「達居森と湖畔自然公園キャンプ場」に行ってみる。
 10時に着くともう、たくさんのテントと人で賑わっていてサイトエリアからテントがはみ出していた。

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 本来のキャンプエリアには入りきれなかったので橋を渡った反対側の雑草のエリアにたっぷりと濡れて重いテントを張る。地面がかなり斜めだけど仕方が無い。だけどそろそろ終わりとはいえ桜の木の下という嬉しいロケーション。テントで花見。予想していなかったので嬉しいおまけ。
 30分で設営を終え、ご飯を炊こうとして炊事場に水を汲みに行ったら水が出ない。昨日からキャンプしていた人に聞くと「昨日の夜9時から突然出なくなったんですよ」

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 ペットボトルの水は1本だけ。これではキャンプは出来ない。近くに温泉があるというので水をもらえるかと車で走ってみることにしたら自衛隊の演習場近くの公衆トイレの広場に水飲み場を見つけた。蛇口をひねってみると水が出た。強いバネに逆らってハンドルをひねっている間だけ蛇口からからちょろちょろ水が出るので時間をかけてカミさんと交代ゝで水を貯める。先日の震災での給水を思い出した。

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 無事、水が確保できたので昼食のカレーのためにご飯を炊く。先日のキャンプで久しぶりに飯盒を使って失敗したけど水の計量を確認してきたので今回は大丈夫。

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 テントに桜の枝が写り落ちた桜の花びらがシルエットになる。幸せな時間。

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 無事、硬めのご飯が炊けたのでレトルトのカレーとらっきょう。枝豆、昼間っからビール。

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 春の香りを嗅ぐ愛犬小春。

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 夜の寒さに備えて落ちている枝を広い集めた。鉈で立木の枝を切り落としている訳ではないので念のため。落ちている枝の中から乾燥しているものを選んで邪魔な枝を鉈で落として買い物袋の両脇を裂いたものにまとめてテントまで戻ったら、薪用に鉈で1尺(30cm)くらいの長さにそろえておく。

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 カミさんはちょっとのワインでやられて昼寝中。震災疲れが出てるのかも。
 夕食まで近くの山に小春と散歩に出かけてみる。先日の地震で崩れたのか道が地割れし道が判然としない斜面のけものみちを行く。と日向に辺り一面かたくりの花。道がますますわかりにくくなったし道が下りになったので一人と一匹でどこかでわからないけど頂上を制覇したことに決めて意気揚々と道を戻る。けものみちなので来た道を戻っているのか心配になったりもしたけど見覚えのあるかたくりの花エリアに戻りほっとする。

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 愛用する「トランギア ストームクッカー」というアルコールランプのクッカーで鍋。ガソリンやガスと違ってゴーッという燃焼音が全くしないからテントの中でくつろいだ夕食には最高。

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 愛犬小春は居間に出すと風の音に怯えて寝室に入りたがり寝室にひとりで入れられると居間に出てきたがるので、顔が出せるだけのすきまを残してファスナーをしめてしまう。といきなり顔を出した。
「剥製(はくせい)か!」

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 〆にインスタントラーメンの麺と調味油だけ鍋に加える。このジャンクな麺の感じ、うまい。

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 寒い。宮城でこうなんだから山形で今の時期にキャンプしたら寒くて大変だろう。

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 夜桜のすきまから星が輝いていた。

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 ダム湖の反対側のキャンプサイトエリア。ちなみにサイトには2本の照明灯が立ち、炊事場、トイレも夕方から電気が付くけど夜には全て消えて真っ暗になるので注意。
 ユニクロのヒートテック上下、ジーンズ、靴下、厚手のシャツ、フリースで毛布を入れた3シーズン用の寝袋に潜り込む。夜中に獣の気配と少し寒くて目が覚めた。

◆2日目(2011/05/05)
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 昨晩に鍋の残りに、昼のカレーの残りのご飯を入れて卵でとじて朝食。

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 食後にエスプレッソ。一年振りのキャンプでのエスプレッソ。100円ショップで買った丸い網が大活躍。

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 桜の枝の花芽の無いところがちょうど水平になっていたのでそっと寝袋を干させてもらう。

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 食後のエスプレッソ。

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 明るい電池ランタン「エクスプローラー」の金属のリングが外れていた。昨日へんな音がしたのはこれがテーブルに落ちた音だったか。(ちなみに震災後このエクスプローラーはすごく明るいというのがキャンパー以外の人にもしれて日本中の在庫のほとんどが売れてしまったそうです。amazonやアウトドアショップでも見かけない。災害用に買っておいてと頼まれているのだけど)

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 初めてのお花見キャンプもあっという間に撤収。

 炊事場とトイレだけのこのキャンプ場、気に入りました。春にはお花見できるし。家から2時間だし。それに料金は無料!です。

2011年5月 6日

幸せな贈り物

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 こごみと行者ニンニクが突然どっさり届いた。

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 眞流さんshiroさんからだった。いつも突然、幸せを届けてくれるんだから。shiroさんの水彩画に眞流(まる)さんの文章。時間をかけてこの1枚を描いて書いてくれたことが伝わってくる。ストーブの前で丸くなるアスパラ。shiroさんとまるさんらしき二人の姿は畑で収穫しているところだろうか。

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 行者ニンニクを使ったまるさんのチヂミのレシピも。

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 そしてチヂミにつける手作りのyan-nyon(薬念)も瓶詰めで。

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 行者ニンニクを料理するのは初めてだったけどレシピの通り作ってみました。

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 我が家のこごみとは比べものにならないくらい大きくておいしかった。今年は山菜は食べられないのかもと思いを巡らしてわざわざ送ってくれたんだろう。

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 初めての行者ニンニク、初めてのチヂミ料理だったのでご覧の無残な有り様に。だけど素材が新鮮だし手作り薬念をつけて食べると美味しい!行者ニンニクの天ぷらもさくさく甘いし。先日のキャンプの時にとぼりんさんにもらった辛ラーメンも作って、今宵の食卓はお友達にいただいたモノばかりとなりました。

 shiroさんの台所リフォームの話がとても面白い。写真も絵も面白い。僕も台所のタイルを貼ったことがあるけど、思ったより枚数もたくさんいるし時間も手間もかかる仕事だ。まして割ってモザイクのようにしたら手間は何倍にもなるだろうけど出来上がりを見ると素晴らしい仕上がり。レンジフードも個性的でオシャレ!

2011年5月 7日

田植えシーズン

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 田植えのシーズン。田植え="rice planting"

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 良く晴れた日。

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 今はタンポポが盛り。

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 昨日のチヂミがあんまりひどかったのでリベンジ。生地を出汁でさらに伸ばしてゆるくしてホットプレートで焼いたらずいぶん良くなった。干しエビも相性が良かった。

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 眞流さんのレシピ通り薬念やポン酢でいただいたのだけど、眞流さんお手製の薬念+マヨネーズがとても美味しかった。僕がマヨラーだからか?

2011年5月 8日

東北の風景画展

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 大音量のカミナリ。良く晴れたまま大粒の雨。竜巻注意情報。地鳴り。へんな天気の一日だった。水路に太陽がキラキラ反射しているのに、この写真を撮っているときも雨が降っていた。

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 家から20分の田舎の中にある画廊「無可有」へ。陶芸家の太田さんが作ったアートスペース。宮城に来たばかりの頃知り合いの陶芸家の窯焚きで会っていた。17年振りくらいの再会。
 画廊では東日本大震災チャリティーイベントの展覧会。画家のウエノイチローさんからメールをもらっていたので会いがてら出かける。

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 イチローさんや太田さんとおしゃべりして帰る。楽しい時間だった。

2011年5月11日

我家草刈り

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 カミさんの車のタイヤをスタッドレスから夏タイヤへ。地震や原発、桜に雪。もういろいろあって5月に交換するなんて初めて。去年桜の花に雪が積もった後の4/24にやったのが今までで最遅だった。記録更新。

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 僕の「石彫おんぼろ号」は夏タイヤがツルッツルだった。よくよく見たら溝が無い。交換せずに冬タイヤで今年の冬まで履きつぶす事にする。(なのでタイヤ交換せず)

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 備忘録:秋に冬タイヤ購入。ホイールにはめてもらい今の冬タイヤ破棄。その後スタッドレスがはまっていたホイールに夏タイヤ購入。

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 我が家の畑。密林ではありませんよ。今年は残念だけど家庭菜園はとりあえずお休みすることにする。(ひまわりを植える予定)畑と庭、裏山から田んぼへ続く愛犬小春の散歩道全てを草刈り機で草を刈る。

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 菜の花は放射性物質を土中から吸うと言う話もある。だからルッコラだけ残して全て草刈り。3年目を迎えたフェンネルやミントのハーブやこれからおいしいアスパラガスもろとも草刈り機で刈っていく悲しさ。いつもなら雑草を刈ってそれで終わりなのだけど今年は畑や庭の刈った草をブルーシートに包んでサンタのように担いで裏山を登り運ぶ。ただでさえヘトヘトになる作業だけどマスクもしているので苦しい。何往復もして少しずつ運んでいたら3時頃、天気予報通り雨が降ってきて作業を終える。
 その後PC仕事。今宵はまだまだ眠れない。がんばるぞー。

2011年5月12日

田植え

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 家のすぐ前の田んぼで面川さんが田植えをしていた。急ぎのPC仕事の手を止めてカメラを持ってお昼前にちょっと出て行く。

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 "三男"くんが田植機で植えきれない隅っこを流麗な手つきで手で植えていた。(補植といいます)稲を手植え出来る10代が日本中で何人いるんだろう。すげえ!足下にご注目。長靴無し!素足。さすがどろんこ好き(数年前の姿はこちら

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 僕には上手に見えるんだけどおやじさんには物足りないらしく細かな指示が飛んでいた。

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 稲を田植機に積むのは東京の大学から田植えに帰っている"長男"くん。頼もしくなったなぁ。
 後ろに見えるのは我が家。

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 僕は田んぼの中で暮らしてます。

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 今年84才のおやじさんはバリバリ現役。この節くれ立った手。働いて働いて働いてきた美しい手だ。

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 いつも田んぼ仕事を手伝っている面川さんの親戚のおじさん。胸ポケットに挿した四つ葉のクローバーが輝いていた。

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 「あぜ道にあったんだ。まだ、あったぞ」
 あ、本当だ。

どうぞ今年の残り半分は東北が幸運に包まれますように。

2011年5月14日

お散歩ビデオ

 お散歩カメラをお散歩ビデオに撮った。野菊、小春、稲につかまっているカエルの写真をカメラで撮っているところをビデオ撮っているだけです。例によって何もおきません。閲覧退屈注意。





2011年5月15日

勉強会

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 良く晴れた夏のような陽気。空が青くなると田んぼの水が呼応して辺りの景色が一変する。美しい。

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 愛犬小春との散歩を今日は早めに切り上げて出かける。

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 昼から内輪の勉強会。京都の大学教授だったカミさんのおじさんの紹介で東北大学名誉教授の竹内峯先生に「原発事故と放射能について」話をしていただいた。原発に関連してフランスに行って戻られたばかり。お忙しい時期なのに内輪の会にもかかわらずボランティアで来ていただいた。内輪と言っても関心のある方々が市内・市外はもとより県外からも人づてに参加され思っていなかった人数の勉強会となった。
 先生には今ある情報を元に不安をあおることなく、また楽観的になりすぎることなく物理学者の立場からの冷静な話をしていただいた。参加された方それぞれ思いはあるだろうけど僕は「絶対安心」とか「ものすごく危険」とか言って欲しかった訳じゃなくて今、自分が置かれている状況を冷静に把握し知りたかったので個人的には有意義だった。福島原発の現状や東電の裏話は腑に落ちるところがいくつもあったけど誤解があるといけないからここには書かない。

 先生の話を一方通行で聞くだけではなく質疑応答の時間を取っていただきたいとお願いはしたけれど予定の時間を過ぎてもいつまでもいつまでも参加された方々の質問に答えていただいた。最後には先生の周りに残った方々が集まって借りていた会場を閉めなくてはいけなくなるまで3時間を超えても話をしていただいた。
 ありがとうございました。先生。参加していただいた皆様も。

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 市外から参加してくれた友人から復興支援で買ったという三陸のこんぶ。先生のお土産にもいただいた。
 手作りのパンも。嬉しい!おいしい!一番上のチョコの生地が練り込まれたようなパンは炭を練り込んだパンだそうだ。どうもありがとうございます。ちなみに僕らも朝食の後、小さなスプーンで炭の粉飲んでますよ。ふふふ。

2011年5月16日

放射能と能動的に向き合う

 夕方から知人の家で原発の勉強会。講師は守田敏也氏。被災地に自転車を送る活動をしていたところ自転車は無いが車ならある、という会社の社長から提供された車を届けた後、戻り足で少しづつ南下する道の途中だという。
 今日「ああ、そうだな」と共感したのは放射能との共存というテーマ。残念ながら放射性物質に汚染されていなかった世界にはもう戻れない。現実を受け入れるしかない。「ああ、爆発事故の前に戻りたい」といくら嘆いても意味がない。(何度も嘆いているけど)ならば
     「放射能と能動的に向き合う」
という当たり前の事。
 放射能があることを前提に生きていかなくてはいけない悔しさと理不尽な暴力に対する怒りは死ぬまで忘れない。だけどそれを前提にしか前に進めない。

11051601.jpg それにしても。飯舘村で牛を飼っていた人をテレビで見た。地域の気候を知り、親や年寄りから受け継いだその土地に根ざした知恵や文化を受け注ぎ、誇れるような牛を育てる技術を磨き、日々淡々と牛と共に暮らしてきた人が故郷を追われ、家を追われ、受け注いだ有形無形のものを失う。新しい土地で牛舎を始め仕事に必要なものを新たに作る事ができずに廃業を余儀なくされる。人は「仕事」で人生を生きている。その仕事を理不尽な暴力によって奪われた。その方はぽつりと呟いた。「誇りを奪われた」
 賠償金で償う?いったい何を。

 勉強会には福島第1原発から約3キロの双葉町から避難している老夫婦も参加されていた。勉強会の最後に「先生は私達が戻れると思いますか?」と質問していた。「とても辛いのですけど難しいと思います」「先生にそう言ってもらえてあきらめがついて逆によかったです。新しくやり直します。ありがとうございます」
 ここにも放射能と能動的に向き合う姿が。畏怖の念を覚えた。守田氏と握手するそのお婆さんを涙を堪えて見ていた。

2011年5月17日

甘夏とキンカンの皮のお菓子

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 とぼりんさんから無農薬の甘夏をいただいたので、夏みかんの皮のお菓子作り名人の親戚におすそ分けした。

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 今日、それを元に作ったお菓子がまた送られてきた。なんか味噌作りのために米を持ち込んで米麹をもらう田舎のやり方みたい。(話が通じないですか・笑)楽しておいしいものを手に入れて少し気がひけるけどおいしさには負ける。ありがとうございました。キンカンは子供の頃おばあちゃんちで甘い皮だけを歯でむしるように食べたけど手作りお菓子は初めて。きれい。

2011年5月18日

夏のような日

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 夏のような日。
 大震災のチャリティーの一環の作品展打ち合わせ。

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 田んぼには遠くに鷺(さぎ)。

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 ものすごく高い空にも1匹いた。空を飛ぶ鷺の写真は良く撮るけどこんなに高い所まで上がっているのを見たのは初めて。300mmの望遠でも小さくしか見えない。何となく上昇気流にあおられているというよりも意識的にチャレンジしてるんじゃないだろうか。いや、サギの気持ちは全然わかりませんけど・笑

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 僕も飛んでみたい。

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 今年も去年と同じくらい藤の花が見事。

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 田んぼの写真をちょっと"サイケ(デリック)"にしてみた。

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 田んぼは水と稲があってこそ、田んぼ。

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 愛犬小春との昼の散歩を終えて家の裏山。美しい影絵。

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 この美しい形を作った「神」でもだれでもいい。造形の意味を教えて欲しい。意味なんか無くても美しいんだけど。

内部被曝の勉強会

 夕方から琉球大学名誉教授 矢ヶ崎克馬氏よる内部被曝についての茶話会に参加。

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 日本でも稀有な内部被曝の研究者。

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 参加された母親が持ってきたガイガーカウンター。今やガイガーカウンターを目にするのは日常の風景となった現実が悲しい。東京や西日本の人たちとこの感覚を共有することは出来ているのだろうか。
 僕も放射能と能動的に向き合うしかないとわかったし、セシウムの半減期を考えたら僕が生きている間、放射性物質と共に生きざるを得ない。それでも明るく元気に生きたいもんだ。梅雨を前にガイガーカウンターを買わなくてはいけない。悲しいけど僕らは今、一家に一台ガイガーカウンターが必要な状況に置かれている。領収書は東電に回すつもり。(原発さえなければ必要のないものだったけど、当然東電は無視するだろう)
 正確な測定が出来る機器は40〜50万円するのはわかっています。だけど予算はそこまでありません。6万円くらいまでで一般的な日常の測定が出来る良い機器を知っている人がいたら是非、教えてください。
 矢ヶ崎氏の話の後、残った参加者で話をして午前様になる前に帰る。

2011年5月19日

放射線値測定

 友だちが買ったばかりのガイガーカウンターを貸してくれたので今日一日、いろいろ調べてみる。(どうも、ありがとう!)
 我が家は屋外で大体 0.3μSV/h、屋内で0.15〜0.3くらい。カミさんが布団を洗濯し家中を掃いて家中を拭き掃除してかなり下がった。何故か寝室だけ0.3μSV/hからあまり下がらないのだけどカーテンを洗ってみるという。

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 原発が爆発した時に生えていた雑草を先日草刈り機で刈った草の上。0.8μSV/h(年間7mSV/hを超える値)。畑の雑草は将来、野菜を作って食べたいので全て裏山の奥、水路脇に全てヘトヘトになって運んでいたんだけど、草刈りをしたままで放置しておいたところを計った。ガイガーカウンターであちこち計った人の間では常識だけど、枯れ草の上、屋根の雨樋の下などの雨水が集まる所は放射線が集まるところ。(値を見てこの刈草も全てヘトヘトになって裏山に運んだ)

 僕の車は早い段階から、窓を閉めっぱなしで外気導入をやめ空調を車内循環にしていたからか低い値だった、良かった。

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 ずっと計りたかった石彫りの仕事場。いつも作業をしている杉の一枚板の作業台の上にガイガーカウンターを置いてみる。

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 0.3μSV/h。

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 測定中、仕事場で遊ぶ小春。

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 仕事場は測定場所によって0.2〜0.5μSV/hだった。

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 今、このエントリーを書いている自宅のMacの載った机は0.2μSV/h前後だった。

 ガイガーカウンターであちこち計っているみんなが、計っているうちに値の高いところの予想が付く、というのを実感した。放射性物質のイメージは「粒」。粒がイメージしにくかったら「杉花粉」。花粉がたまりそうな所はガイガーカウンターの値も高い。枯れ草の上、芝生の上。引っかかりやすいんだろう。雨水の通り道、例えば雨樋の下とか屋根の雨だれが集まる所。土の地面の放射線値は高いけどアスファルトの道路は全然低い。アスファルトは水が染み込まず脇に流れていく。放射性物質も一緒に流れて側溝に落ちているんだろう。事実、走っている車の中で計り続けていてもアスファルトから僕の土の大地の仕事場に入ると一気に数値が上がる。風に乗って飛んでいるときは斜面の壁があったらそこに着くだろうし。だから山とかの地形や風はすごく関係している。
 粒をイメージして犬の散歩の時は帽子とウインドブレーカー。帰ったら外で帽子を取って脱いだウインドブレーカーを払う、髪の毛は放射性物質がつきやすいらしいので帽子をかぶればいいしウインドブレーカーは払えば粒が落ちやすい。道を歩くときも土よりアスファルト。アスファルトでも水がたまらない所を選ぶ、とか小さな事の積み重ねが大事。放射性物質がたまりやすいエリアを感覚的に避けるのと避けないのでは全く同じ地域で生活していても1日の被曝量が全然違ってくる。歯磨きの様に生活習慣にしてしまえば無意識のうちに放射性物質のたまりやすい所を避けられるんだから身につけた方が良い、と思う。だって死ぬまで放射能とともに生きていかなくてはいけないんだから。とか言って、まだ生活習慣になっていないので帰るたびに手(に付着している放射性物質)を洗い、顔(に付着している放射性物質)を洗い、うがいをするのは超面倒くさい。っていうか大量のマスクの購入代金、消耗品費で東電に請求するよ。原発事故が無かったら使う必要ないんだから。

 今、部屋の裏の田んぼからカエルの大合唱が響いてる。昨晩の原発の勉強会で避難所から参加された方の話を思い出していた。(水道が復旧したのはついこの間、ゴールデンウィークの後だそうです)
「避難所から久しぶりにこの丸森町にやって来て、田んぼの脇を通ったらカエルが鳴いていて。その大合唱を聞いてとても感激して、絶望的な気持ちになりました。」
 その気持ち、すごく良くわかった。

2011年5月20日

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 面白い形の雲、見つけた。

2011年5月21日

ココロノキンセンアワー

 東日本大震災こころの復興祈念企画 心の琴線に触れるステージを塩竈のみんなと!という復興支援イベントに出かける。
ココロノキンセンアワー
 お世話になっている造園家の方、東京に住んでいた頃、毎年スキーに行っていた岩手県のペンションの元オーナー、カミさんと。

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 銀河倶楽部の友人、石川かおりさんのファンタジー絵画をスライドで映写しながら朗読をするという舞台。

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 かおりさんは原画を担当するのだと思っていたら原画だけでなく朗読もしていた。しかも堂々と(しているように見えた)。すごい。

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 このイベントは8月まで続くようです。(公式サイトはこちら)公式サイトやポスターの原画もかおりさん。題字の斉藤文春さんとの2人展も会場の「遊」ホールのロビーで開かれています。

 個人的な、石川かおりさん中心バージョンですが当日の様子は以下に少しだけ。

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 塩竃の海辺を回って帰る。津波は本当に水が来たところと来ていないところで別世界だ。すぐ隣とこちらで天国と地獄ほどの違いがある。誰がその境界線を決めたのか。

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 造園家の方が最近作って管理もされている庭を帰り道の仙台によって見に行く。良い風情の洗い出しの玉石と木化石。

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 手業と自然の石が交互に積み重なった五輪の塔。気に入った!

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 盆栽の名手でもある造園家の方が松に手を入れている。おかみさんがものすごく石の好きな方でしばし石談義に花が咲く。石がめっちゃ好きな女性なんて会ったこと無いからびっくりしたけど楽しかった。

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 日蓮宗「蓮香院

2011年5月22日

やるな、犬たち

 愛犬、小春も参加して欲しい(けど臆病だから無理か)。

2011年5月25日

それでも、新緑

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 原発の事を考えてしまうと悲しみと怒りに支配されてしまうけど目に映る世界だけは少なくとも美しさを増している。

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 空にぽっかり浮かんだ雲。

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 その雲を田んぼの水に映して見るのがこの季節の楽しみ。でも、あっという間に稲が生長して田んぼに空を映してみる楽しみは奪われてしまう。稲刈りの後は水が抜かれるから空を映すべくも無い。意外とこんなささやかな楽しみを味わえる期間は短い。

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 水路にまたがるように倒れた木の幹に流れる水路の水が反射してキラキラ光っていて思わずカメラを構えていたら愛犬小春が脱兎のごとく倒木の近くへダッシュ。

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 オスのキジだ!大きな体を空中に舞い上がらせるのはなかなか大変そう。バタバタと音を立てながら逃げていった。

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 「これが ア・タ・シ の実力よ」とでも言いたげな顔だけど小春は逃げるモノにだけ強気だ。向かってくるモノには猫にだってひるむ。飼い主に似たとは思いたくない。

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 下の方の葉は大きく開き、上の方の葉は垂れている植物。形が面白くて気になっている。

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 この季節、雑草か何かの新芽がおいしいのか小春は草むらを喜んで散歩する。

2011年5月26日

あぐりっと創業祭2011

 友だちのお百姓さんたちの産直のお店、あぐりっとの創業祭が今週末の土日ですよ。3周年ですよ。

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 大人気の杵と臼のつきたてのお餅は人気のあまり去年は僕も食べられなかったほどの人気。今年もチラシを作らせていただきました。
(クリックでpdfファイルの大きなチラシが見られます。Web用に軽くするために写真の解像度は落としてあります)

米のブレンド

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 愛犬小春と昼の散歩。

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 夏のような陽気で野菊に蝶。仕事場ではアオスジアゲハやカラスアゲハが飛んでいた。
目にしている風景は相変わらず美しい。だけど飛んでいるのは蝶だけではなくて放射性物質もなのだと気が付いて悲しい気持ちになる。

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 面川さんの米をダッチオーブンで炊く。7合。米一粒一粒が立っている。つや姫とひとめぼれ50%ずつが今の個人的なお気に入り。大量に炊いて小分けにして冷凍するならあんまり蒸らさないで冷凍した方が、レンジでチンして食べる時おいしいみたい。検証中。

2011年5月27日

嘘つきどころではない

 福島原子力発電所は地震の後、短い期間ですでに炉心溶融していたという。そしてそれが発表されたのは2ヶ月後の5/12だった。(定義の問題があるので、炉心溶融と書きますがいわゆるメルトダウン)

 考えられる事はふたつ。(知っていたが)隠していたか、(お手上げで)わからなかった、かのどちらかだ。
 菅首相、枝野官房長官を初めとする政府や東電がもし知っていたのに隠していたのだとしたら「ウソつき」と呼んで済ませるような話ではない。パニックを抑えるためのウソだったとしても事実を隠し続けなければ福島や飯舘村の人たちや僕らが、意味もなく無駄に放射線を浴びることは無かった。もしそのことで何年後か後に健康に問題が発生するような事態になったら未必の故意による殺人行為だ。あなた方は炉心溶融後もずっと言い続けていた。「ただちに健康に問題は無い」

 ふたつめの炉心溶融してるかどうか2ヶ月間わからなかったのだ、というならこの異常事態を乗り切るリーダーとしての基本的な力が最初から完全に欠落している。あなたたちには無理。

 それでも政府の言うことは無条件に信じろと?大本営発表を信じないのは非国民だと?


11052701.jpg  仕事場で5種類のマスクを撮ってみた。ちなみに僕は原発で作業している訳じゃなくて石を彫るので持っている。石を彫る時にマスクをしないと肺に石の粉塵が入って珪肺になってしまう。一度肺に入った塵は二度と排出されない。レントゲンを撮ったとき肺がうっすら白く映ってると言われたことがあった。おいおい。

 左は普段使いの一般的なノーズフィット付のマスク。って普段使いって何だよ!今までは石彫り以外でマスクなんてしたこと無かった。どんなにインフルエンザが流行しようと。
 それから3つはフィルターで防塵するタイプ。軽かったりフィルターの数がひとつだったりふたつだったり。それぞれ一長一短。場面によって使い分ける。
 一番右のモノはイギリスで工事現場での作業用に開発されたらしいフルフェイスのマスク。充電式のバッテリーで体の後ろ、うなじから空気をファンで吸い込みフィルターを通して顔面に粉塵を濾過した空気を排気する。風がマスクからずっと出ているので顔の下からは粉塵が入らない、というもの。フィルタータイプはこれから暑くなる季節は防護用の強化ガラスのメガネを曇らせて仕事にならないが、この電動ファンのモノだと快適に作業できるのでいいのだ。問題は高価なこと。

 それにしても。今、こういう事態になって頭の中に浮かんでいるコメントがある。震災後すぐの3/14に放射線の被曝を本当に心配してくれていた元生徒さんからのコメント
 あなたがすぐに書いてくれた心配のレベルに、僕が追いつくまでにはずいぶんタイムラグがありました。(6日間の陸の孤島状態を差し引いても)あんなにていねいに書いてくれたのに。
 比喩じゃなくて教え子に助けられてばかりだ。めんどうくさくなってもういいや!と思いそうになるときにあなたのコメントが頭をよぎります。誰かわからなくてちゃんとお礼が出来ないので改めてここでお礼を言っておきます。元生徒さん、本当にどうもありがとう。

 残念ながらこの書き込みをしてくれた頃、テレビもネットも携帯も全滅だったので、元生徒さんのコメントも見られず、水素爆発で放射線値がかなり高かった3/15日、16日なんて町まで様子を見にいくために何の防御もせずチャリで走り回ったり雨に当たりまくったりしていたんだよ。僕は。

2011年5月28日

祝・あぐりっと 3周年

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 今日と明日はあぐりっとの創業祭です。友だちのお百姓さんたちが始めて今年で3年目。おめでとうございます。今年も天気には恵まれそうになくてちょっと悔しいのですが明日もやっているので是非。今日もすごいお客さんたちで熱気に包まれてました。

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 米に圧力をかけてはぜさせるポン菓子。お子様には無料で振る舞われる太っ腹。今日撮影したのは珍しく「不発」だったおかげで動画に出来ました。うまくいくと数秒間画面全体が真っ白で何も見えない。失敗をアップしてごめんなさい・笑 でも滅多にない失敗のおかげで動きがよく見えます。

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 おいしいからお子さんは明日もらってね。杵でついた餅もあるよ。おいしいよ。

チェルノブイリへのかけはし

 お昼前に、てんたん人形劇場の転太さんが我が家を訪ねてきてくれた。今の現状はどうしても暗い話になってしまうのだけど共有することで少しだけ楽しくできる。良い時間でした。

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 愛犬小春も転太さんのことを気に入ったみたいだった。転太さんが帰った後愛犬小春と昼の散歩。

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 コンデジが完全防水なので田んぼ脇の水路の水の中から野菊をとってみた。

 今の僕には世の中がこんな風にゆがんで見えている。自分さえ放射線を浴びなければ、がんがん稼ぎたい日本の一流企業の社長様々たち、モンゴルとかの途上国に核のゴミを輸出することで解決するという評論家、原発の片棒を担いでおいて、今、原発の影響の無い津波の被害を受けた地域にボランティアに行って大人は子どもたちの育成に全力を尽くそうと啓蒙している評論家。
 違うよ。子どもたちに今真っ当な大人が全力を注ぐべきは放射線を浴びさせない、この一点だけしかないと僕は思う。それ以外のことは後からいくらでも考えたり行動すればいい。

 以下の動画はとても説得力がありました。昨晩、全部見ました。チェルノブイリへのかけはしという素晴らしい活動をされている野呂美加氏の話です。
 (他にも注目すべき動画をたくさんまとめていただいてありがたいです。ブログ:ざまあみやがれい

 チェルノブイリの放射線と「死」を結びつけることが御法度だったソ連の数字を元にして政府官邸はこんな広報をしています。こんなページをわざわざ更新する意味がどこにある。何がネットでデマを流すなだ。
 それにしても。癌を発症した子供たちをガイガーカウンターにするというチェルノブイリの現実が今、この日本でも繰り返されようとしていることに怒る。貴重な歴史の教訓に学べ。


※全部で15分×7回まであります。

2011年5月30日

またまた甘夏の皮のお菓子

 またまた甘夏の皮のお菓子が送られてきた。今度は親戚の方からではなくて母親から。とはいっても材料はどちらも同じ。とぼりんさんにいただいておすそ分けした無農薬の甘夏。無農薬と聞くとこんな風に皮も大事にして最後までいただくんだね。見習わないと。
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